16.聞き取り調査

「いきなり『助けて』だもんな。突然で、びっくりしたよ」


 加賀瑞樹はオフィスのソファーに座ると、苦笑いをした。


 窓の外から、スズメの鳴き声が一日の始まりを告げる。


「ごめーん。でも、瑞樹に助けてもらうしかなくて」


 対面のソファーに腰かけた小泉玲奈が悪びれる様子もなく、ウインクする。


 少しは反省してほしいんだけど、と加賀瑞樹は心から思った。

 なにしろ、心地よく眠っていたところを、電話の着信音で叩き起こされたのである。


 寝起きのぼんやりとしている時に、スマホの向こうから「瑞樹、助けて!」という小泉玲奈の声が聞こえ、一瞬にして眠気が吹き飛んだ。


 だが、よくよく聞けば、大したことではない。


「オートマトンについて詳しく調べようとしてるんだけど、私ひとりじゃ、すぐ行き詰まっちゃって」


 要はオートマトンについての調査の手助けの依頼だった。


 それで、早朝から小泉玲奈がアルファレオニスにやってきたというわけである。


「私、知りたいの。ゆみこを死なせたオートマトンって、いったい何なのか。なぜ人間を襲うのか」


 小泉玲奈の表情は真剣だった。


「だから、まずは、オートマトンの駆除をしているアルファレオニスの人たちに、オートマトンのこと教えてもらいたいと思って」


 ヒアリング調査か。

 たしかに、みんななら詳しく知っているかもしれない。


 加賀瑞樹は、これも仕事のうちだと割り切り、小泉玲奈に全面的に協力することに決めた。


「うん。それじゃあ、このあと一緒に聞いてみよう」


 加賀瑞樹と小泉玲奈は、さっそくアルファオフィスのメンバーへの聞き取り調査を開始することにした。


 ☆


 1人目。

 佐々木優理。


 昨晩、酔いつぶれてオフィスで夜を明かしたため、朝からアルファレオニスの浴室でシャワーを浴びていた。


 朝8時過ぎ。

 浴室から出てきたところを小泉玲奈に捕まる。


 髪にタオルを巻きながら、メリハリのある身体にバスタオル1枚しか身にまとっていない状態のまま、リビングのソファーで質問を受けることに。


「オートマトンって何か? そんなの、あの黒い箱に決まってるでしょ。勝手に増えるし、人の仕事も増やすし。面倒くさいったらありゃしない。昨日なんて、私ひとりで宇都宮まで駆除しに行くはめになったんだけど。てゆーか、かが。なんで顔赤くして下向いてんのさ? そんなに女子の裸が珍しい?」


「どこから生まれるか? 機械なんだから誰かが作ったんじゃないの。あんなの作るなんて、ほんと迷惑な奴。一発殴ってやらないと気が済まないわ」


「なぜ人間を襲うか? さぁね、あんまり考えたことはなかったけれど。ま、そういうもんなんじゃない」


「えー、まだ質問あるの? オートマトン駆除の仕事をする理由? それは、たまたま。私は実家から離れられれば、何の仕事でも良かったんだけど。ちょっと、ねぇ、そろそろ服着てきていい?」


 ☆


 2人目。

 伊達裕之。


 9時前に出社したところを小泉玲奈に捕まり、そのままソファーで質問を受けることに。


「オートマトンとは、元々、『一定の規則に従って外部からの入力に対して内部状態を遷移させる自動機械』のことなんだ。それが、『7つの天災セブン・ディザスター』の時から現れた未知の機械に対するコードネームとして政府で使われていたんだけど、それが民間にも広まったって感じかな。まぁ、広まったと言っても、オートマトンの存在を知っている人はまだ多くはないけどね」


「オートマトンの発生方法ね。『コアブロック』と呼ばれる核となる部品があって、それが周囲の無機物を取り込んで、『コアブロック』を模した部品を複製する。そうやってオートマトン自体が成長していくんだ。さらには、状態γガンマ以上になると、新たな『コアブロック』を生み出せるようになるみたいだよ」


「人を襲う理由かぁ。これは小生の仮説だけど、オートマトンは情報を得ようとしているんじゃないかなぁって。始めは無機物を取り込んで、その情報を得て、そのうち、もっと多くの情報を得ようとして、人を襲い始める。……本当のことは、わからないけどね」


「この仕事を始めたのは、拓ちゃんのことを放っておけなかったからかな。大学生の時、拓ちゃんひとりで戦おうとしてたから、死なせるわけにはいかないと思ってね。ここだけの話、拓ちゃん、けっこう自分を犠牲にするタイプだから」


