とんでもないものが目覚めてしまいました

「騎士団の訓練をつけてやるのは俺的には問題ないが⋯⋯令嬢としては大丈夫なのか?」


 あら、こちらのことを気遣える精神はあるのね。トカレフ君、王子よりはその点馬鹿ではなさそう。


「わたくしのことなら心配なさらず。お父様も許可してくださるはずですわ。⋯⋯ね?」


 おそらく魔銃を使って盗聴しているであろうお父様に念を押しておく。今朝娘のだけが使える切り札、『お父様嫌い』も切ったし、これでお父様が途中で乱入してくるような事態は避けられるだろう。


 サイレに頼んでお茶を下げて貰い、私たちは身体を動かせる広い場所に移動することにした。最も、うちの庭はそこそこ大きいので、さっきまで居た場所から少し歩いただけで草と木しかないだだっ広いゾーンに行けるんだけれど。


 そして、そこには黙々と樹木を剪定している青年がいた。帽子を深く被っているせいで顔は見えないけれど、ここに居るってことは庭師だろう。確か、私が庭で遊ぶの禁止された頃くらいに新しく雇われた人だったっけ。確か名前は⋯⋯。


「リロード、お仕事お疲れ様。ちょっとこの場所使ってもいいかしら?」


「うっす」


 リロードは短く返事をすると、また剪定作業に戻ってしまった。うん、寡黙な仕事人って感じだね。そういう人は嫌いじゃあないよ。


「さあ、許可も貰ったし早速始めましょう。まずは何をすればいいのかしら?」


「いきなり身体を動かすと怪我するからな。ストレッチからするぞ」


 そして、王子とペアになってストレッチを始めるトカレフ君。いや、私余っちゃったんだけれど。


「そんなわけで、ちょっと手伝ってくださる?」


「うっす」


 リロードに声をかけたところ引き受けてくれたので、王子達の様子を見ながら私も見よう見まねでストレッチをする。私の重たい身体も軽々と背負ってストレッチを手伝ってくれるリロードは、結構力があるみたいだ。


「むむむ、トカレフとやった後俺がリリィと一緒にやるつもりだったんだけれどな」


「あら、そうでしたの? それは申し訳ございません」


 どうやら王子は私を手伝うつもりだったらしい。少し不満そうに頬を膨らませていた。こういうところはまだまだ子供だなぁとか思いながら膨れたほっぺたをつつく。


「あら、王子。何だか顔が赤いですよ。まさか、ストレッチだけで疲れたのですか?」


「そ、そんなことはないぞ。久しぶりだったから少し嬉しかったんだ」


 え、ストレッチで興奮して顔赤くするとか⋯⋯王子まさかのドM? ちょっと引く。


 王子から若干距離を取りつつ、私はトカレフ君に視線を向ける。


「トカレフ、次は何をすればいいのですか?」


「⋯⋯ストレッチだけで満足してはくれないのか?」


「もちろんです」


 真剣な顔で頷くと、トカレフ君は大きなため息をついた。この感じだとまだ私が本気で訓練したがってることを信じてなかったみたいだ。


「⋯⋯騎士団の訓練は、基本剣を使う。だが、今俺は剣を持っていない。教えるのは無理だ」


「あら、魔銃マガンを使うのではないのですか?」


「勿論、魔銃の訓練もする。しかし俺はまだ自分用の魔銃を持っていないし、魔銃だけで戦うわけではない。接近戦なら剣の方が有効な場合もあるし、魔力が無くても戦える手段は必要だ」


