くるくるガールは公爵令嬢

「お初にお目にかかりますわ、ウェルロッドさん。わたくし、リリィ・エンフィールドと申しますわ」


 初対面でいきなり高笑いでお迎えとかいうインパクト抜群の登場をしてきたこのジェリ子⋯⋯じゃなくてジェリコちゃんだけれど、この子の家名はあまりにも有名だ。


 なにせ、この国において2つしか存在しない公爵家のうちの1つ、それがウェルロッド家なのだ。つまり、公爵家である我がエンフィールド家よりも家柄的には上の立場の人間。そりゃあ私も丁寧にお嬢様挨拶をしますわ。


「あら、エンフィールドということは⋯⋯貴女、コルト王子の婚約者と噂の、あのエンフィールドですの?」


「まあ、一応そういうことになっておりますわね」


 こっちとしては早く婚約破棄して貰いたいんだけれどね。


「成程、王子の婚約者ならネゲブ校長が特別目をかける理由も分からなくはないですわ。ですが! わたくしは忖度をするつもりはありませんの。全力で学年一位の座をもぎ取りますから、覚悟しておくがいいですの! オーホッホッホ!!」


 うお、二度目でも飽きない見事な高笑いっぷり。流石公爵令嬢ともなると他の貴族の子とはひと味違うね。


 ただ、こんな典型的な高慢令嬢ムーブかまされてもあんまり腹が立たないのは、この子の見た目のせいだと思う。


 宝石産業およびそれを利用した魔術弾の作成、および販売で財と名誉を築き上げ公爵まで上り詰めたウェルロッド家らしく、至るところに宝石をちりばめた目に眩しい衣装。学校指定の制服は雪の時期でもないのに何故か長袖シャツに白手袋、白タイツと徹底的に肌を隠している。


 そして⋯⋯このジェリコちゃん、圧倒的に背が小さい。同年代の中では背が高めの私だが、それでもジェリコちゃんは私の胸くらいの背丈しかない。だから、そんな子が精一杯胸を張って背伸びしながら高笑いする姿は、腹立たしいよりも先に微笑ましいといった感情が出てきてしまうのだ。


「ところで、隣にいらっしゃるお方は⋯⋯って貴女、顔が真っ青ですけれど、大丈夫ですの!?」


 私の隣のシャルルちゃんに視線を向けたジェリコちゃんが突然大声をあげたことで、私もようやくその異常に気付くことが出来た。どういうわけか、シャルルちゃんは顔を真っ青にして震えている。さっきまでは普通だったのに、一体何があったんだ?


「シャ、シャルルさん、突然どうしたんですの? 体調でも悪いんですか?」


「な、なんでもないんよ。大丈夫、大丈夫やから⋯⋯」


 いやいや、全然大丈夫に見えないんですけれど!? ジェリコちゃんも凄い心配そうな感じで見てるし⋯⋯さては君、結構良い子だな?


「本当はもう少し貴女達とは話をしたかったのですが⋯⋯体調が悪いお方を引き留めるのも悪いですわね。寮に入りましょう。お引き留めして申し訳ありませんの」


 そう言って頭を下げるジェリコちゃん。え、何この子凄く良い子じゃん⋯⋯。悪役令嬢っぽいとか思ってごめんね。


 その後、私たちは一緒に寮の中へと入っていった。入り口に居たやけに色っぽい赤毛の寮母さんから鍵を貰い、私とジェリコちゃんは上の階へと上がっていく。シャルルちゃんは男爵令嬢なので下の階だ。こういうところで身分差というか階級差が出るんだね。


 そして、案の定というべきか、私とジェリコちゃんの部屋は隣同士だった。


「あら、どうやらお隣さんみたいですわね。これからよろしくお願い致しますの」


「ええ、こちらこそよろしくお願いしますわ」


 ジェリコちゃんと別れ、部屋の中へと入る。ここから長い間お世話になる、私の城と呼ぶべき部屋は、一見簡素な作りながらもしっかりと整えられており、やはりどこかホテルみたいな印象を感じた。


