2.

「今夜のVISUAL PARTYのラストVTRでーす。リクエストが来てんだよね。岐阜県のええっと、ペンネームFINNAちゃんから。『CDショップで見かけたビデオクリップがメチャかわいかったんで、ぜーんぶ見たいの。お願いMARIA』 はいはい、きみのリクエストにお応えして、今夜はデビューシングルのミュージックビデオをノーカットで見せたげる。覚醒計画『彼女の25時』」


ゼリー色の夜風を、青いドレスで泳ぐ熱帯魚

眠れぬ都会のイルミネイション

キャンディみたいに頬張る君さ

   時の流れをヒラリと飛び越え

君が踊る MID NIGHT JANCTION

彼女の25時を この腕で束縛したいのさ


 ああ、これは六本木かなあ。

 …鞠矢貴希(まりや たかき)はモニターの画面をぼんやりと見つめていた。ストップモーション処理した夜の都会。「不思議の国のアリス」の衣装の少女を、追いかけるトランプの兵隊。彼女を守って逃げ回る『覚醒』のメンバー。それを映し出すスクリーンをバックにサビを演奏するメンバーが重なる。

 へえ、ヒロタカ君のボーカル、画面で見てもかわいいな。ちょっとハスキーな声が心地よく耳に引っ掛かるんだよね。

 ギターがこの電信柱みたいな人、木村正志。あ、スクリーンの中でアリスにアイスクリーム渡してた彼だ。滑らかできれいな音。こういうのをさりげなくうまいって言うんだろうな。

 ドラムさんは…桜井幹一朗さんね。気の短そうなひとだな。

 あれ?じゃあキーボード…でーっ!天城晴都だ! あいつならドラムかギター、いや貫禄からいってベースとかと思ってた。

 …悔しいと思う。彼らの音楽を聞くたびに。もともとアーティストとアイドル、音楽性が全く違うんだから、羨んでもしょうがないんだけどさ。彼らを見てると本当に音楽を楽しんでいそうで、余裕のない自分ばかりが見えて息苦しいんだよね。

 喬木マネージャーが、作詞家としての碧を引き抜こうと突然言ったっけ。昨夜貴希の部屋で子猫とじゃれながら眠ってしまった碧の処置に困って電話した時に。

 実はファンクラブの会報で詩を投稿していた時から、目をつけていた、彼女なら鞠矢の生の魅力を前面に押し出す、パワフルな詩を作るはずだよ、と。

 どうせ俺の書いた歌詞は碧にかないませんよ、と思いながら喬木に、

「それで解決する問題じゃないでしょ喬木さんってば」

と言ったら、うんそうだね、わかってるよ、とマネージャーは笑った。

『確かに、あのバンドの魅力は碧ちゃん一人で手に入れることで盗めるものじゃないけどね。…それでは、本音を言いましょう』

「???」

『鞠矢、お前にとって彼女はいい起爆剤になると思うんだ。碧ちゃんって素直でしょ、ちょっと暴走しすぎるくらい。あの子のストレートな感情表現に、徹底的に体当たりしてごらん。鞠矢にとって絶対面白いと思うから』

「んー、喬木さんって、どうしてそう抽象的な言い方ばっかするの?」

『うーん、今の鞠矢自身が抽象的だから、かな?』

  あの言葉だけ今も妙に心に引っ掛かってる。俺にとって今、俺が不確かだ。


『はい、OKです。鞠矢お疲れさん。遅くなっちゃったねー』

 ディレクターのトークバックで我に帰る。

「いえ、俺こそ何回もとちっちゃってごめんなさい。これ、再来週放送分ですね」

 貴希は大きく伸びをして、スタジオのドアをあけた。

「わわっ!」

 …ドアの前に天城晴都が立っている。目が座っている。

「今夜これで空きだろ? おごるから付き合え」

「空きったってさー、今夜中の一時だぜ」

「ガキくさい言い訳で逃げるな。いいから、来い!」

 そのとき、スタジオから、まだ火の点いてないマイルドセブンをくわえながら出てくる、喬木の姿が目に入る。天の助けだ、と思った。

「喬木さぁぁん!」

 我ながら情けない声だ。気づいた喬木は、

「やぁ、天城くん、先日の電話の時は、どうも」

「すみません、鞠矢先輩、お借りします」

「どうぞどうぞ。子供ですから、手がかかりますが、しっかり社会勉強させてやってくださいね」

 そう言いながら、喬木は貴希の前髪をくしゃっと撫でる。

「鞠矢、よかったね。いい友達ができて。しっかり遊んでおいで」

 放任主義にも限度がある、と思う。ほんとうにマネージャーってこんなんでいーのかよ! そう叫びたいけど、晴都の大きな右手で口を塞がれていて言葉にならない。

 文字通り、晴都に振り回されて、廊下を曲がって行く貴希に手を振りながら、喬木は呑気にひとりごちた。

「たいへんだねぇ。三角関係のもつれってのは」

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