あなたとは気が合いそうです
さて、今日は王子が我が家にやって来る日である。とはいえ私は王子を笑顔で迎え、その後一緒にお茶を飲んだり庭で遊んだりするだけなので、準備はドレスに着替え、お花摘みに行っておくくらいだ。
しかしながら、今日はその他にもやっておかねばならないことがある。それはお父様への直談判だ。部屋の前で一息つき、一気にドアを開く。
「お父様、お話があるのですが」
「なんだいリリィ。王子とは一緒にお茶を飲むことしか許可しないよ?」
どうやら私の思考は読まれていたらしい。本題を切り出す前に釘を刺されてしまった。だが、ここで切り下がるわけにはいかない。私はわざと二の腕の肉をぷるぷると揺らしながら、お父様に必死に訴える。
「ほら、見てくださいよこのお肉!! わたくしこんなに太ってしまったんですの。ペペロニにも肥満体と診断されましたわ。いい加減庭で遊ぶ許可をくださいませ!!」
「⋯⋯すまんリリィ。それは出来ない。お前を危険な目に遭わせるわけにはいかないんだ」
「庭で遊んで怪我する危険よりこのまま肥満体でいる方がずっと危険ですわ!!」
「どんなに丸くなってもお前は世界一可愛い娘だ。気にすることはない」
「そういう問題ではありませんわ!!」
やっぱり駄目だ。お父様は基本的に私に甘いが、この件に関しては全く譲らない。過保護すぎるのも考え物である。
どうしたものかとぷにぷにの顎に手を当てながら考えていると、ガチャリと先程私が開けたドアから誰かが入ってきた。
「⋯⋯見苦しいですわよ、スコープ。いい加減許してあげたらどうなの?」
「も、モナ!?」
お父様が驚いた様子で立ち上がる。その視線を追って振り向いてみると、そこには弟のベクターを抱えたお母様が立っていた。
「お母様!! お身体は平気なのですか?」
「ええ、もう大丈夫よ。全く、心配性なのは貴女も変わらないわねぇ。熱を出したのだってだいぶ前の話でしょ?」
ふふふ、と笑うお母様は、出産後とは思えないほど相変わらず綺麗なスタイルを維持している。一週間ほど前に熱を出して倒れた時は心配したが、無事回復したみたいでほっとした。
そして、お母様の腕の中のベクターもこの1年で随分大きくなった。最近ようやくおぼつかない口調で「リリ!」と私の名前を呼んでくれるようにもなった。うん、超可愛い。
「リリ、リリ!!」
⋯⋯うん、名前を呼んでくれるのは嬉しいんだけれど、お腹の肉をもにもにするのは止めて欲しいな。それで凄く喜んでいるから拒否なんて出来ないけれどね!!
「ねえあなた、あんまり過保護すぎるとリリィに嫌われちゃうわよ?」
「んぐっ!! そ、そんなことは⋯⋯ないよな?」
私がベクターにお腹を揉まれている間に、お母様とお父様は2人で話を進めていたらしい。お父様が不安そうな顔をこっちに向けてきたので、私は満面の笑みで答えてあげた。
「うん、だいっきらい!!」
「な、なんだってぇぇぇぇ!!!」
お父様はショックで蹲ってしまったが、ここまで私を太らせた罰だと思ってほしい。
お母様はそんな私たちの様子を見て優雅に微笑んでいる。そんなお母様を見ると、ちょいちょいっとこちらに手招きしてきたので、ドスドスっと重い足音を立て傍に近づいた。
「あの人のことをあまり責めないであげてね? あの人も貴女のことを愛しているのよ。その愛が少し重すぎるだけで⋯⋯」
「ええ、分かってますわお母様。あれは冗談です」
まあ、本気で嫌っていたらあんなこと言わないよね。お父様の愛は嫌というほどこの身で感じているし。
それよりも、何故だろうか。さっきからお母様が意味深な笑みを浮かべて私を見ているのは⋯⋯。
「うふふ、分かっているわよリリィ。貴女、今恋をしているわね?」
ドキリ、と心臓が跳ねた音が聞こえた。私が厄獣に心を奪われてしまったことは誰にも言っていないはずだ。こ、これが女の勘って奴なのか!?