 なるほど、それは一理ある。攻撃手段が1つだけだと不便だもんね。じゃあ私も剣を使えるようになった方がいいのかなぁ。


「む? トカレフ、俺の以前の従者に騎士団に所属していた者が居たが、彼は武装している時も剣は持っていなかったぞ?」


 王子が言っているのはジャムのことだろう。言われてみると、あの時ジャムは剣を装備してなかった気がする。


「ああ、騎士団の中でも派閥があるからな。『魔銃至上主義』を掲げるワルサー公爵家の派閥の騎士は魔銃以外の武器を所持することはない」


 ワルサー公爵家って、確か当主のドレネーグ・ワルサーが宰相も務めているんだっけ。もう1つの公爵家と対立してるって話を聞いたことがある。もしかしてその『魔銃至上主義』が関係してたりするのかな。


 まあ今はそのことは気にしなくていいか。それよりも問題は剣だ。剣がないとトカレフ君訓練始めなさそうな雰囲気だし、何とかして剣を調達できたりしないかなぁ?


「ねえリロード、あなた剣作れたりしません?」


「うっす」


 ダメ元で聞いてみたら、リロードはいつも通り短い返事をした後、ポケットから取り出したナイフで木の枝を削り始めた。


 そして、気付いた時にはそこには3本の木刀ができあがっていた⋯⋯。どういうこったい。


「うっす!」


「いや、うっすじゃなくて⋯⋯。うーん、まあいいですわ。ありがとうございます」


 とりあえず目的は達成できたからこれ以上深く考えるのは止めておこう。エンフィールド家の使用人は基本的におかしいんだ。


 渡された木刀を握ると、やけにしっかりと手になじむ。おお、これが剣を握った感触⋯⋯!!


「何だか握っただけで強くなった気がしますわ⋯⋯!!」


「お、おい。危ないからいきなり振るのはやめておけ」


「あ」


 トカレフ君の忠告は若干遅く、テンションに任せて思いっきり振った木刀は、手からすっぽ抜けて飛んで行ってしまった。飛んだ先には幸いにも誰も居なかったが、近くの木に引っかかってしまった。


「あら、あんなところに引っかかってしまいました。ちょっと取りに行きますわ」


「「え」」


 驚く王子とトカレフ君を無視して、私はするすると木を登り始める。太った身体でもコツを掴んでいるから登るのは割と簡単だ。枝にロープを引っかけ首つりをするために木登りを鍛えた経験が活きた。


 しかし、私は自分の体重を甘く見ていた。木刀が引っかかったところまで登ったはいいが、枝の先端まで行き木刀を掴んだその瞬間、重さに耐えきれず枝が折れてしまったのだ。


「あ、やべ」


 ピシッと枝が軋む音が聞こえた瞬間、つい素が出てしまったのは仕方ないだろう。私の身体はそのまま真っ逆さまに落ちていく。ふわりと身体が浮く感覚は、どこか懐かしい。


(あれ、これはなんだろう?)


 地面に落ちるまでの僅かな時間。その一瞬、脳裏に変な映像が浮かんだ。




 それは、学校の教室のような空間だった。机が全部壁際に寄せられ、中央に制服を着た生徒らしき人物が1人床に蹲っている。そして、その床には何やら大きな魔方陣が描かれていた。




 そこで映像は途切れ、「ぐへっ!?」と蛙が潰れたような声によって意識が引き戻される。


「あ⋯⋯」


 下を見て思わず頭を抱える。そこには、私に押しつぶされ白目を剥くトカレフ君がいた。恐らく、さっきの変な声はトカレフ君だろう。


 地面に落ちて怪我でもしたらまたお父様に五月蠅く言われる可能性もあったから、下敷きになってくれたトカレフ君には感謝しないといけないだろう。後でお礼言わないとな⋯⋯。


 結局、トカレフ君が気絶したため今日はここでお開きとなった。その後、意識を取り戻したトカレフ君に謝罪と感謝の言葉を告げたが、帰る時まで全く顔を合わせてくれなかった。


「うーん、これは嫌われちゃったかなぁ⋯⋯」


 流石に今日はちょっと反省だ。目的のためならどんな手段も取るつもりではあるけれど、それで誰かを傷つけるつもりはない。騎士団の訓練は諦めて、別の方法でダイエットとトレーニングをする必要がありそうだ。




 ⋯⋯とまあ、そんなことを思っていたんだけれど。


「えっと⋯⋯今日は一体どんな御用でしょうか?」


 翌日、トカレフ君は今度は1人で我が家にやって来た。一体何をしにやってきたのだろうか。まさか昨日の復讐に!? やるならあんま痛くないやり方で殺してね?