「ふぅ⋯⋯」


「お疲れですか? リリィお嬢様」


「ええ、まあちょっとね」


 初日から双子幼女との遭遇、髪と目の色の変化、校長からの転生者カミングアウト、ジェリコちゃんとの遭遇などなど、なかなかに濃い1日で流石に疲れた。


 明日からの一週間はオリエンテーション期間で、全ての講義がお試しで受けられるようになっている。ただ、初日最初の講義、『魔銃の基本的な使い方に関して』は全員必修だ。割と朝早くからあるから、疲れを取るためにもさっさと寝ておこう。


 ところで、『1日』とか『1週間』とかの単位が前世と一緒なのって、やっぱりこの世界がゲームだからなのかな。今まではあんまり気にしたことなかったけれど、よく考えたら異なる世界でそういった単位も同じっておかしいことだと思う。


 ちなみに、この世界の曜日は前世と違い、『風・炎・水・土・雷・闇・光』となっている。何でも、主要な魔力属性の名を冠しているらしいんだけれど、ところどころ前世と被ってるから時々間違えそうになるんだよね。


「明日からいよいよ講義が始まるわね。楽しみだわ。サイレ、湯浴みとベッドの準備をしてくれる? 今日はもう早く寝ることにするわ」


「ええ、勿論です。その時に髪と瞳の色が変わったことについての説明もじっくりしてくださいね」


 あ、そういえばこれについてサイレに何も言ってなかったっけ。外じゃシャルルちゃんも居たから聞けなかったんだろうな。うわ、めっちゃガン見してるし。これは説明長くなりそうだな⋯⋯。


「ぐふふ、黒髪のお嬢様もまた綺麗です。あとでいっぱいお手入れさせてくださいね」


「それはいいけれど早く寝かせてよね?」



 結局あんまり寝られなかったよ⋯⋯。あの後延々とサイレに髪すりすりとクンカクンカを繰り返され、サイレは朝からツヤッツヤ、私は朝からげんなりはにゃん状態だ。君、私のメイドだよね? うちのメイドの愛が重すぎる件について。


「朝食はいかが致しますか? 食堂にてモーニングは食べられるようですが」


「まだ初日だし、食堂はまた今度にするわ。今日はサイレが作ってちょうだい」


「かしこまりました♪」


 鼻歌交じりでキッチンへと向かうサイレを見送りつつ、私は朝の支度を進めていく。なんとこの部屋、キッチンまで付いているのだ。流石貴族ばかりが集まる魔銃士学校の寮。お金のかけ方が桁違いである。


 普段サイレに朝の支度もして貰っている私だが、忙しい時などは一人でこなすことも出来る。とはいえ、髪のセットなどは大変だし面倒臭いからサイレにやって貰わなきゃだけれども。


 朝食を食べ着替えまで済ませたところで、講義のために私は少し早めに部屋から出る。すると、ちょうど同じようなタイミングで部屋から出てきたジェリコちゃんと廊下でばったり鉢合わせた。


「あら、おはようございますですの。リリィさん、ちょうどいいですし一緒に講義に行きませんこと?」


「おはようございます。勿論、行かせて貰いますわ」


 しゃらん、と縦ロールの髪を揺らして近づいてきたジェリコちゃんと一緒に廊下を歩く。その間、ジェリコちゃんは瞳を至る所に付けている宝石に負けず劣らず輝かせ、私に早口で話しかけてくる。


「リリィさん、貴女はどの講義を受けるつもりですの? ちなみにわたくしのおすすめは『炎』の日の二限目にある『銃具がんぐ』の講義ですわ。『銃具』とは我がウェルロッド家が発明した魔術具でして、魔銃に用いられる魔術式を解読、分析し、その術式を魔力を通しやすい宝石に付与することで、魔銃を使わずとも微量な魔力で明かりを付けたり火をおこすことを可能にした画期的な技術ですの。まあ、これくらいは常識なので誰でも知っていることだとは思いますけれど。ちなみに最近では宝石に魔力を蓄積し、その魔力を媒介にすることで魔力を持たない平民でも『銃具』を使える開発も進んでおりまして⋯⋯。ああ、あと『魔術式の研究と魔方陣』の講義もおすすめですわ。最近では簡易術式が流行っているせいであまりこの講義を取る方がいないようですが、やはり魔術の神髄を理解しよりその深淵に迫るためにはこの講義は必ず受けた方がいいものでして⋯⋯」