「その顔は図星みたいね。私も昔、恋をしたことがあるからよく分かるのよ。恋をすると、その人のことで頭がいっぱいになって、その人のことばかり考えちゃうのよね」
うんうん、分かる分かる。私も厄獣に殺される瞬間のことばかり考えちゃうもの。
「それで、会えない日が続くと不安になるのよね⋯⋯。私はその不安を魔族をぶちのめすことで消化させていたけれど、貴女はその捌け口が食事だったってところかしら?」
そこまでお見通しなんてお母様凄いな⋯⋯。そして途中聞こえた不穏な言葉は聞こえなかったことにしよう。こんなおしとやかなお母様の口からぶちのめすなんて単語が出てくるわけないもんね!!
「はい、お母様。実はその通りなんです」
「まあ、やっぱり!? ふふふ、じゃあ、今日はさぞかし嬉しいでしょうね。一月ぶりに恋の相手に会えるんですもの!!」
⋯⋯あ、これお母様私が王子に恋してるって勘違いしてるパターンか。まあいっか。厄獣に恋してるって正直に打ち明けたらショックで卒倒しそうだし。流石に私も自分のこの思いが一般的なものじゃないってことは分かってるからね。
「そういえば、そろそろコルト王子がやってくる時間じゃないかしら? ふふ、この一年でどんなに成長しているか、楽しみね」
確かに、この一年で王子がどうなったかは少し気になる。まあ、あのアホ王子のことだしあんまり変わってなかったりするのかもな~。
〇〇〇〇〇
「エンフィールド侯爵。本日はお忙しい中お時間を頂きありがたく思います」
「え、ええ。久しぶりですね、コルト王子」
「この一年で私は未熟な自分を見直し、成長して参りました。今度こそリリィ⋯⋯いや、娘さんを守ってみせます」
えっと⋯⋯どちらさま?
え、私が知っている王子はもうちょっとアホな感じだったよね? お父様もビックリして珍しくどもってるよ。
王子を迎える時間になったんで玄関ホールで待っていると、そこに現れたのはこの1年で背丈も伸び、元々整っていた顔立ちが凜々しくなってさらに洗練されたコルト王子だった。
いやいやいや、私と王子でビフォーアフターの方向性違いすぎるでしょ!! 一人称まで「俺」から「私」に変わってるし!! あのアホ王子が何をどうしたらこんなキラキラ王子になったんだ!?
そして、王子の周りも少し変化したように思う。以前までは王子に媚びを売る形だけの従者を大勢連れていたり、ジャム1人だけだったりと王子にしてはどうかと思うような感じだった。
しかし今日は、ビシッと姿勢を正し、完璧な所作で控える従者を適度な数連れてきている。武装も軽装だし、婚約者の家を訪問する形としては満点だろう。⋯⋯ちなみにこれは後でお母様から聞いた受け売りね。正直私もまだ完璧に貴族の決まり理解しているわけじゃないし。
ただ、少し気になるのはそこに1人だけ、王子と同年代くらいの男の子が混じっていることかな。しかも、さっきから私をじっと見てるし⋯⋯。なんだろ。
と、そんな風に私が王子の周りに気を取られている時、どうやら王子は私のことを探していたようでキョロキョロと辺りを見回していた。
うーん、もしや太ったせいで私に気付いてないのか。何だかそれは少しだけもやっとする。こっちはすぐ気付いたんだから、王子も私に気付けや馬鹿!!
すると、私の念が届いたのか、王子はようやく私を見つけたようだった。一瞬だけ目を丸くした後、すぐ笑顔になってこちらに駆け寄って来る。
「リリィ!! 久しぶりだな、会いたかったぞ!!」
おや、私と話すときは口調は昔と同じなのね。⋯⋯まあ、その方が話しやすいからいいんだけれど。
「久しぶりですね、王子。⋯⋯この一年で、随分とお変わりになられましたね?」
「そう言うリリィの方こそ、少し太ったか?」
前言撤回。王子はやっぱアホなままですわ。普通女の子にはっきり太ったとか言わないでしょうよ!!
