4.裏アルバイト(2)

 何百年もの深い年輪が刻まれた格調高いテーブル。その上に、いくつかの調査資料が並んだ。


「調査結果について、まず結論から言う」


 ラジオのパーソナリティを彷彿とする山下拓の落ち着いた低い声が、西洋貴族の邸宅を思わせる応接間に響いた。


 一瞬の静寂の中、小泉玲奈が息をのむ音が聞こえる。


「嬢ちゃんの友達は、もう死んでいる」


 山下拓は非情な言葉を告げた。


 小泉玲奈の顔に悲しみが浮かぶが、意外にも動じる様子はなく、むしろ、すでにその言葉を聞く覚悟ができていたようだった。


 山下拓は、小泉玲奈の気丈な振る舞いに感心した表情をすると、報告内容を話し始めた。


「友達の住所を調べて、家がある場所に行ってきた。正確に言えば『家があった場所』だな。今は、そこには何もない。見に行った時には、更地のようにキレイさっぱり何もなくなっていたよ」


「何もなかった?」加賀瑞樹は声を上げた。「オートマトンのせいだったら、家を取り込んだ大きな『黒い箱』が残ってるんじゃ?」


状態βベータだったらな」


 山下拓が加賀瑞樹に視線を向ける。


「オートマトンのベータは無生物を取り込んで、その取り込んだ物体に擬態しながら、成長と分裂を繰り返す。つまり、ベータはそんなに移動しない。その場に何も残っていなかったということは、建物全てを取り込んだあとに、わざわざオートマトンがその場からどこか遠くへ移動したということだ」


「まさか、『状態γガンマ』?」


「そう考えるのが妥当だ。そしてガンマは人間も喰う。おそらく、友達は家ごと喰われたんだろうな」


 それまで気丈に振る舞っていた小泉玲奈だったが、両手で口元を抑え、「ゆみこ……」と悲痛な顔で友達の名前を呟いた。


「悲しんでいるところ悪いが―――」山下拓が鋭い眼光を放ちながら言った。「さぁ、ビジネスの話をしようか」


 加賀瑞樹は山下拓の発言に驚き、「ちょっと拓さん、このタイミングでお金の話なんて……」と思わず口にした。


「いえ、いいの」小泉玲奈が涙を拭きながら、キリっと前を向く。


 何かを決意したのか、その瞳には光が灯っていた。


「続けてください」


「今回、ガンマまで成長しているとすると、おそらく本体のオートマトンから分裂した子供のオートマトンも数多く生まれているはずだ。そいつらの駆除も全部含めて、料金は税込1000万円だ」


 山下拓の冷静な声が響いた。


「1000万!? 高すぎでしょ!」加賀瑞樹は飛び上がった。


 その言葉を気にせずに山下拓は続ける。


「だが、今さら駆除したところで、友達が生き返るわけでもない。さぁ、どうする?」


 小泉玲奈は大きく深呼吸をした。そして、テーブルの上に両手をつくと、前のめりの体勢のまま、真っすぐで淀みない声を出した。


「山下さん、ぜひ契約させてください」


 その回答に加賀瑞樹は耳を疑った。「嘘……、でしょ?」


 しかし、小泉玲奈の顔は真剣だった。嘘や冗談で答えたようには見えない。


「友達の―――ゆみこの……」


 小泉玲奈の肩が震えていた。再び瞳が潤む。


「……これ以上、ゆみこのような犠牲を出さないために。オートマトンを倒してください!」


「契約、成立だな」


 山下拓はゆっくりと立ち上がった。ソファーがきゅうっと鳴った。


「よろしくお願いします」小泉玲奈が深々と頭を下げる。


「テーブルの上に置いてある契約書にサインをして、1週間以内に会社に郵送してくれ」


 山下拓はビジネスバッグを右手で持ち上げ、左手でつかんだスーツの上着を肩にかけた。

 そして思い出したかのように付け加えた。


「あと、嬢ちゃんにひとつ頼みたいことがあるんだが、その友達の写った写真を何枚か送ってくれないか」


「ゆみこの写真ですか?」小泉玲奈が不思議そうな顔をする。


「ああ。念のためな」


 そう言い残すと、振り返りもせず山下拓は応接間から出て行った。


「お邪魔しました」


 挨拶もそこそこに加賀瑞樹も急いで山下拓を追いかける。今のは『それでは失礼します』と言うべきだったかなと思いながら部屋を出る。

 ちらっと横目で振り返ると、頭を深く下げたままの小泉玲奈の姿が見えた。


 加賀瑞樹には、死んだ友達のために1000万円も払おうとする小泉玲奈の気持ちが全く理解できなかった。


 親友? 仲間? そんなの幻想だよ。


 ☆


 小泉玲奈の家を出たあと、駅へ向かう道を歩きながら山下拓は電話をしていた。どうやら伊達裕之に状況を伝えたらしい。


 電話を切った山下拓の口角がニヤっと上がったのが見えた。


 山下拓は加賀瑞樹を見下ろすと、唐突に宣言した。


「したら、加賀、今から駆除しに行くぞ!」


 想定外の言葉に、加賀瑞樹は全身から血の気が引いていくのを感じた。

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