『ハートを撃ち抜いて』
『ハートを撃ち抜いて』とは、決して有名な作品ではないが、一部の熱狂的なファンをゲットすることに成功した、異色の恋愛ゲームのタイトルである。
物語の舞台は魔銃士学校。ヒロインのシャルル・スプリングフィールドが入学するところからスタートする。攻略対象となるのは、王子や騎士団長の息子や宰相の息子やエトセトラ⋯⋯。勿論意地悪な悪役令嬢も登場する。
ここまで聞けば、普通の恋愛ゲームのように思えるかもしれない。しかし、このゲームが異色と呼ばれる理由は、奇抜すぎる仕様と、開発スタッフが巫山戯たとしか思えない後半のぶっ飛んだストーリーにあった。
「⋯⋯それで、前置きはいいから早くその重要な部分を教えてくれません?」
「ひぃ!? ちょ、ちょっと気短すぎやない? 流石悪役令嬢⋯⋯!」
誰が悪役令嬢だこら。
さて。ヒロインちゃん曰くどうやらこの世界は現世であった『ハートを撃ち抜いて』っていうゲームの世界にそっくりらしい。私はそんなゲーム聞いたことないけれど。ちなみにネゲブ校長はそもそもゲームが何かすら知らなかった。この爺さん使えないな⋯⋯。
そして、ヒロインちゃんはそのゲームのヒロインだったと。あの双子幼女がヒロインって言ってたから何となくヒロインちゃんって呼んでたけれど、そんな理由があったのね。ということは、あいつらもゲームのことを知ってるのかな? 今度会う機会があったら聞いてみないと。⋯⋯まあ、あんまり会いたいとは思わないけれどさ。
それで、私は⋯⋯うーん、ヒロインちゃんの反応を見る限りそのゲームで悪役令嬢をやっていたらしい。なんてこったい。
「ちなみに、私はゲームの中ではどんな感じだったの?」
「え、えーっと⋯⋯。怒らんで聞いてほしいんやけれど⋯⋯」
「大丈夫。私は温厚なことで有名な令嬢だから」
「ホンマに? じゃあ言うけれど⋯⋯。リリィ・エンフィールドはゲーム内では『ぽっちゃリリィ』の相性で呼ばれてたぽっちゃり系令嬢で⋯⋯」
「殺す」
「えええええぇ!!?」
なるほどぉ。確かにあの激愛父様に甘やかされ続けたら私は今でもぽっちゃりのままだったかもね。納得はいくけれど腹が立つのはしょうがないと思うの。かたやヒロイン、かたやぽっちゃり系悪役令嬢とか差が酷すぎない?
「冗談よ。本気にしないでいいわ」
「その目、冗談に思えんのやけれど⋯⋯」
あら失礼。私の目も最近は昔よりマシになったって評判なんですけれど?
閑話休題。話についていけずに寝ているネゲブ爺さんは無視して、このゲームの異色な部分についてヒロインちゃんは語ってくれた。
「えっと⋯⋯実はこのゲーム、恋愛対象に告白する時に、FPSモードに突入するんよ」
「え、どういうこと?」
「ヒロインのシャルル・スプリングフィールド⋯⋯まあ今はうちがそのヒロインになってしもうたわけやけれど、身分的には男爵令嬢で、王子様とか騎士団長の息子さんとかと恋愛するのって普通無理なことなんよ」
「まあ、貴族の常識的に考えてそうですわね」
「だから、告白する時は事前に障害になる存在を遠距離射撃で射殺した上で、魅了魔術の込められた魔弾を攻略対象の心臓目掛けて撃つ必要があるんです⋯⋯」
「ええ⋯⋯」
『ハートを撃ち抜いて』って物理的なニュアンスだったの!? というかそれって普通に犯罪なんじゃ⋯⋯。いや、ゲームだからありなのか?