 君、すっごい早口で喋るね!? あれか、ジェリコちゃん、貴女『魔術オタク』って奴か。私も魔術や魔銃に関しては凄く興味があるからその気持ちは分からないでもないけれど、いい加減会話のピッチングマシーンは止めて欲しいな。さっきからこっち1回もバット振れてないし。


 止まらないジェリコちゃんの魔術トークを聞いているうちに、私は最初の講義、『魔銃の基本的な使い方に関して』が行われる広場に到着した。この講義は必修ということもあって、新入生全員が集まっている。全部で40人くらいだろうか? 多いのか少ないのか、正直微妙な数だ。


「おお、リリィ! 昨日は急にネゲブ校長に呼ばれたので驚いたぞ? 何を言われたんだ?」


「おはようございます、コルト王子。たいしたことは言われておりませんわ」


 やあ王子、昨日ぶり。転生者云々については言うつもりはないので、ここはしらばっくれておく。⋯⋯あの、ジェリコちゃん、そんな「嘘おっしゃい」とか言いたげな目で見つめてこないで。


「おはよう、リリィ。君は今日も最高に美しいな。その黒髪もよく似合ってるぞ。⋯⋯今度また踏んでくれ」


「おはようございます、トカレフ。学校でもよろしくお願い致しますね」


 昨日は話せなかったトカレフ君とも笑顔で挨拶を交わす。小声で付け足された歪んだ欲望に関しては完全にスルーすることにした。何言ってるんだこの変態は。


 そして、いつもの二人に加え、今日は見知らぬ顔がすぐ傍にいる。眼鏡をかけた青髪の、すらっとした長身の男の子だ。その眼鏡君は、私が見ていることに気が付いたのかスマートにお辞儀して自分から名乗ってくれた。


「お初にお目にかかります、リリィ嬢。私は、ワルサー家の跡取り、チャールトン・ワルサーと申します」


 ワルサー? ワルサーって、宰相様のところの家の名前じゃん! つまり2大公爵家の一角。私は慌てて挨拶を返すことにした。


「はじめまして。わたくし、リリィ・エンフィールドと申しますわ。すいません、本来わたくしが先に名乗るべきですのに⋯⋯」


「いえ、貴女はコルト王子の婚約者。将来この国の王妃になられるお方です。そのようなことを気にすることはございません。⋯⋯おや、そこにいるのは」


 そこまでにこやかに挨拶をしていたチャールトンの顔が、私の隣にいるジェリコちゃんの顔を見て急に曇る。対するジェリコちゃんもすっといきなり無表情になった。


「リリィ嬢、そこにいる成金娘とつるむことはあまりおすすめしません。賤しい金の臭いがうつってしまいます」


「おやおやぁ? なんか古くさい臭いがすると思ったら、魔銃至上主義とかいう古くさい思想に囚われているワルサー家の息子ではありませんの。時代に置いていかれた哀れな猿が何を言おうと、全く響きませんわぁ。人間の言葉を学んではいかが?」


 うっわあ。お互い嫌悪感剥き出しなんですけれど。そういえば、公爵家は長い間対立してるとかって話だったっけ⋯⋯。思想の時点でわかり合えないとは、まさに犬猿の仲って感じだね。


 そして、この悪口合戦はジェリコちゃん圧勝です。額に青筋浮かべているチャールトンに対して、ジェリコちゃん全く表情変わってないし。何より悪口のレベルが違いますわ。


「おお、二人は仲がいいんだな! いやあ、やはり学校とは楽しいな! 色んな人間の色んな顔が見られる!!」


 コルト王子、貴方の目は節穴かな? これは喧嘩するほど仲がいいとかそういうレベル超えてると思うんですけれど。


「ジェリコ嬢、なかなかの罵倒の持ち主だな⋯⋯」


 そしてトカレフ君、君は少し自重しようか? 私は君の将来がかなり心配だよ。あとこの国の未来も。次代を担う若者達がこんな調子で大丈夫なのか? あ、私は勿論除いてね。

 

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