30.船出(2)
満月の下、はるか北海道を目指し、船は暗い海を進む。
船内のロビーに集まったメンバー全員に、中沢美亜から今後の作戦の詳細が伝えられた。
加賀瑞樹は、アルコールが入る前に説明した方が良かったのでは、と不安になったが、作戦の詳細が記載されている資料も配布されたので、ほっと胸を撫で下ろした。
酔いがさめてから資料を見直せば、問題ないだろう。
予定では、明日の20時に日本海側の石狩に上陸する。
太平洋側の苫小牧は、極東軍の監視の目が厳しく、上陸が難しいと判断した。
極東軍に関する情報は、スパイとして極東軍に潜入しているNT研究所の社員から提供されている信頼できる情報とのことだった。
現在、北海道と本州の繋ぐ電話回線とインターネット回線が全て切断されているため、NT研究所が独自に研究の一環で利用していた衛星回線を使って、札幌にいるスパイと連絡を取っているそうだ。
石狩に上陸後、メンバーは2チームに分かれて行動する。
極東軍の本拠地に侵入してNCCに関する研究データを奪還する『奪還チーム』、そして、奪還が成功するまで船を護衛する『護衛チーム』の2つである。
資料によると、奪還チームのメンバーは、中沢美亜、山下拓、加賀瑞樹、赤西竜也、鴨野田の5人だった。
奪還チームは上陸してすぐに、極東軍に潜入しているスパイと合流し、そのスパイの協力を得て2時間後には本拠地に侵入する。
そして、夜が明けるまでには研究データを奪還し、船に戻る。
朝になると極東軍に船が発見されてしまう危険性が大幅に高まるため、時間をかけるわけにはいかない。短期決戦だ。
―――たった一晩で、研究データを奪還できるのだろうか。
加賀瑞樹はベッドで横になりながら、不安になった。
隣のベッドから、山下拓の心地良さそうな寝息が聞こえてくる。
寝室は山下拓と相部屋だった。
もし、研究データが奪還できなかったら。
加賀瑞樹は、資料に記載されていた文章を思い出し、暗唱した。
「奪還できないと判断した場合、極東軍の本拠地を破壊し脱出する」
そんなことが実現可能なのだろうか。
爆弾やミサイルでも使用するのだろうか。
もし破壊できたとして、その時は極東軍の人たちはどうなるのだろう。
本拠地ごと破壊したら、やはり無事では済まないだろう。
となると、姉さんの命も危なくなるかもしれない。
加賀瑞樹は、テレビに映っていた姉の姿を頭に浮かべた。
なんで、姉さんが極東軍の副総帥なんだ?
わけがわからないよ。
規則正しい船の揺れが睡魔を呼び寄せる。
いつしか加賀瑞樹は眠りに落ちていた。
☆
翌日の夜。予定通り20時に石狩に着岸した。
小型の漁船が何隻か港に停泊しているのが見えたが、明かりはついておらず誰も乗っていないようだった。
空は厚い曇で覆われており、月も星も見えない。
闇に紛れて侵入するのに好都合である。
船から降りた時、加賀瑞樹は思わず身震いをした。
北海道の夏の夜が、これほど涼しいとは。
関東の秋と変わらないと思った。
すぐ隣で、中沢美亜が「これを」と言って、赤西竜也に黒い手袋を渡していた。
さすがにそこまでは寒くないだろう、と心の中でツッコミを入れた。
「小僧、いいか」
中沢美亜が今度は、加賀瑞樹に話しかけた。
昨日と違い、中沢美亜は上下とも黒っぽい迷彩服に着替えていた。
ただし、下は迷彩柄のショートパンツに黒のロングブーツという色気のある組み合わせだった。髪型は後ろで束ねたポニーテールで、黒いキャップをかぶっている。
「私たちの目的は、相手を殺したり傷つけることじゃない。データを奪還することだ。だから、敵の動きさえ止められればいいんだ。だから、小僧のアビリティに期待している」
「でも、僕のアビリティは生き物を止められないんですよ。人間を止めるにはどうすればいいのか」
加賀瑞樹は、自分のアビリティの弱点を思い出し、急に心細くなった。『静止のアビリティ』は無生物にしか効果がない。
生きている人間相手には意味がない。
「小僧の目は節穴か?」
中沢美亜がショートパンツのすそをめくってみせる。足の付け根があらわになる。
「美亜さん、見えちゃいますよ」
加賀瑞樹が慌てて目をそらす。顔が熱くなったのが自分でもわかった。
「何を見ている? これだ。服だ」
視線を戻すと、中沢美亜がショートパンツの生地をつまんで、ひらひらと動かしていた。
その時、はっと気づく。
―――服か。衣服であれば、静止させることができる。
「そうか、相手が着ている服をアビリティで止めればいいんですね!」
加賀瑞樹は、さすが美亜さん、と心の中で叫んだ。
中沢美亜は微笑むと、「小僧、頼むぞ」と加賀瑞樹の頭を優しく撫でた。
☆
ほどなくして、港に1台の黒いワゴン車が到着した。
「迎えが来た。乗るぞ」
その合図で、奪還チームの5人はワゴン車に乗り込んだ。
中沢美亜が助手席、山下拓と加賀瑞樹と赤西竜也が2列目。3列目には体格の大きな鴨野田がマシンガンのような連射式の麻酔銃を抱えながら座った。
運転手は極東軍の白い軍服を着た若い女だった。
―――この人が極東軍に潜入しているスパイか。
その時、隣に座った山下拓が驚いたような声で言った。
「亜梨紗?」
それは、山下拓が昔付き合っていた恋人の名前だった。
「なんで、ここにいるんだよ?」
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