13
息を切らし、溢れそうになる何かを口を結んで堪え、忙しない息を吐き出して、自分が泣きたいのか叫び出したいのか分からない気持ちで目を閉じた。耳に残る声が、胸の内をくすぐるようで息苦しかった。外側から開かれるのではない。内側から、そっとほどかれていきそうだ。
一人きりになれる部屋のドアを開けたとき、アンは立ち尽くした。呆然と。
「母様」
「あら、おかえりなさい、アン。どこへ行っていたの?」
「何をしているの」
「パソコンが開いたままだったから」
「見たのね」アンは歯軋りの音がするくらいに絞り出すと、優雅に椅子に座っている母につかつかと歩み寄り、言った。
「そこからどいて」
「怒鳴らないで」
「怒鳴ってないわ!」叫んで、アンは母を引きはがした。
「私はいつまで母様に管理される子どもなの? 私のプライベートに入ってこないで!」
「母様には、あなたを見守る義務があります」母が平然と言い、アンはぶるぶると震えながら尋ねる。「私のパソコンの文章を読むことが?」頬が引き攣る。うまく笑えていない自信があった。マリアンヌは眉をひそめた。
「こんな文章を書く仕事をしているの?」
何かが切れた。
「出て行って!」
アンの手にした仕事に対し批難を滲ませたのだ。動こうとしない母にもう一度言った。穏便に、と思うものの、声は震えた。頭痛がする。今にも真っ白になってしまいそうなほど、血の気が下がっていく。「出て行って、母様。私が物を投げないうちに」
「いやよ」マリアンヌはきっぱりと拒否の態度を取った。
「そこへお座りなさい、アン。あなたは何も分かってない」
「ここは私の部屋よ!」
「だったらそのままで聞きなさい。あなたは人と違う。あなたの思い描く一般人にはどうしてもなれないのよ。何故自分を受け入れようとしないの。王女という自分を! 分かったようなふりをして、こんな駄文を書くのはおやめなさい」
アンは呆然とした。「どうして――」そんな的を射るような、まともなことを言うのだ。マリアンヌは少し呆れたように肩をすくめ、無言で椅子を示した。アンは半ば無意識に椅子に座り、母の心底困った、という表情をうかがっていた。
「職業に貴賤はないからどうとも言う気はないわ。ライターも立派な仕事です。でも、人には向き不向きがあるわ。うまくいってないのがありありと分かってよ。作り物の心では、誰かに響く文章など書けはしないと思わない?」
そう言ってパソコンを見やる。「でも、日記は面白かったわ。素直で」
アンは呻きともため息もつかない声を漏らした。「それも……読んだの?」もちろん、と頷かれた。「ファイルが開かれたままだったから」と母の方は深いため息だった。
「勝手に部屋に入って、パソコンを触ったのは悪かったわ。ごめんなさい。でも――あなたが十六の時にそんなことがあったなんて思わなかった。私の教育方針が悪かったのね」
アンは身を強ばらせた。「お願い。誰にも言わないで」
マリアンヌは憤慨する。息荒く、高い声で言った。「誰が言うものですか。娘の傷付いた過去を言いふらす母親がいて?」
首を振る。この人もそういう母親だったのだ、と申し訳ない気持ちとともに、嬉しく思った。思わず、視界が潤む。
「私は堅苦しい教育をされたから、せめてあなたたちを普通の学校に……と思ったけれど」
「母様が悪いんじゃない。覚悟できてなかった私が悪いの。みんな平等に……っていうのを信じたのが悪かったのよ。それに、ありふれたことよ、あの年頃には、きっと。恋人の言葉が信じられないなんてことは」
「一番悪いのはあの男の子。思ってもないことを言うものじゃないわ」マリアンヌはぴしゃりと言ってのけた。「あなたの見る目がなかったのね」
アンは苦笑した。最近、自分が恋人と別れたことを思い出したのだ。彼も『良い』とは言えないところがあった。キャリアがあったために、ずっとアンの仕事を馬鹿にして……。もしアンが、自分が王女だということを受け入れて、彼にその秘密を話していたら、何か変わっただろうか何も変わらないという気がした。彼はきっと、アンの身分にへつらい、アンという人格を王女らしくないと批難しそうだった。
「聞いてくれる、母様? 最近別れた人もひどかったのよ。相手は私が王女だとは思いもしなかったでしょうけど」
マリアンヌはにっこりした。
「では、お茶を入れましょうか」
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