LOOP THE LOOP!!! - ②

★1LOOP目!



二学期の期末試験最終日で、最後のテストが終わったあとの教室。

午後一時四十五分。


俺はそのなんとも言えない解放感を味わいつつ、自席で大きく伸びをした。


高校二年生ともなれば定期試験は慣れたもの。

手ごたえは中の上。いつもと同じ。変わらない。


変わらないということはつまり、安心っていうことだ。



さてこれからどうしようか、と考えていると背後から声がする。

「いよっし! 終わったぞー。長かったー。辛かったー。なあ、どこいく? どこいっちゃう?」


後ろの後藤がハイテンションに身を任せ、俺の両肩を掴んでぐらぐらと前後に揺らした。


俺は赤ん坊も顔負けに揺られながら、

「そうだなー、とりあえずいつものバス停に集合、かな」


いつもの、ね。と後藤は人懐っこく笑った。

身長低めで、ちょっと癖のある色素薄目の髪の毛が小動物的で愛らしい。


そんでもって『とりあえずバス停』は俺と後藤と――

「私もそれでいいよ。超いいよ!」

と答える小葉瑠こはる、計三人の、まあ日常的な光景だ。



集まる目的は決まっていないし、大抵ただ無為に時間を過ごすだけ。

高校生の暇つぶしなんてどこもそんなものだろう?



「じゃあ三時十分前にバス停ってことにしますか」

後藤が高めの声で言う。


小葉瑠が大げさにうんうんと頷くと肩甲骨まで流れる髪がそれに合わせて揺れた。


俺もそれでいい。

「んじゃそれで――」

「おーおーおーおー、相変わらず仲良しだねえ、三人とも」


背中から声。

首だけを九十度回転させたその先には、


「なんだ芹沢か」


なんだ、とはなんだ、と言い返すと、

「いいねえ。青春だねえ。私も遊びたかったなあ。後藤くんもゆうくんも、最近一緒に遊んでないよねえー」


ちなみに小葉瑠と芹沢は仲がいい。かなり。


「あ、愛ちゃんも来る?」

と尻尾を振る小葉瑠。


「いやー、行きたいのはマウンテンマウンテンなんだけどさ、今日は行けないんだわ。いつも通り三人で行ってきな」

「相変わらず部活か? さすがスプリンクラーだな」

俺は言ってやった。


「スプリンクラー言うなー。スプリンターだ、短距離選手だ!」

短い髪の毛がのたうちまわる。

スプリンクラーを誤作動させた結果、ついたあだ名はそれもそのままスプリンクラー。短距離選手スプリンターである自分の運命を呪うんだな。

まあそれはまた別の話。


「ってか、今日まで部活動停止期間だろうが?」

「まあそうなんだけどねー。短距離はさぼるとすぐダメになっちゃうからね」


自主トレか。

そりゃあ日焼けで真っ黒なわけだ。

その膨大な青春エネルギーに、感服。


「えー。じゃあ次は遊ぼうね」

「私の可愛いこはるんよ、また誘っておくれ」

羽を伸ばしてくるがよい、と両手をバタバタと上下に揺らした。


「よっし、じゃあそれで―。芹沢もまた今度ね!」

と、後藤はなぜかにんまり笑顔で一足先に教室を出る。


切り替えの早さはピカイチ。シャトルランとか得意そう。いや確か実際に得意だ。


「ごっちまた後でねー。……じゃあ私たちも帰ろうか。愛ちゃんもまたね」

小葉瑠は言いながらネイビーのスクールバッグを背負う。


俺は芹沢に向かって手を挙げそれを別れの挨拶とすると、返事もせずに小葉瑠についていく。


楽しい喧騒を後ろに置いてくる感覚。



そして俺は小葉瑠の背を追いながら、ふと思った。

――昔からこうだ。

なぜか通学は小葉瑠と二人きり。

なぜだろうか。

もう二人とも高校生なのに。



仲良し三人組が定着している空気のなかで、周囲の誰も突っ込みをいれない、二人での登下校。

しかし、付き合っているわけでもない。

不思議な関係。

変わらない間柄。

それが、俺ら。



「ああ、そうだ」

唐突に後ろから声がした。ハッと我に返る。

振り返ると芹沢がちょいちょい、と手招きしていた。


俺は自分の胸を指さす。

俺のこと?

