3.裏アルバイト(1)

「ステップ1。まずは依頼主に接触して、情報提供してもらう。ステップ2。その情報をもとにオレらが調査する。ステップ3。調査結果を依頼主に伝えて、オートマトン駆除契約を締結する。ステップ4。あとはオートマトンを見つけ出してぶっ壊すだけ。これが一連の流れね」


 電車を降りて駅から出た後、歩きながら山下拓が説明してくれた。


「今からやるのはステップ3。依頼主のところに行って、調査結果を伝えて契約締結する」


 加賀瑞樹は、緊張で強張っていた肩の力が一気に抜けるのを感じた。


「よかったぁ。今日は契約の手続きをするだけなんですね!」


 オートマトンと遭遇しなくてすむことがわかって気持ちが急に明るくなった。


 そして、緊張がほぐれると同時に疑問が浮かぶ。


「ん? 僕の時はいきなり契約からだったような」


 オートマトンに襲われていたところを佐々木優理に助けられたことを思い出した。


 契約の前に、依頼も情報提供もした覚えはない。いきなり現れて一方的に契約を締結させられた。


「あぁ、加賀の件か。あれは、今日の依頼主のステップ2。提供された情報をもとに優理が調査してた時に、オートマトンに追われているオマエを見つけた。んで、助けたんだと」


 山下拓は前を向いたまま、涼しい顔で答える。


 その回答に加賀瑞樹は釈然とせず、「え、ということは、僕じゃなくて今日の依頼主に40万円を請求してもいいんじゃ……」と呟いた。


 さらに少し歩いてから質問をした。


「ところで、依頼主って、どんな人なんですか?」


「一言でいえば、『優良見込み客』だな」


 山下拓がニヤっと口角を上げた。


「ほら、この家だぞ」


 山下拓が立ち止まった前には、黒塗りの鉄格子でできた大きな門があった。


 その先には、日本とは思えない広大な庭と、西洋のお城のような白い豪邸が見えた。


 ☆


 使用人に通され、中世ヨーロッパのような雰囲気の応接間に入ると、そこには意外な人物が待っていた。


「瑞樹?」


 肩にかかる長さの健康的な黒髪に、柔らかで品のある服装。


 見覚えのある可愛い女子は、サークルの同期の小泉玲奈だった。


「どうして玲奈が?」


 予想外の登場人物に加賀瑞樹は目を疑った。


 まさかアルバイト中に知り合いに会うとは思わなかった。しかも、こんな非日常的な空間で。


 小泉玲奈の驚いた様子は一瞬だけだった。


 すぐに、いつもの表情に戻ると、「それは私のセリフ。ここは私の家だもん」と、わざとらしく可愛い子ぶる。


 そのやり取りを見ていた山下拓がパーマのかかった黒髪を右手でくしゃっと触りながら、「加賀の彼女か?」と真顔で尋ねた。


 一瞬の間の後、加賀瑞樹と小泉玲奈が同時に同じセリフを吐く。


「ただの同期です!」


 二人の気迫に押された山下拓が「オマエら、仲いいな」と苦笑いを浮かべた。


 けして仲良くはない、いいように使われているだけだ、と加賀瑞樹は心の中で否定した。


 そして、気を取り直して小泉玲奈が視線を向けると、「玲奈が依頼主ってこと?」と訊いた。


「うん。私がアルファレオニスさんに依頼して来てもらったんだけど……」


 小泉玲奈が伺いを立てるように、山下拓の方を見る。


 すかさず山下拓が「話して大丈夫だ。加賀には、うちでアルバイトしてもらってる。まだ入って10日の見習いだけどな」と小泉玲奈の疑問に答えた。


「そうだったんですね」小泉玲奈は納得した様子で頷くと、思い出したかのように「どうぞお座りください」とソファーに案内した。


「嬢ちゃん。まずは、加賀に状況を共有するのも兼ねて、もう一度、今回の依頼の経緯から確認させてくれ」

 ひと口飲んだコーヒーカップをソーサーに戻すと、山下拓が真剣な表情で言った。


 小泉玲奈の両肩に力が入る。


「はい、経緯を説明させていただきます!」


 緊張しながらも一生懸命に話し出す。

 その様子は、授業中に教師に指名されて黒板の前で答えさせられている中学生を見ているようだった。


「2週間前―――ゴールデンウィーク最後の日曜日なんですけど、高校時代の友達と遊んでたんです。そしたら、帰り際に友達が妙なことを言ったんです。『近頃、よく黒い箱を見かけるの。玲奈は見たことない?』って。その時は、友達の冗談だと思ったんです。近頃、ネットやSNSで『黒い箱』が噂になっていることは私も知ってましたから、私をからかってるだけだ、と」


 小泉玲奈は、ひと呼吸おいてから続けた。


「次の日の夜、突然、その友達から黒い箱の写真がSNSで何枚も送られてきました。悪戯するような性格の子じゃないので、さすがに変だと思ってメッセージを返信したんですけど、それっきり音沙汰がなくなっちゃって。既読にもならならないし。それで心配になって、『じいや』に相談したんです」


「じいや?」加賀瑞樹が思わず聞き返す。


「うん、あそこにいるのが『じいや』」


 小泉玲奈が、部屋の入口近くで待機している使用人に視線を送る。


「わたくしめが『じいや』でございます」


 気品あふれる白髪の使用人が、その場で丁寧にお辞儀をする。

 

 小泉玲奈は何事もなかったかのように話を再開した。


「じいやが警察にも連絡してくれたんですけど、『黒い箱』のことを伝えた瞬間に相手にしてくれなくなっちゃって。仕方がなかったので、友達の行方と『黒い箱』を調べてくれる人をじいやに探してもらったんです。そしたら、アルファレオニスさんのホームページを見つけて、ご連絡させていただいたってわけです」


 加賀瑞樹は、オートマトンに襲われた1週間前の記憶が蘇った。


 その友達も自分と同じような目にあったのではないか。


 オートマトンに追われ、囲まれ、そして―――。

 そして、あの時、佐々木優理が現れなかったら……。


 その先を想像することは、ためらわれた。


 まぶたを閉じて静かに話を聞いていた山下拓は深く頷いた。


 その後、ゆっくりと目を開けると、低く通る声で言った。


「ありがとう。次は、我々の調査結果を報告する」

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