6.
番組終了になっても、貴希の体中に立った鳥肌は消えない。
何て強い歌なんだろう? 慌てて見た歌詞カード。『詞:風合碧 曲:天城晴都』みぃあのチビ猫がこんな詞を?
悔しい。悔しくて羨ましい。俺、こんな歌が歌いたい!!
番組は、何とか平常心を保ってやりとおしたものの、ON AIRランプが消えた瞬間から力が抜けて、晴都が握手を求めてくるまで、貴希は呆然としていた。
「さすが、プロだね。プライベートとは大違いで、ちゃんと番組を仕切ってるんだ」
「あ…俺こそ。見直した。いや、尊敬した。感激もした。ヒロタカ君のボーカルも、晴都の曲も…。演奏もすごくて。とにかくすごくて」
言葉もそぞろに貴希が立ちあがると同時に、ミキサー室のドアが開いて碧が顔を出す。見覚えの有り過ぎるコート。
「晴都、晴都、私、大変なことに…あ?!」
晴都と握手を交わしている相手、貴希に碧は驚く。どうしよう。あんなに恋い焦がれたまりやがこんな目の前に…
「あ…おじゃまします。あの…」
「そのコート、返せって言えるとは思わなかったなぁ」
どうしたわけか、自分の声が底意地悪くなっているのを、貴希は感じていた。
「え? これ、ですか?」
男物の薄手の軽いコート、晴都がくれたものだと思っていつも着ていたけど。
「それ、俺の。…ふーん、覚えてないんだ。ぜんぜーん」
「覚えてって…あぁーっ!!」
アルコールのせいでの悪夢だと思っていた、おぼろげな記憶。三月前の真夜中の渋谷。まりやの“そっくりさん”に悪態つきまくって。
「何度も言ったろ? 本物だって。なーのにあの時、あんた、俺のことぶんなぐるは、ののしるは、もう」
不敵な笑みを浮かべる貴希に、碧は完全に頭に血がのぼりきってしまった。…何で、何で今夜はこう、初対面のはずの人にいじめられてばかりいるのよ?!
「何よ! 先に手ぇー出したのは、あなたでしょぉ?!」
バシッ! 貴希の頬に飛ぶ碧の右手。
「もう、もう、絶対辞める。ファンなんてやめる!!」
碧がスタジオから走り出ていくのを貴希は慌てて追おうとした。ちょっと悪ふざけしただけのつもりだったのに…。しかし、握手したままの片方の手が、ぐいと引っ張られる。
「聞き捨てならないね。オレの碧に“手ぇー出した”ってのは」
「そ…それはキスだけだってば!」
「充分悪い!!」
「事故だったんだって!!」
「うるさい!! 理由はどうあれ…俺は、すっごーく嫉妬深いんだ」
笑っていても目だけは…大マジかもしんない。と、パッと手が放される。
「とは言っても、故意にやったことなら、いくらキスだけでも、こんな人前では隠し通すだろうし。今日のところは、いっか。行くぞ、ヒロ」
スタスタと大股で退散する二人。ほっとする貴希に、
「どーいうことだ? 貴希」
喬木の声。我に帰ると、スタッフの冷たい視線。
「怒らないから、説明してごらん」
喬木マネージャーのこういう笑顔が一番怖いのだ。
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