「き、昨日は結局何も教えてやれなかったからな。約束は守らなければ気が済まない性分なんだ」


「はぁ、そうですか」


 約束も何も、こっちが一方的にお願いしてただけだし、第一トカレフ君は昨日そんなに乗り気ではなかったはずだ。


 彼が義理堅い性格なのか、はたまた何か裏があるのか⋯⋯。後者の方を疑ってしまうのは、私がひねくれているからだろうか。


 しかし、その後場所をまた庭に移してトカレフ君に剣の振り方を教えて貰ったが、トカレフ君は終始真剣な様子で、裏がありそうには思えなかった。


 剣を振るだけといっても、正しいフォームで何度も剣を振れば、それだけでかなりの体力を持って行かれる。あっという間に私の体力は限界を迎えてしまった。


「はあ、はあ⋯⋯。すいません、少し休憩をしてもいいですか?」


「ああ、もちろんだ。初めてでここまで続けられるとは、正直驚いたぞ」


 音もなく傍に来ていたサイレに汗を拭いて貰いながら、トカレフ君と談笑する。別れ際のあの態度は何だったのかと思うくらい、彼とは普通に話せていた。


 ⋯⋯でもね? 少しこの状況について疑問に思うのよ。


「⋯⋯あの、トカレフ? 本当にあなたの背中に座ってて大丈夫なのかしら? えっと、重くないの?」


「大丈夫だ⋯⋯!! はあ、はあっ⋯⋯!! こ、これも、訓練、だからなっ⋯⋯!!」


 満面の笑みで答えられ、私は何も言えなくなる。まさか、休憩すると言ったら「俺が椅子になる」と提案されるとは思わなんだ。


 何度も断ったが「これも訓練なんだ」と言われてしまえば騎士団のことについて詳しく知らない私は何も言い返せず、押し切られる形で今こうして地面に四つん這いになったトカレフ君の上に座っている。


 ⋯⋯これ、本当に訓練? なんか拷問とかの類いじゃない? 何かトカレフ君の息が荒い気がするのは気のせいと思いたい。


「あの時感じた重み⋯⋯!! はあ、はあっ!! あれで俺の中の何かが目覚めたのを感じたっ⋯⋯!! 父上、もしかしてこれが『騎士道精神』というものなのですか⋯⋯?」


 いや、気のせいじゃないわこれ。トカレフ君、君とんでもないものに目覚めてない? それ絶対『騎士道精神』とか高潔なものじゃないから。むしろその真逆に位置するようなものだから。


 

 そんなこんなでトカレフ君は変な性癖に目覚めてしまったが、それに目を瞑れば私的には特に問題はなかった。定期的にうちに来て訓練をつけてくれる約束もして貰えたし。


 ただ、やって来る度に大量のお菓子を土産として持ってくるのは止めて欲しい。私は痩せるって言ってるだろうがこのドM騎士。菓子を渡すときの目線が私のお腹に向かってるから魂胆見え見えなんだよ。


 とりあえず貰ったお菓子はお父様に全部渡した。その結果お父様のお腹が少しポッコリしてしまったが、それはお父様への罰だと思って欲しい。


 それからというもの、私は定期的にトカレフ君から騎士団式の訓練を受け、そして時には使用人達から戦闘のコツを教わり、そして時には王子とお茶してストレスを発散したり⋯⋯。


 なんだかんだ充実した日々を過ごし、あっという間に4年が経過した。


 そして、私は明日、ついに魔銃士学校に入学することになる。







 




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