12.小春
ブゥーっ!
驚きのあまり佐々木優理が口に含んでいたコーヒーを噴き出し、加賀瑞樹の顔面に直撃する。
「子供、でかっ!」
我に返った山下拓と佐々木優理が同時にツッコミを入れる。
薄桃色のツインテールの少女が、てへっと小さく舌を出す。
中学校の制服と背丈からして、少女の年齢は13歳から15歳くらい。今年28歳になる伊達裕之の娘だとすると、中学時代に生まれた子供ということになる。
「本当に、ダテヒロさんの娘さんなんですか?」
加賀瑞樹は、ハンカチで丁寧に顔を拭きながら尋ねた。
伊達裕之は少し困った表情をして「実は、亜梨紗ちゃんから……」と話し始めた。
☆
「驚いて損した」
話を聞き終わった佐々木優理が「あー、仕事しよっと」と、ソファーから立ち上がってデスクに戻る。
伊達裕之の話を要約すると、こんな内容だった。
30分ほど前に、
秦野亜梨紗は山下拓が学生時代に交際していた元カノだった。
当時、伊達裕之も一緒に3人でよく会ったり、遊んでいたため、お互いスマホに連絡先を登録していた。
伊達裕之が指定されたカフェに行くと、そこには、ツインテールの少女を連れた秦野亜梨紗がいた。
ツインテールの少女は
秦野亜梨紗からは「詳しいことは話せないが、木村小春は、ある組織から狙われている。かくまってほしい」と頼まれた。
そして、「依頼料と木村小春の生活費は、後で必要なだけ振り込む」と一方的に言い残し、その場から立ち去ってしまったのだった。
「亜梨紗……。相変わらず神出鬼没で何を考えてるのかわからない女だな」
山下拓が遠くを眺めるような目をした。きっと昔を思い出しているに違いない。
加賀瑞樹は、山下拓の『元彼女』にも興味が湧いたが、まずは、一番の疑問をストレートにぶつけた。
「そもそも、何でダテヒロさんが『お父さん』なんですか?」
話を聞く限り、二人は親子どころか、全く血もつながっていない赤の他人である。年齢もそこまで離れていないし、『お兄さん』ならまだしも『お父さん』は、ちょっとおかしい気がした。
「それは……」
その質問の答えに詰まった伊達裕之がもじもじとうつむくと、ぴょこんと木村小春が割って入った。
薄桃色のツインテールが可愛らしく揺れる。
「だって、コハル、ずっとお父さんが欲しかったんだもん」
無邪気にニッコリと笑うと、伊達裕之に抱きついた。
「お父さん、よろしくね!」
そこには、ドギマギと照れて赤くなる伊達裕之の姿があった。
☆
その後、アルファレオニスのオフィスで木村小春の素性を探ろうと、いくつか質問したところ、両親はいないが、祖父は健在なことがわかった。
それなら、直接会えば詳しいことがわかるはずだということで、電車で何駅か離れた祖父の家を訪ねることになった。
陽が傾きかけたころ、加賀瑞樹と伊達裕之は木村小春を連れて、祖父の家を目指して住宅街の中の道を歩いていた。
「加賀っち、付き合わせちゃってゴメンね」
伊達裕之が申し訳なさそうに言った。
相変わらずの上下ジャージ姿に黒いリュックサックを背負っており、これから遠足に出かける中学生のようにも見える。
「全然、大丈夫ですよ。それに気分転換に外に出るのも悪くないですし」
加賀瑞樹が笑顔を作ってみせる。
「あ、おじいちゃんの家!」
木村小春が元気な声をあげると、左前方の趣のある木造住宅を指さした。
その年季の入った建物は1階がカフェになっており、入口の横には、『木村珈琲店』と書かれた看板が見えた。
さっそく、3人は木製の扉を開けて店内に入った。
扉の内側についているベルがカランコロンと鳴る。
「いらっしゃいませ」
店主とおぼしきカウンターの中の渋い男性の声が出迎えた。
白髪混じりの店主は、清潔感のある白いシャツに黒のエプロンを着ていた。
「おじいちゃん! 久しぶり!」
木村小春が、ぴょこんとカウンター席に飛び乗る。
「小春……? 小春なのか?」
店主は食器を拭いていた手をとめ、木村小春の顔をまじまじと見つめる。
「そうだよ。コハルだよ!」
なぜか木村小春は得意気だった。
「こりゃ、たまげた! 大きくなったなぁ」
店主の顔がパーッと明るくなり目が潤んだように見えたが、すぐにこちらに気がつき、「そちらのおふた方は?」と訊いた。
「コハルのお父さんと、お兄ちゃん!」
木村小春から『お兄ちゃん』と紹介され、加賀瑞樹はほっとした。
