33.奪還作戦(3)
極東軍の拠点ビルの6階。
ようやく目標としていた第一研究室にたどり着いたと思ったら、その直前に極東軍の山田に見つかってしまった。
「あれれ。誰かと思ったら、加賀くんじゃないか。こんなに早く再会できるとは嬉しいよー」
白い軍服の山田の全身からは、水色の光が輝いていた。
「知り合いなのか?」
加賀瑞樹の隣で赤西竜也が訊いた。
「あいつが、研究所を襲った山田です」
加賀瑞樹は静かにアビリティを発動させ、闇をまとった。
「そうか、あの野郎に所長が殺されたのか。そして、室長も野郎に勝てなかった」
ニヤっとした赤西竜也が手の指の骨を鳴らす。
「燃えてきたぜ!」
「先手必勝! くらえぇー!」
最も山田に近い場所にいた鴨野田が、至近距離から麻酔銃を連射した。
全弾命中した。
そのはずだった。
しかし、全ての銃弾は山田がまとった青白い光に触れた瞬間に凍りつき、そのまま跡形もなく粉々に砕けたのだ。
「くそっ、ACCか」
自分の攻撃が効かないことを悟った鴨野田が後退しようとした瞬間だった。
「天国に逝きな」
山田が一瞬にして鴨野田との距離を詰め、右こぶしを放った。
防御する隙を与えず、山田が麻酔銃ごと鴨野田を捉える。
パンチは麻酔銃を粉砕し、腹部にめり込んだ。
次の瞬間、鴨野田の絶叫が響いた。
見ると、鴨野田の腹部全体が凍りついていた。
「鴨野田ぁ!」
赤西竜也が名前を叫んだ。
「……赤西さん、気をつけてください。あいつに触れただけで凍ります」
今にも倒れそうな鴨野田が声を絞り出した。
加賀瑞樹は驚愕した。
元から強かった山田が、さらに強力になってしまった事実を目の当たりにし、絶望感に襲われた。
―――あの山田が、触ったものを一瞬で凍らすことができるアビリティを使えるなんて。
「鴨野田、今助けてやる!」
赤西竜也が鴨野田に駆け寄ろうとした。
その時、山田の声が聞こえた。
「氷結のアビリティ発動! 『
言い終えた時には山田はアビリティで生み出した水色の小型の銃を構えていた。
その銃口は、もちろん赤西竜也に向いている。
加賀瑞樹が「赤西さん、危ない!」と叫んだのと同時に、パンッ、という乾いた銃声が響いた。
「くっ、野郎……」
バランスを崩した積み木のように、赤西竜也の身体が前方に倒れ、その場に屈みこむ。
右足の太ももを、長い針のような氷が貫通していた。黒いスーツのズボンに赤い血がにじむ。
「とどめだ。『
山田は今度は氷の長い剣を作り出した。
それを右手で構えると、赤西竜也をめがけて突進した。
「レオズシクル!」
振り下ろされた山田の剣を、加賀瑞樹がアビリティで作った大鎌で受け止めた。
「すまない、加賀」
赤西竜也は右足に刺さった氷の針を握りつぶして粉砕すると、ようやく立ち上がった。
「加賀くん、そうこなくっちゃー」
山田が加賀瑞樹に次々と攻撃を浴びせる。
「一度、ACC同士の本気の殺し合いをしてみたかったんだよねー」
「止まらない? ……アビリティで生み出した剣には効果がないのか」
加賀瑞樹は攻撃を必死に防ぎながら、『静止のアビリティ』で山田の剣の動きを止められない事実にあせりを感じていた。
「赤西さん、俺が奴の動きを止めます」
苦しそうに顔をゆがめる鴨野田が赤西竜也に耳打ちする。
「まさか、死ぬ気か?」
「たぶん、もう俺は助かりません。内臓までやられてます」
そう答えると、鴨野田が自らを奮い立たせるように両腕を開いた。
「……どうせ死ぬなら、赤西さんに恩を返してから死んでやる!」
加賀瑞樹と斬り合う山田の背中が、鴨野田の方に向いた瞬間だった。
「うおぉりゃあー!」
雄叫びを上げた鴨野田が背後から山田の胴体を両腕で抱え込んだ。
鴨野田の両腕が凍りつき、一瞬にして、その氷が全身に広がる。
「赤西さ……」
すでに、その巨体は氷の塊になっていた。
「この馬鹿野郎がっ!」
悲痛な表情の赤西竜也が右手を振りかぶると、氷となった鴨野田に抱え込まれた山田に向かって、こぶしを繰り出した。
「ダイヤモンド・ダスト」
山田の低く発した声とともに、鴨野田だった氷の塊がちりのように粉々に砕け散る。
「残念だったねー」
赤西竜也の渾身のパンチを山田が軽々とかわした。
「いいアイデアだとは思うけど相手が悪かったねー。オレ、天才ですから」
「ちくしょー! 鴨野田が命を懸けたんだぞ。それなのに……」
空振りに終わった赤西竜也が、自分を責めるように叫んだ。
その様子を見た山田が冷たい目で見下した。
「命ひとつ程度じゃ、軽すぎる」
鴨野田の身体だった氷は、無残にも砂粒程度に細かくなり、そして、跡形もなく消えてしまっていた。
あまりにも現実離れしていて、加賀瑞樹には鴨野田の『死』が全く実感できなかった。
その光景をただぼう然と眺めていた。
一方、赤西竜也の反応は対照的だった。
「お前だけは……」
赤西竜也の全身がワナワナと震えていた。
体中から怒りと悲しみがあふれ出ているのが、容易に見て取れる。
「お前だけは、絶対に許さない……」
赤西竜也が雄叫びを上げながら、山田に向かって突進した。
足元から強烈な風が巻き起こり、加賀瑞樹の髪と服を揺らす。
赤西竜也は、剣を構えようとした山田の右手を左足で蹴り上げ、剣を飛ばす。
