4.

 PM9:00の時報と同時にON AIRランプが光る。大きく息を吸って、本番!

「はい、こんばんはぁ! RADIOの前のみんな、元気爆発してる?鞠矢貴希だよーん。今日はね、俺のNEW ALBUMもON SALEしちゃったりなんかして心なしかきんっちょーの生放送だい! ではいってみましょう。土曜のナイトは『Welcome WAKUWAKU PLANET!!』」

 タイミング抜群にテーマ曲のイントロが飛び込んでくる。今日初めて使う曲なのに、練習なしで本番で大成功させてしまうミキサー葛西氏の腕には感嘆してしまう。本人は、いつものまるで緊張感無しのヘラッとした笑顔でガラスの向こうからピースサイン。

「番組のテーマ用インストルメンタルが変わりましたねー。これはね、今日出た俺のALBUMの中の、そうALBUMのタイトルとも同名だね。『WAKUWAKU惑星(プラネット)』です。これも今回俺が作詞なんてことさせてもらった三曲の中の一つだよ。歌の方は後でちゃーんとかけるからね。ところで…」

 ここで一つ深呼吸。これから言わねばならないことに、実は貴希自身緊張している。

「プロモーションの時に言った、『ある計画』も発表しなきゃ。…今年の夏のツアーのファイナル。八月ですが、なーんと! 初の武道館が決まっちゃいました!」


 そのころ、スタジオの外では、『覚醒計画』二人に付き添っていた碧が、一人の男に呼び止められていた。ヒロタカが慌てて言う。

「あ、この人は関係者です」

「知ってるよ。『覚醒計画』のALBUMの全曲作詞した風合さんでしょ?」

「それだけじゃ、スタジオ見学の理由には不足ですか?」

「待って、晴都。…あなたはもしかして喬木晃弥(たかぎ あきや)さん? まりやのマネージャーの」

 品よく微笑みうなずく。この顔には、鞠矢貴希のファンクラブの会報で見覚えがある。

「風合さんにお話があるんです。作詞家として、ね」


「あれ、みぃは?」

 CMの間にスタジオに入ってきたのがゲスト二人だけなので、貴希は少し安心した。

「喫茶室でお話してるよ。あんたのマネージャーさんと、ね」

「たかぎさんと? みぃ? …変な組み合わせだな」

 そこで、CM終了のジングルが滑り込む。どうも釈然としない気分のままなのは晴都も貴希も同じだ。

「えー、今日のゲストさんを紹介します。このラジオ局主催の第一回スーパーノヴァ・オーディションでグランプリになった、『覚醒計画』の、今夜はお二人さん。ボーカルの星野ヒロタカさんと天城晴都さん」

 スタッフ一同と貴希の拍手。おまけにゲスト本人達まで拍手している。

「まずは、デビューおめでとうございます。覚醒計画ってのはまたずいぶん重厚なバンド名で。何か由来があるんですか?」

「えぇ、オーディションでは『AWAKENING』だったんですけど」

「いや、単にね、ギターの木村君が寝坊で。合宿なんかで起こすのが一大イベントなんだこれが」

「そいで、メンバー全員で『今日はいかにして木村を起こすか』なんていう相談を大真面目にやるんですよ」

「で、『木村君覚醒計画』が、ね。縮んだワケ。…そんなわけであまり深い意味はないけど、単に爽やかーな気分で目が覚めるような、そういう精神衛生上よろしい音楽を、と」

「はぁ…ではとりあえず聞いてみましょうか。ではデビューALBUM『AWAKENING』から『天使が羽根を伸ばすHOLIDAY』」

 CDプレーヤーが回り出す。何気なく聞き流しながらハガキのチェックでもしようとしていた、貴希の手が、止まった…。


見えないはずの地平線が

加速度をつけて広がっていく

こんな緑色の五月の日曜日

惹きつけ合うもう一つの星との引力を感じる

左耳に散歩する風、右腕に優しい君…


六本木放送の喫茶室、生放送中の『覚醒計画』の曲がスピーカーから流れてくる。

「さっき、打ち合わせで初めてこの曲を聞いてね、僕は凄い才能に出会ってしまったな、と思ってしまったわけですよ」

「褒められてるんですか? もしかして」

 和やかなムードの人なのに、スキがない。碧は直感的に警戒を解かずにいた。

「…世界が狭いんだ、鞠矢の今までの歌はね。いかにもアイドルっていう感じの可愛い詞をそろそろ脱させたくてね。とりあえず今回本人に詞を書かせてみたんだけど。…どうも本人落ち込んでる時だったらしくて。あれはあれで奴らしくて良い、んだけど。自分の足元しか見えてないというか。…でも」

 スピーカーからはちょうどサビのリフレインが流れてくる。

「この歌は、広がるんだよね。詞が。その時、ほかに何考えてても激流に押し流されるみたいに脳から追いやられて、体中に緑色が広がる。…天城君の曲も浮遊感と力強さが同居してるし、星野君のボーカルもハスキーで無邪気で、どこかはかなくて」

「あの子の声は、夏の終わりなんだと思います。夢中になってるうちに、本当に追いかけていたはずのものに置いてきぼりにされてしまった少年みたいな」

 喬木は碧の呟きにじっと耳を傾けていた。やはりこの少女の言葉は確かな力を持っている。まだ粗削りだけど…。

「本当にそうだね。…でも僕は職業上、鞠矢の為に『覚醒計画』から盗み出したいものがある」

 喬木は碧をじっと見る。息をのむ碧。

「鞠矢貴希のプロモーターの一員として、うちの事務所に来てほしい。MARIA CLUB会員№77の風合碧さん」

 耳の辺りまでかぁっと熱くなるのを碧は感じた。

「な…何で何で何でそんなことぉ?!」

「会報に、何回か詩が載ったでしょ? 鞠矢へのラブソング。 選考担当は僕なんです。珍しい名前だったし、記憶力抜群なんです、僕は」

 にっこり笑って、とっくに冷めたブラックコーヒーを飲み干す。

「ずっとファンだったんですよ。どうして、ここ一年くらい書いてくれなかったのかなー?」

 碧は、この温厚そのものな笑顔の青年、突飛な言葉にペースを崩されていた。

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