31.奪還作戦(1)
「亜梨紗なんだろ?」
山下拓の問いかけに、一瞬沈黙が流れた。
ワゴン車がブレーキをかけ、赤信号で止まる。
バックミラー越しに運転手と目があったような気がした。
「拓、元気そうね」
運転手は透き通った声をしていた。
「秦野亜梨紗と知り合いだったのか?」
中沢美亜が尋ねた。
「ああ」
山下拓の返事は、どちらに向けた言葉かはわからなかった。
「それで、オマエ、どうしてここにいるんだ?」
山下拓が体勢を前のめりにして、訊く。
「それは私のセリフ」
秦野亜梨紗は、ちらっと後方を振り返り、山下拓を見た。
長いストレートの銀髪。人形のように整った顔立ち。
吸い込まれてしまいそうなほど透き通った銀色の瞳をしていた。
「秦野には、半年前から極東軍に潜入してもらって、スパイ活動をしてもらっている。今回、研究データの保管場所の情報を得られたのは、全て秦野のおかげだ」
中沢美亜が助手席で前を向いたまま説明した。
―――半年前からスパイ活動。
加賀瑞樹の頭の中で、突然、点と点がつながった。
そうか。事前に知っていたんだ。
だから、木村小春をNT研究所から逃がして伊達裕之に預けた。
「そっか、だから極東軍が研究所を襲撃することを事前に知っていたんですね」
思いついたことが反射的に加賀瑞樹の口から飛び出した。
「ん? 小僧、どういう意味だ?」
「いや、だって、襲撃されるのがわかっていたから―――」
加賀瑞樹が、木村小春のことを言おうとした瞬間、急ブレーキでワゴン車が勢いよく止まる。
―――いや、でも待てよ。そうだとしたら、なぜ美亜さんに極東軍の襲撃を伝えていなかったんだ?
「極東軍の検問よ。私が対応するから静かにしてて」
秦野亜梨紗の発言で車内は静かになった。
前方に、数台の自衛隊の車両が道を塞ぐように停まっており、赤く光る誘導棒を持った自衛官が、道路を通行している車を1台ずつ調べていた。
ほどなくして、加賀瑞樹たちが乗ったワゴン車の順番が回ってきた。
秦野亜梨紗が運転席の窓を開けて、ポケットから取り出したカードを見せた。
すると、自衛官が「どうぞ」と言って、すんなり検問を通過させてくれたのだ。
「極東軍のIDだと、たいていのことは許されるの」
秦野が苦笑いした。
「ここから札幌市内よ」
その後も、立派な検問所を2回通過した。
非日常的な光景は検問所だけではない。
道路沿いの建物は、ほぼ全てが鉄筋コンクリート構造のようで、窓がほとんどなく、1階の扉しかないようなデザインが主流だった。
道路沿いを歩く人々も、自衛隊の迷彩服か、極東軍の軍服を着ている人が多く、私服の人は数えるほどしかいない。
ワゴン車の出発から1時間半が経ったころ、極東軍の拠点となっている建物に到着した。
十数階建てのビルは、鉄筋コンクリートの外側に、さらに鉄骨や鉄板などの骨組みで補強されているような構造のようだった。
ビルの敷地内に入るところでは、極東軍のメンバーと思しき人たちが、敷地内に入る車をチェックしていたが、そこでも、秦野亜梨紗のおかげで怪しまれずに侵入することができた。
☆
敷地に入ってから、3分後。
「私が手伝えるのは、ここまでね」
地下の駐車場にワゴン車を停車させると、秦野亜梨紗が振り向いた。
「このビルの6階の第一研究室に行って。そこのコンピュータにNCCの研究データが保管されているの。また4時に合流ポイントまで迎えにくるから。みんな、死なないで必ず戻ってきて」
「言われなくても、死なねーよ」
山下拓がドアを開け、車外に出た。
「ありがとうございました。亜梨紗さんもお気をつけて」
加賀瑞樹も続いた。
5人全員が外に出ると、黒いワゴン車は静かに走り去った。
地下のエントランスの前で、中沢美亜が全員の顔を見る。
「ここから先は、もう引き返せない。作戦の詳細は事前に伝えた通りだ。だが、それとは別に、皆の衆に守ってもらいたい約束が1つだけある。研究データ奪還の成功失敗にかかわらず、必ず生きて帰ってくること。いいな!」
「はい!」「たりめーだ」「おう」「わかりました」全員が同時にバラバラの返事をする。
「先見のアビリティ発動!」
そして、中沢美亜の「皆の衆、ゆくぞ!」という掛け声とともに全員が走り出した。
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