そうそう、こっちに来なさいと招き猫ポーズ。


変なヤツ、と思いながら俺は近づいて耳を貸す。


芹沢は口元に手を当てて、蚊の鳴くような声で言った。

「――いつまでもこのままじゃ、だめだよ?」


俺は視線を上げ、その意味ありげな笑みになにか言い返そうとした。

しかし俺のミジンコみたいな脳みそはそれを叶えられず、再び黙って小葉瑠の後を追う。



「愛ちゃん、なんだって?」

「……さっきのは山々だよ、って意味だってさ」











☆よくある場面転換

その後バス停に再集合したはずなのだが――


俺たちはただひたすら、錆びたベンチに座りながら待ちぼうけを食らっていた。


腕時計は午後二時五十三分を示している。



「あーもうあっっっつい」

隣に座る小葉瑠が両手をベンチにつけ、顔は真上方向、栗色のローファーと紺のハイソックス、膝上十センチのスカートを前方に投げ出しパタパタと左右交互に足を動かす。


柔らかそうな太ももが暴れまわった。

目線を上げていくと、セーラー服の白にぎらぎらとした日差しが反射してとても眩しい。

暑さに耐えかねてくくったポニーテールは縦横無尽に跳ねている。


「やめてくれ、余計暑くなる」

俺がそう抗議すると、うるさい、友くんの方が暑苦しい、バカ、顔面アウトと睨んだ。

バカは余計だ。それに俺の顔面はセーフなほう。自己評価。


まあ誰だってイライラくるわな、こんなの。

俺だってそろそろ限界だ。


「……というか、なんで来ないの」

「それは俺が聞きたい」


――バスのことではない。

ついさっき一本見逃したところだ。

運ちゃんの不思議そうな顔が目に焼き付いている。


では何が来ないかと言うと。

「まあいま後藤が来たところで、次のバスはどーせ四〇分後だけど」

「そんなことは知ってる」


はいはいそうかい。

俺はなす術もなく空を見上げた。ピーカンだ。


そしてふと、

「ねえ、友くん。なにか面白い話でもしてよ」

「……そんな無茶な」

面白い話って言ってもなあ。

俺は落語家じゃない。


――でもまあ断ると小葉瑠の依頼するクエスト難易度が跳ね上がる。

そうならないうちに受注しておくのも手だ。


それにどうせきっと小葉瑠は本当に面白い話なんか求めていないのだ。

暇が潰せればそれでいい。


時計をちらりと見た。

三時までもうすぐといったところ。

そこからヒントを得た俺は、なんとなく、こんな話をした。


「大人たちはな、」

小葉瑠が、え? 本当に話すの? と意外そうに小首を傾げた。

しかも始まり方がとてもダサい。


まあ話してやるさ。


「未だに思っているそうだ。いまの子どもたちは円周率を3で覚えるって」

「なに? 円周率? どういうこと?」

「教科書改訂ってのが昔あったらしい。以前は3.14で教えていた円周率が、3として教えるようになった――とそのとき誤解されたらしいんだ」


小葉瑠は黙って聞く。

やっぱりなんだっていいのだ。



「それは格好の標的となった。学力低下とか、ゆとり教育とやらへの」

小葉瑠がうーんと唸る。

「でも実際は違うよね。確かに問題では3で計算しろとは書いてあるけれど、教えてもらったときは3.14だった」


意外と乗ってくるじゃないか。


「そう、だから誤解なんだ。およそ3っていうフレーズもウケたんだろうな。バカらしくて」


小葉瑠は、というとなぜかその形のいい眉をへの字に曲げて深く考えている様子だった。


「ところで、だ。この3として扱う、というのはいわゆる丸め誤差、というものを生む」

「丸め誤差?」

「そう、つまり本来あった0.14以下を省略しているので本来の計算結果と誤差が生じるというものだな」

「……そりゃそうだよね。円周率はずっと続いているわけだから」

「ただ他にも誤差が生じる要因というのはたくさんある」


時計を見た。

三時五十七分。


「例えば?」

「そうだな、あとは打ち切り誤差、情報落ち、桁落ちとかな」

「なにそれ? 初めて聞いた」


ちなみに小葉瑠の成績は俺よりいい。それもずっと。

ボロが出ないように適当にまとめることにする。


「まあいろいろあるってことだ。つまり、丸めたり、無視したり、ルールも決めずにおよそで計算すると誤差が生まれるってこったな」

以上、誤解と誤差の章終わり。

証明終了。

なにも証明してないけれど。


三時ジャストだ。

熱エネルギーを多めに含んだ風が通り過ぎる。


ちょうどいい暇つぶしになったかな。

珍しく小葉瑠も俺の話を大人しく聞いていたし。


ふと横を見るとそこには――思い詰めるような、そんな表情があった。


え?

そんな話をしたつもりはないぞ?



「……小葉瑠?」

「そうだよね、およそってダメだよね」

「あ、いやそういうわけじゃ――略したりしないと成り立たないこともあるからな」

「ううん、これは、この場合はそういうのじゃダメなの」



この場合? どの場合?



「どういう――」



それは突然だった。

小葉瑠は俺の胸元をぐいと引き寄せると、そのままキスをした。



なんで――

そこで意識が暗転した。

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