6.
「この粗大ゴミ、持って帰ってくれ。俺は、もう知らない」
AM4:00.タクシーでやっと晴都が駆け付けた時、碧は泣き疲れてくうくうと眠っていた。苦笑しながら、貴希は彼にこぼした。
「あんた、鞠矢貴希だろ? 本物だったりして」
特に驚いた風も無く、ニッと笑う。貴希より頭一つ分背が高い。ブルーのトレーナーにブラックジーンズ。大きめのグレーのマフラーを無造作に巻き、硬めの髪を後ろで束ねている。貴希とは好対照の骨っぽい青年である。
「わかるか? この子でも終始偽者扱いだったぞ」
「そりゃ、ね。碧のいつも言ってる通りだもの。あんたキューピーそっくりだ。♪目がぱっちり色白で、小さなくちもと愛らしいー」
「何だよー、そりゃ」
「で、翼広げて飛んでいきそう。だって。七色の鱗粉撒きながら」
くっくっと笑いながらそう言う。
「俺は、イメージ通りだと思う。こんな奴、そういるもんじゃない。こいつだってそう感じてたんじゃないかな」
「うそだぁ、絶対本人と認めなかったよ。ほんとーにMARIAのファンか? こいつ」
「わかってないなあ。本気で好きだからこそ、この状況が信じられないんだよ。“夢みたーい”って言葉は女がリアリストだからあるんだよ」
そう言いながら、眠っている碧の体を軽々と抱え上げる。こんな余裕の動作が貴希の気に障る。
「あんた、何でこんな仔猫と付き合ってるんだ」
「飽きない、可愛い、面白い、いとおしい」
「何だ? それ、冗談か? のろけか?」
「こいつを見てるとさ、何か元気が出てくるんだ。こいつといると世の中のつまんねーことや何でもないことが、面白く見えてくる。何かやらなきゃなっていう気になるんだ。…しかし、えーと、何であんたにこんなこと言わなきゃなんねーんだ?」
「まさかそこまで恥ずかしいことを言うとは思わなかったから聞いたんだ」
貴希は呆れ顔で言った。
「あんたはみぃより大人なのか? それとも単純なこどもなのか?」
「もちろん、しっかり20年生きてるおにーさんだ」
そう言ってニヤッと笑うと、じゃ、と一言残して通りへと歩き出す。薄明りの中に、彼の屈託の無い笑顔は腹立たしいほど似合っている。
「だったらー、みぃを寂しくさせんじゃねーよ! 泣き出すと凶暴なんだから!」
「おーきなお世話だ、ほっといてくれ!」
そう返事して、またからからと笑いながら大通りの方に消えて行く。
何となく気持ちいい腹立たしさが残っている。貴希は両腕で大きく伸びをした。
「さーって、帰ろっかな」
気持ちはまだ雑巾のようだし、体はまだ熱い。あんな大失恋の痛手なんて、そう簡単には癒せはしない。それでも、それなりに新しい日が始まっていく。そしてまた、今日もそれなりに恋の歌を歌っていくのだろう。
(そうだよな。特定の恋人なんていなくたってラブソングは歌えるさ)
歌手、なんだから、俺は。上手に嘘をつくのが仕事の。独り言を呟いてふと俯くと…
「あー!コート!」
隠れ蓑になってくれる、しかも上質のコートである。碧たちは既にタクシーで走り去った後。貴希に残されたのは、温かいパーカーと、もう役に立たないライブチケットだけ。
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