 ☆


 3人目。

 山下拓。


 10時過ぎに、ホットドッグを口に頬張りながら出社したところを、小泉玲奈に捕まった。


「もぐもぐ……。もごもご……」


「もごもご。もご? ごふっ。ごほっ、ごほごぼっ」


「み……ず……、水!」


「ごくんっ。……ぷはぁ! ふぅ、助かったぜ。嬢ちゃん、ありがとな」


 ☆


 山下拓への聞き取り調査の後、加賀瑞樹は通常のアルバイトの仕事に取り掛かった。


 小泉玲奈がお礼も兼ねて仕事を手伝ってくれたおかげで、昼過ぎには一日分の作業が片付いた。


 その後、二人は近所のカフェで遅めのランチを取りながら、聞き取りした内容について振り返っていた。


「なーんか、違うんだよなぁ。私が知りたいのと」


 小泉玲奈が大盛カルボナーラに突き刺したフォークを片手で回転させている。


「もっと核心に迫るような情報が知りたかったんだよなぁ」


 そうぼやくと、フォークに巻き付けたパスタを口に入れた。


「玲奈って、相変わらず良く食べるよね」


 加賀瑞樹は、カルボナーラの隣に並んだ、サラダとスープとフライドポテトの皿を見て、半ば諦めにも似た気持ちで言った。


「美味しいは正義! せっかく生きてるのに、たくさん美味しいもの食べなきゃ損だよ」


 口に含んでいたパスタを飲み込んだ小泉玲奈が、活き活きとした表情で諭す。


「それより、瑞樹はどう思う? オートマトンの正体って?」


 今度はサラダに手を伸ばしながら尋ねた。


「そうだなぁ。うーん、そもそも正直まだ現実感がわかないんだ。ここ数日でいろいろありすぎて」


 加賀瑞樹はペペロンチーノを食べていたフォークを置き、腕を組みながら考え込んだ。


「でも、オートマトンと戦ったけど、少なくても人間が作ったような機械には思えないんだよなぁ。動きとかもそうだけど、どちらかというと機械というより生き物のような雰囲気がするし」


 自分が感じた印象を素直に言葉にした。

 なにしろ、デルタなんて、一見すると人間と区別がつかない。


「そっかぁ。私は逆かなぁ。オートマトンに取り込まれそうになった時、すごく冷たくて空っぽな感じがしたの。生き物のような温かさは全然無くて、深い海の底みたいに暗くて静かで寒くて。……そんな感じがしたんだ」


 小泉玲奈が、一瞬、寂しそうな顔をしたあと、急に閃いたような明るい表情に変わった。


「そうだ。さっき言ってた小春ちゃんっていう子にも、オートマトンのこと聞いてみようよ! ずっと研究所で暮らしてたんでしょ? 何か知ってるかも」


「え……、あ、うん」


 加賀瑞樹は、カフェに入ったばかりの時に、小泉玲奈に木村小春の話をしていたことを思い出した。


 ☆


 4人目。

 木村小春。


 15時半に中学校の校門を出てきたところを、加賀瑞樹と小泉玲奈が声を掛けた。


「お兄ちゃん! 迎えに来てくれたんだぁ! えーっと、お姉ちゃんは、お兄ちゃんの彼女さん? ええ、おーとまとんの話? うーん」


「はっせい方法? コハルはよくわかんないんだけど、きっと、ショチョーなら知ってるよ! それじゃあ、ショチョーのところまで連れてってあげるね!」


 これ以上、木村小春に聞いても有益な情報は得られそうもなかった。


 だが、幸いまだ時間はある。


 加賀瑞樹と小泉玲奈は新たな情報を得るために、木村小春にNTナノテクノロジー研究所の所長を紹介してもらうことにした。


 ☆


 木村小春に案内されて、路線バスに乗ること30分。


 海沿いの工場地帯の中でも一番海に近い『研究所前』というバス停で下車すると、すぐ近くには大きな鉄製のゲートがあった。


 ゲートの左右は高いコンクリートの壁が続いており、敷地を全て囲っているようだった。

 壁に沿った道路には、何台かのトラックが駐車されていたが、工場地帯の端だけあって全く人影はない。


「ここが……、NT研究所」


 加賀瑞樹はゲートの脇に設置されている『NT研究所』と彫られた大きなプレートを見て呟いた。


「警備が厳重そうだけど、どうやって入るの?」


 小泉玲奈がネズミ1匹入れなさそうな鉄製のゲートと、その脇の通用門に立っている紺色の制服を着た強面の警備員を眺める。


「さすがに部外者じゃ入れてもらえないよなぁ」


 加賀瑞樹は、山下拓が中沢美亜の名刺を持っていたことを思い出し、「あー、拓さんから、美亜さんの連絡先教えてもらっておけばよかった」と嘆いた。


 すると、木村小春が予想外の言葉を口にした。


「お兄ちゃん、大丈夫だよ。コハルが開けるから」


『え?』

 加賀瑞樹と小泉玲奈の声が重なる。


「でも、コハルの不思議な力のことは内緒なんだからね」


 木村小春は無邪気に笑う。

 そして、両手を胸の前に重ねて目を閉じた。


「アビリティ発動!」


 その声とともに、木村小春の瞳が黒く輝くと、全身から漆黒の闇があふれ出した。

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