『おじさん』と呼ばれたらどうしようと、実のところ心配していたのだ。
さすがに20歳で女子中学生から『おじさん』呼ばわりされたらショックである。心に致命傷を負いかねない。
「おお、そうかそうか。家族が見つかって良かったなぁ」
店主が心から嬉しそうに笑った。
木村小春と店主のやり取りを遠慮がちに眺めていた伊達裕之が、ようやく話しかけた。
「あの、伊達と申します。実は、本日、知人から小春ちゃんを預かってほしいと頼まれましたのですが、その時、知人からは詳しい経緯や状況を聞けなかったので、もしかしたらお祖父さんが何かご存知なのではないかと思い、お伺いしました」
「……そうだったのですか」
喜んでいた店主の表情が一瞬曇ったが、すぐに微笑むと「私からは昔のお話しかできませんが、それでも良ければ。どうぞお座りください」とカウンター席に案内した。
☆
店主の名前は
木村清十郎は、加賀瑞樹と伊達裕之にいれたてのコーヒーを出し、木村小春にはオレンジジュースのグラスを渡した。
「小春本人には、以前伝えた話なのですが」と前置きをしたあと、木村清十郎は木村小春の生い立ちについて語ってくれた。
「小春は、私の本当の孫ではありません。そもそも私は独身ですしね。小春と出会ったのは、今から12年前、いや、13年近く前になりますかね。閉店の時間に外の看板の明かりを消そうと思って外に出ると、赤ん坊の泣き声が聞こえてきまして。声の元へ行ってみると、お店の脇で、赤ん坊がベビーカーの中で泣いていたのです。その子が小春でした」
「おじいちゃんが、小春を見つけてくれたんだよ!」
木村小春が嬉しそうに言った。
「警察に相談して両親を探そうとしましたが全く手掛かりがなく、結局、小春を施設に預けることになりましたが、私は小春の両親が見つかるまでは、この子の家族になってあげたいと思い、定期的に様子を見に行ったり、このお店に連れてきたりしました。しかし、5年前、突然、その施設から小春だけ別の施設に移されてしまったのです。なぜか移動先の施設の情報は教えてもらえず、それ以来、小春に会えなくなってしまいました。だから、今日は5年ぶりの再会です。元気そうで本当に良かった」
木村清十郎は血のつながっていない孫娘を見つめながら目を細めた。
「お祖父さんが、小春ちゃんと再会できて良かったです」
伊達裕之が目を潤ませながら両手で木村清十郎の手を握ったが、すぐに「はっ」と気がつき、その手を離す。
加賀瑞樹は、ストローでオレンジジュースを美味しそうに飲む木村小春に目を向けて尋ねた。
「ということは、小春ちゃんは昨日までは新しい施設にいたんでしょ? 何ていう施設にいたの?」
木村小春はグラスをカウンターに置き、「んーっと」と首をかしげたあと、「研究所!」と言って、にぃっと笑った。
「研究所?」
加賀瑞樹と伊達裕之が同時に声を上げる。
「なの……くろじい研究所。アリサちゃんが、『ここにいると危ないから』って外に出してくれたの」
「ナノテクノロジー研究所……」
伊達裕之が黒いリュックサックからノート型パソコンを取り出し、検索し始める。
「そしたら、その研究所に小春ちゃんを送り届ければいいのかな?」
ゴールが見えた気がした加賀瑞樹が優しく訊いた。
「いやだ。コハル、お父さんと一緒にいる。せっかくお父さんができたんだし」
木村小春はプイっとそっぽを向く。
「それに、研究所つまらないんだもん」
カランコロン。
その時、お店の入口の扉が開き、深紅のワイシャツの上に黒いスーツを着た赤髪の若い男が入ってきた。
下側だけフレームのある眼鏡をかけ、耳にはピアスがあった。どう見ても、仕事中のサラリーマンではない派手な格好だ。
「いらっしゃいませ」
「ようやく見つけたぜ」
赤髪の男は一直線にカウンター席に向かって歩いてくると、唐突に木村小春の右腕をつかみ上げ、席から降ろした。
「いやー」
腕を引っ張られながら、木村小春が悲鳴を上げる。
「娘に何をする!」
伊達裕之は、店から出ようとする赤髪の男の前に立ちふさがった。
「娘!? ガキが何言ってる」
赤髪の男は伊達裕之を押しのけると、木村小春を連れて店の外に出る。
「お父さん! 助けて!」
木村小春の助けを求める叫び声が、辺りに悲しく響き渡った。
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