さらに、反対の足で山田の腹部に蹴りを入れたが、紙一重でよけられてしまった。
「くそ」
天井に突き刺さった山田の剣は、すぐさま溶けて水になったが、蹴り上げた左足の靴の方は、氷ついていた。
「へぇー。思ったより、スピードはあるみたいだね」
一度間合いを取った山田は、再び、氷の長い剣を生み出した。
赤西竜也は、熱くなった自分を落ち着かせるように、一度、大きく深呼吸をしたあと、加賀瑞樹のすぐ隣にやって来た。
「……加賀。俺ひとりじゃ、あの野郎に勝てない」
赤西竜也が構えながら言った。
ちらっと視線を向けてきた赤西竜也と目が合った。
なるほど。これがアイコンタクトというやつか。
言葉はなくても、言いたいことは伝わってきた。
「赤西さん。僕は、あなたの部下じゃないですよ」
加賀瑞樹は前を向き、持っていた大鎌を消した。
「俺も、お前の上司じゃねーよ」
赤西竜也が、ニィっと寂しげな白い歯を見せる。
そして、バネを縮めてエネルギーを蓄えるように、ゆっくりと腰を落とした。ピタっと動きが止まる。
コンマ2秒後、一気に縮んだバネが解放された。
赤西竜也はオオカミの如く吼え、正面から山田を襲う。
空気が揺れ、天井がきしむ。
「捨て身の攻撃のつもりかもしれないけど」
山田の落ち着き払った声が聞こえた。
「オレには届かない。その前に凍らせる!」
全身の青白い光が強さを増した山田は、剣を振り下ろした。
「そうだ、届かなくていい。俺は、な」
赤西竜也は殴りかかると見せかけて、山田の目の前で、ふっと屈んだ。
その瞬間、山田の死角となっていた赤西竜也の背後から、加賀瑞樹が飛び出した。
「レオズシクル!」
大鎌で渾身の斬撃を放つ。
黒い刃が、胴を一閃した。
同時に、山田の白い軍服がその位置に静止する。
「うっ……」
山田の剣は、屈んだ赤西竜也の前髪に触れる寸前の位置で止まっていた。
先ほどまでの余裕の表情とは打って変わり、山田の顔にあせり色が浮かぶ。
必死に動こうとしているが、着ている軍服がビクともしない。
「鴨野田のかたきを取らせてもらう」
山田の足元に屈んでいた赤西竜也が、床すれすれから左腕を全力で振り上げた。
「殴ったら、キミも凍る――」
山田の言葉を、怒りの左アッパーがさえぎった。
黒い皮手袋をつけたこぶしが、山田のあごにめり込み、骨を砕く。
閃光と衝撃が波紋のように広がり、フロア全体を満たす。
「鴨野田はな。ああ見えて、思いやりのある優しいやつだったんだ……」
赤西竜也はつぶやき、ゆっくりと左腕を引いた。
そして、大きく振りかぶった左こぶしを山田の腹部に再び打ち込む。
打ち上げ花火のような爆音が鳴った。
「仲間想いだった……」
もう1発、花火が鳴る。
「鴨野田が船に残らなかったのはなぁ。自ら危険な任務の方に志願したのはなぁ。船に残っている仲間を守りたかったからなんだよ……」
赤西竜也は泣きながら両こぶしを繰り出した。
そこから、赤西竜也の鬼の連打が続いた。
6階の廊下に、工事現場の轟音のようなパンチの嵐が響く。
避けることも、逃げることも、吹き飛ばされることすら許されない山田は、まさしく人間サンドバッグだった。
敵ながら、哀れな状態である。
1分くらい経っただろうか。
ようやく、赤西竜也が殴り続けたこぶしを降ろした。
肩を上下させながら、荒い呼吸を整える。
顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
山田は、見るも無残な姿で宙に静止していた。
とっくに意識はない。
ハンガーに吊るされた洗濯物のように、ただ、うな垂れていた。
加賀瑞樹は、ようやく落ち着きを取り戻した赤西竜也に疑問をぶつけた。
「どうして、パンチをした手が凍ってないんですか?」
赤西竜也は左手を見せた。
黒い皮手袋から、山田の血がぽたぽたとしたたっている。
「室長からもらったグローブのおかげだ。このグローブはNCCの能力を通さない素材でできているらしい」
なるほど。それで山田の身体を殴っても、凍らずに済んでいたのか。
さすがはNT研究所。
これまでACCの研究をしてきただけあって、その対策も研究していたようだ。
「でも、それなら初めから殴りにいけばよかったじゃないですか」
加賀瑞樹は、赤西竜也が山田に対して蹴りを入れようとしたシーンを思い出しながら言った。
「それはな」
赤西竜也が真面目な顔で答えた。
「俺も今、気がついた」
☆
加賀瑞樹たちには、鴨野田の死を悲しんで、その場に留まっている時間はない。
山田との戦闘の後、すぐに第一研究室の中に入った。
研究室に、数人の警備員と極東軍が倒れていた。どうやら意識を失っているようだ。
おそらく、山下拓と中沢美亜にやられたのだろう。
加賀瑞樹は2人の名前を呼び、彼らの姿を探しながら、研究室の中を歩いた。
すると後ろから、赤西竜也の舌打ちが聞こえた。
「室長は上だ。最上階に行くぞ」
「え? どういうことですか」
「ここに室長が書いたメモが置いてあった。俺たちは、偽の情報をつかまされたんだとさ」
赤西竜也がメモを見せながら苦い顔をしていた。
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