10.友達(3)

 ―――圧倒的。


 公園の中央広場での、佐々木優理と『ゆみこ』の戦いを表現するのであれば、その一言に尽きた。


 まず、電磁パルスネットのバッテリーが切れた瞬間、金属製のネットを突き破って脱出してきたゆみこを、「待ってましたぁ♪」とばかりに、すでに空中に跳び上がっていた状態の佐々木優理が右エルボーを脳天に決める。


 勢いよく地面に叩きつけられたゆみこは、怒りの表情で「このくそ女、殺してやる!」と叫びながら、すぐに体勢を立て直すと、周囲の空間に小型オートマトンを無数に出現させた。


 だが、佐々木優理は「あら? 今度こそ死にたいの?」と笑うと、すぐ目の前に浮いていた小型オートマトンを片手でつかんだ。

 そして、野球のピッチャーの如く振りかぶり、綺麗なピッチングフォームで投げつけた。


 レーザービームのような送球が、ゆみこの逆立つ長い髪先をかすめ、公園の奥にあった滑り台に直撃する。


 その軌道付近に浮いていた全ての小型オートマトンは閃光とともに消滅し、滑り台も木っ端微塵に爆発した。


 それを見た佐々木優理は「ちっ、はずれたか」と残念そうに舌打ちする。


 ゆみこは慌てて飛び上がり、距離を取って宙に浮かぶと、地上にいる佐々木優理との間に壁のように巨大なオートマトンを生み出した。


「これで、攻撃できまい」


 さらに、ゆみこは両腕を広げ、「今度は、こちらの反撃だ」と叫ぶ。


 すぐさま、佐々木優理が立っている場所の周囲に4つの大型オートマトンが出現する。


「死ねぇ、くそ女ぁ!」


 ゆみこが広げていた両手のてのひらを合わせるのと同時に、中心にいる佐々木優理の場所に向かって、上空と四方からオートマトンが一気に収束し、融合する。


 地面に黒い箱1つだけが残った。


 その状態を見て、ゆみこが勝ち誇った表情を浮かべた。


「やったぞ、私の勝ちだ! くそ女を押しつぶしてやった!」


 だが、その直後、それは恐怖と驚愕に変わる。


「あんたはもう死んでいる。……なんてね」

 ゆみこの背後から肩越しに佐々木優理が語りかける。


「ばかな……。コアブロックが壊された?」


 呟くゆみこの胸は、すでに佐々木優理のパンチが背中から貫通していた。


「まぁ、もともと死んでたよね。あんた、ただの機械だし」


 佐々木優理は、ゆみこを串刺していた右腕を抜くと、体勢を整えて着地した。


 どさっ。


 地面に落ちたゆみこの胸には、ぽっかりと穴が開いていた。

 穴の断面は、小さな黒い立方体で凸凹しており、ゆみこは超小型オートマトンの集合で構成されていたことがわかる。


「どうやって後ろに……?」

 ゆみこは、字の如く、壊れた機械のような音を出しながら尋ねた。


 佐々木優理は、徐々に身体が崩壊していくゆみこの隣にしゃがみ、顔を見た。


「目にばっか頼りすぎなんだよ。人間じゃないのに」


「……そうか、空中のオートマトンを足場にして、空に跳んだのか。自ら巨大な死角と足場を作ってしまったとは……」


 いつのまにか、ゆみこの顔は全てを諦めたように清々しい表情に変わっていた。


「ああ……。保存していたデータが流れ出してくる……」


 そして、ゆっくりと瞳の光が消えていく。


「玲奈……。ごめんね……」


 その瞳から一筋の涙が流れ出ると同時に、ゆみこは完全に動きを停止した。


 佐々木優理は少しの間、ゆみこの顔を見つめていた。


 そのあと、自分の豊かな胸の間に右手の人差し指と中指を入れると、谷間の奥から白銀色のカードを器用に取り出す。

 カードの表面には、プリント回路基板状の電子回路が張り巡らされており、光の反射により獅子座の星座をかたどった紋章が浮かび上がっていた。


「これも役目だから……」と前置きすると、「もらってくよ」と冷たい表情で呟いた。


 そして、手に持つ白銀のカードを消えゆくゆみこの身体に突き刺したのだった。


 ☆


 天井も壁も床も白一色の病院の部屋。窓にも純白のレースカーテンがかかる。


 白いベッドの上では小泉玲奈が静かに眠っていた。


「……ここは?」


 ふと小泉玲奈は目を覚ました。ぼんやりとした意識の中、なぜ黒い箱に飲み込まれたはずの自分の視界が白いのか不思議に思った。


「病院だ」


 低く落ち着いた男の声がした。

 聞こえてきた方に顔を傾けると、ベッドの傍らに山下拓の姿があった。


「痛いところはないか?」


 自分の身体の感覚を把握するまで、少しだけ時間がかかった。どこも痛みは感じない。


「……大丈夫です」


 ようやく頭の中がはっきりとしてくる。自分が死んでいなかったこと、そして、病院で寝かされていることを理解した。


「山下さんが、助けてくださったんですか?」


「ああ」

 山下拓が短く答えた。


 小泉玲奈は、ゆっくりと上体を起こしてから「助けてくださって、ありがとうございます」と礼をした後、「瑞樹―――、えっと、加賀くんも無事ですよね?」と確認した。


「無事だよ。今、うちの会社のダテヒロと優理と一緒にこっちに向かってる」


「……良かった」


 心臓のあたりに両手を重ねて、目を閉じながら深い息を吐く。


「だが、嬢ちゃんの友達は救えなかった」

 山下拓がレースカーテンの先の景色に視線を移してから、そっと告げた。


「……そうですか」


 小泉玲奈は少しの時間うつむいたが、顔を上げて山下拓に微笑みを向ける。


「でも、ありがとうございました。ゆみこを止めてくれて。きっと、あの子も誰かに止めてもらいたかったと思います。優しい子でしたから」


 すると、山下拓の右手が小泉玲奈の頭の上に優しく載った。

 大きくゴツゴツした手のひらが、励ますように髪をくしゃくしゃと撫でる。


「……嬢ちゃん、よく頑張った」


 急に小泉玲奈の視界がぼやける。

 胸の奥から熱い涙がこみ上げ、気がつくと両目から溢れて出てしまっていた。


 それから、声を上げて思いっきり泣いた。

 気がすむまで泣き続けた。


 ☆


 その翌朝、世間では衝撃的なニュースが駆け巡っていた。


 テレビのニュース映像では、たくさんの報道陣に囲まれていた白衣の老人がゆっくりと地面から浮き上がり、そして空中を浮遊している様子が映っていた。


 白髪老人はテレビや新聞の記者たちを見下ろしながら、真っ白なあごひげを撫でながら笑みを浮かべ、声高らかに言った。


「ほら、この通り。『特殊能力アビリティ』を使えば、何の仕掛けもなく宙に浮くことができる。人類を劇的に進化させる方法をワタシが自分の身で証明したのじゃ」

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