「ははは、ええ、見事に太りましたとも。どうです、失望しました? なんなら婚約破棄していただいても⋯⋯」
「いや、見た目は多少変わってもリリィはリリィのままだ。俺はリリィと婚約破棄するつもりはないぞ!!」
「あら、折角お父様の前では立派な王子みたいな感じでしたのに、「俺」とか言っちゃってよいのですか?」
「いいんだ。リリィの前では、ありのままの姿でいたいからな」
⋯⋯うん、あんまり認めたくないけれど、王子と話せて少し楽しくなってる自分がいる。こんな感じのやり取りも1年ぶりだもんなぁ。案外私、王子のことも気に入ってたみたいだ。
さて、一通り挨拶も済んだところで、今日は庭でお茶を飲みながらおしゃべりすることになったわけだけれども。
「あの⋯⋯こちらの方は一体どちら様ですか?」
そう、何故かさっき私をじっと見つめてた男の子も当然のように同席しているのだ。ちなみに、他の従者たちは離れたところから見守っているからただの従者ではないと思う。
「そういえばまだリリィには紹介してなかったな。こいつは、俺の友人のトカレフ・モンドラゴン。騎士団長の息子なんだ」
いやいや、それなら王子に紹介させる前に自分で名乗れよトカレフ君。騎士団長の息子なんでしょ!? そして王子も王子で紹介するならもっと早く紹介してくれ。
「⋯⋯トカレフ・モンドラゴンです。よろしくお願いします」
無愛想な感じでそれだけ言うと、トカレフ君はまた黙り込んでしまった。いやいや、もっと何か喋れよ!!
「あの、もっと遠慮せずに何でも言ってくれて構いませんよ? ここでは王子も言葉を崩してますし、会話を聞く者は私たち以外にはおりませんわ」
まあ、お父様はこっそり盗聴しているかもしれないけれど。
「⋯⋯本当に遠慮しないでいいのか?」
「ええ、何でも言ってくださいませ」
すると、トカレフ君は急に私をきっ!と睨み付け、人差し指を私の腹に突き刺してきた。
「コルトから聞いてみてどんな素晴らしい婚約者なのかと思っていれば⋯⋯なんだこの贅肉の塊は!! 俺はお前のような怠惰な奴を未来の王妃とは認めないからな!!」
「お、おいトカレフ!! 急に何を言うんだ!!」
ほう⋯⋯成程成程。ずっと何か言いたげな感じで見てるな~とか思ってたけれど、そんなこと思ってたのか。
うん、どうやらあなたとは気が合いそうだね。私も同じこと思ってた!!
「そうですよね!! わたくしも望んでこんな身体になったわけじゃあありませんの!! こんな贅肉の塊じゃあとても王子の婚約者なんて務まりませんわ!!」
「お、おお⋯⋯?」
まさか肯定されるとは思ってなかったんだろう。戸惑う様子のトカレフ君の手を無理矢理握って、私はニッコリと満面の笑みを浮かべてあげた。
「ですから是非、わたくしが痩せるために協力してくださいませ!! 具体的に言えば、騎士団の特訓をつけて貰えると助かります!!」
騎士団長の息子ってことは、私が招来騎士になる時必要なこととかたくさん教えて貰えるかもでしょ? こんなチャンス利用しない手ないよね!!
私は騎士の技術を学びつつ痩せられて、トカレフ君は私が痩せたら見苦しいと思うこともなくなる。これなんてWin-Winの関係? 私って天才なのでは?
「お、おいコルト。何なんだこの女は。ちょっと怖いぞ⋯⋯?」
「ハハハ、リリィはやっぱり変わらないなぁ!!」
トカレフ君が若干引いてる気もするけれど、そんなこと気にしない!! さあ、騎士団直々のトレーニングで、レッツら
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