34.奪還作戦(4)

「これが、室長のメモだ」


 赤西竜也から渡されたメモには『ウソの情報をつかまされた。ハタノは二重スパイだった。本物の研究データは、カガナツキが持っている。最上階に行く。みあ』と、走り書きされていた。


「……亜梨紗さんが二重スパイだったなんて。……え? カガナツキ?」

 加賀瑞樹は二重の衝撃に息を飲んだ。


 ――姉さんが持っている?


 加賀瑞樹は鼓動が速くなっていくのを感じた。


 ―――最上階に行けば、姉さんに会える。


 すぐさま、第一研究室から出て階段を上った。


 ☆


 7階から14階まで戦闘が行われていた形跡があった。要は、あちらこちらに極東軍の兵士たちが倒れていたのである。

 中沢美亜の『先見のアビリティ』と、山下拓の力を合わせれば、それは至極当然の結果だと加賀瑞樹は思った。


 階段を上り切り、最上階の15階に着いた。


 廊下に人影はなかった。エレベーターホールにも誰もいない。

 そして、エレベーターホールの先には、大きな扉だけがあった。


 ―――ここに姉さんがいる?


 加賀瑞樹の心に、姉に会えるかもしれないという期待と、姉と戦うことになるかもしれない不安の両方が押し寄せてきた。


 いや、姉さんと戦うことにはならない、と加賀瑞樹は思い直した。


 ―――きっと、姉さんには何か理由があるに違いない。誰かに脅されているとか。だまされているとか。

 だから、僕が直接会って話をすれば、きっと昔の優しい姉さんに戻ってくれるはずだ。

 少なくとも、弟の僕に危害を加えるなんて絶対にありえない。


「準備はいいか?」

 赤西竜也が大きな扉に手をかけた。


 加賀瑞樹はつばを飲み込んだ後、ゆっくりと頷いた。


「よし、入るぞ!」


 バっと扉が開くのと同時に、部屋の中に突入した。


 天井の高い会議室のような部屋だった。


 バスケットコートくらいの広さがあり、部屋の中央には立派な会議用の机と椅子が『コ』の字型に並べられている。


 正面には大きなスクリーンが設置されており、極東軍のロゴマークが映し出されていた。その下に、対峙する3つの人影があった。


 山下拓、中沢美亜、そして―――。

 

 ―――姉さん。


 加賀瑞樹の目に映ったのは、自分の姉、加賀菜月の白い軍服姿だった。


 肩にかかるくらいのセミロングの黒髪とつややかな唇。

 誰よりも凛々しく、美しかった。


 2歩、3歩と、姉の方に自然と足が進む。


 加賀瑞樹が駆け出した時、山下拓の大声がした。


「加賀、来るな!」


 その声に、加賀瑞樹は慌てて足を止める。


「室長たちの様子がおかしい」

 赤西竜也が耳打ちした。


 姉が山下拓のそばにゆっくりと歩み寄る。

 両腕を構えた体勢のまま微動だにしない山下拓の肩に手を触れて、微笑んだ。

「あらあら。あなたは意外とおしゃべりなのね」


 山下拓は「くそっ……」と呟いたきり、黙ってしまった。


 そのすぐ隣にいた中沢美亜が叫んだ。

「加賀菜月は、『凝固のアビリティ』の保有者だ。小僧と違って、生き物の動きも止められる。もう、私もパーマも身体が動かん」


 ―――姉さんがACC?


 もちろん、その可能性が高いとは思っていた。でも、実際にACCであることを知り、少なからず衝撃を受けた。

 ACCの強大な力を姉自身が持っているということは、誰かに脅されて極東軍に入っている可能性は低い。


 ―――ということは、自分の意思で極東軍に入ったのか。


「室長! 今、助けます!」

 赤西竜也が走り出し、一気に姉との距離を詰める。

 雄叫びを上げ、左腕を振りかぶった。


「エアリアルシールド」

 姉は右手の人差し指で、宙に大きな四角形を描いた。


 すると、その四角形が窓ガラスのような透明な板になった。


「俺にアビリティは通用しないぜ」

 赤西竜也が、にぃっと笑みを浮かべると左腕を振り抜いた。


 透明な板を黒いグローブが突き抜け、そのまま、姉の腹部を捉えた―――ように見えた。


 パリンと透明な板が割れると、そこに姉の姿はなかった。


 赤西竜也の左ストレートが空振りに終わる。


「あなたは、光の屈折を知らないのかしら」

 姉は、赤西竜也の左脇に佇んでいた。


 アビリティで透明な板を作ったのは、盾として利用するためだけでなかった。光を屈折させて自分の位置を相手に誤認させることが一番の目的だったのだ。


「なぜ、そこにいる……?」

 パンチを放った体勢の赤西竜也が愕然とする。


「チェックメイト」

 赤西竜也の左肩を、姉の手が優しく触れた。

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