ただ、ゲームにしても恋愛ゲームをしていたと思ったらいきなり主人公視点のガンシューティングが始まったら困惑待ったなしだ。そりゃあ異色の恋愛ゲームって呼ばれるわけだよ。
「そして、攻略対象と無事結ばれると、今度は魔界帝国との戦争モードに突入するんよ。その時の戦闘は何故かコマンド式」
「ちょっと詰め込みすぎじゃあありません?」
「そのめちゃくちゃ加減が一部のファンにウケたんやないかなぁ」
確かに、あまりにもごちゃ混ぜ過ぎて、逆にやってみたい気もする。実際やって面白いかは別として、話題性ならピカイチだろう。
さあ、この世界がそのヘンテコゲームと同じ世界、もしくは似たような世界であることが分かったことで、いくつか気になることが出てきた。それは、あの時双子幼女が言っていたこととも関係することで。
「ねえ、あなたは、この世界はどれくらいゲームと同じだと思う?」
「ど、どういうこと?」
「私が『ぽっちゃリリィ』じゃなかったみたいに、既にこの世界ではあなたの知るゲームとは違う部分が出ているわ。でも、おおまかなストーリーの流れは変えられないとしたら? たとえばそう⋯⋯『ヒロインと攻略対象が恋仲になる』とか」
攻略対象として出てきた中で、王子と騎士団長の息子は私も知っている。そもそも、コルト王子に至っては私の婚約者だ。
私は彼らに対して恋愛感情は抱いていないが⋯⋯それでも、それが最初っから決められた
「あなたは、この世界で何をし、どう生きるつもりなのかしら。⋯⋯ヒロインさん?」
「う、うちは⋯⋯」
決められたようにしか生きられないなんて、それはただの呪いでしかない。私は、自分の人生は好きなように生きたい。そして、私にとっての自由な『生』とは、望む『死』を得ることだ。
私は、呪いのような『生』よりも、祝いのような『死』を選ぶ。
「うちは⋯⋯あのゲームのヒロインと同じように生きるつもりはないよ。だって、あれ修羅の道やし」
「⋯⋯どうやら、あなたとは仲良く出来そうですわね」
私は、口調をお嬢様のものに戻し、ヒロイン⋯⋯シャルルちゃんに握手を求める。シャルルちゃんは戸惑いながらも、私の手を握り返してくれた。
「これからは、お互いに知識を交換しながら協力していきましょう。お互いに、自分の好きな人生を歩めるように」
「せやね⋯⋯。うちもヒロインなんて柄じゃないから、リリィさんがそんな感じで接してくれて正直ほっとしてる。うん、これからよろしくな!!」
こうして、私はこの世界に来て初めて出会った転生者と友人になることが出来た。
うん、よろしく。とりあえず魔界帝国との戦争が始まるまでは、その知識を利用させてもらうよ。そこに⋯⋯私が今一番求める、『死』の形があるはずだから。
結局、話が終わってもネゲブ校長が目覚めることはなかった。この爺さん、何のためにここにいたの?
起こすのも面倒くさいし、シャルルと一緒に教会から出る。外に出る時、またあの双子幼女が現れるかと思ったけれど、普通に何事もなく外に出ることが出来た。
そして、なかなか出てこない私を待っていたサイレが、ほっとした表情を浮かべこちらに駆け寄って来るのが見える。
「お嬢様、遅いので心配しましたよ。⋯⋯おや、そちらの方は?」
「心配かけてごめんね。こちらはシャルル・スプリングフィールド令嬢。先程友人になったばっかりよ」
「と、友達!?」
「あら、違うのかしら? 私はもうそうだと思っていたのだけれど」
「い、いや、友達よね!! な、何だか嬉しいなぁ。うち、あんま友達とかおらんかったから⋯⋯」
えへへ、と照れている様子が何とも愛くるしいのは、流石ヒロインといったところか。ただ、その中身はどうやら残念ぼっちちゃんだったらしい。
その後、私の友達発言がよほど嬉しかったのかふんふんと鼻歌交じりで上機嫌のシャルル。その手は何故か私の手を握って離さない。そして、そんなシャルルに抵抗してサイレが私の空いているもう片方の手を⋯⋯何これ、連行される宇宙人?
火星人の気持ちを味わいながら私が連行された場所は、今日から寝泊まりすることになる女子寮だ。寮といっても貴族の令嬢が泊まる場所名だけあってかなり豪華な造りをしている。
そして、そんな豪華な女子寮の入り口に仁王立ちで立ち塞がるのは、見覚えのない女の子。
見事な巻き髪を風に揺らし、きっと吊り上がった瞳でこちらを睨み付けるその姿は、まさに典型的な悪役令嬢といった様子で。
「そこのお二人方!! 初日からネゲブ校長に声をかけられたからって調子に乗らないことね!! この学年の一位はこのわたくし、ジェリコ・ウェルロッドが頂くのですから!! オーホッホッホ!!」
おお、めっちゃ高笑い似合ってる。ねえあなた、悪役令嬢の称号貰ってくれませんか?
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