ぽっちゃリリィはご勘弁です

 私が運命の人(?)を見つけたあの日から、早いもので一年が経った。現在私ことリリィは7歳、まだ魔銃士学校に入学するまでは5年も待たなければならない。


 うんしょっと重たい身体を動かし、ベッドの上に腰掛ける。手に持つのはこの1年で何度も読み返した、『厄獣』について書かれた本。あれから私は再び厄獣に合う日のために、知識を蓄えてきた。ついでに、余計なモノも。


 『厄獣』とは何か。そして『厄獣』に会うためには何をすればいいか。それについて詳しく知るためには、もっとこの世界について知る必要があった。


 まず、この世界には大きく分けて3つの大陸と、国家が存在する。その1つが、私たちの暮らすこの国、『魔銃マガン大国スコーピオン』だ。その特徴は、体内の魔力回路を魔法として出力するために『魔銃』を用いること。


 そして、残り2つの国家は、『広大なる青メガロブルーム』と呼ばれる大きな水たまりによって分かたれた別の大陸にそれぞれ存在し、その1つが『神刀しんとうノ国クサナギ』と、『魔界帝国ヘラクレス』である。


 『クサナギ』には、魔銃とは別の魔力を引き出すための装置が存在し、『スコーピオン』との貿易や交流もそこそこ行われているらしい。しかし、『ヘラクレス』とは一切交流がない。何故なら、『ヘラクレス』は人類に徒なす存在である、魔族が生息する国家だからだ。


 このようなことがつらつらと長ったらしく分かりにくい文章で書いてあるので、内容を読み取るだけでもかなりの時間がかかる。今も読んでいて頭が痛くなるくらいだ。ちょうどいいタイミングでサイレから差し出されたおやつのスコーンにかぶりつきながら、私は丸っこい指でページを捲っていく。


 さて、ここからがようやく『厄獣』のことについて書かれたページだ。厄獣は、最近では主に魔族の住む『ヘラクレス』で確認されていると書かれている。1年前のあの事件は例外中の例外で、他の2つの国ではその存在自体が滅多に確認されないようだ。


 つまり、厄獣と会うチャンスを作るためには、魔族討伐へ赴く騎士部隊に加わり、『ヘラクレス』への遠征に参加するのが一番の近道というわけである。


 そして、貴族令嬢でも魔銃士学校で「騎士コース」を選択し、そこでよい成績を残せば王国騎士の一員に選ばれることは可能である。調べたら王族が魔族討伐部隊に参加していたケースもあったので、王族の暫定婚約者である私にも十分チャンスはあるだろう。あの時の私の決意は間違ってはいなかった。


 しかし、今の私には強くなるとかそれ以前に大きな問題があった。


 パタン、と本を閉じればぷるんと揺れる二の腕。ベッドからぴょんと飛び降りると、足にのし掛かる重み。


「⋯⋯ねえ、サイレ。単刀直入に聞いてもいいかしら?」


「はい、何でしょうかお嬢様」


「私、太ったわよね?」


 一瞬の静寂。言い訳は許さないという意志を込めてサイレをじっと睨み付ければ、サイレはにっこりと笑みを浮かべた。


「私は丸いお嬢様も魅力的で素敵だと思いますよ?」


 駄目だ、このメイドじゃ話にならない。


「これが丸いで済むと思っているわけ!? このお腹摘まんでみなさいよ!! ほらほら!!」


 怒りに任せサイレの手を無理矢理引っ張り、自分のお腹まで持ってくる。悲しいかな、そこには余裕でつまめる肉が立派に鎮座していた。


「はう!! ああ、そんな、お嬢様そんな急に積極的になられては⋯⋯!!」


 顔を赤らめ息を荒らげるサイレはやはりもうどうしようもない。ため息をついて下を見ると、そこにはポッコリと突き出たお腹がこんにちはと主張していて、さらにため息が出てしまう。


 どうしてこんなことになってしまったのか。理由ははっきりと分かっている。


 まず1つ。あの日以来お父様の過保護っぷりが加速した。私の周りには常にお父様の魔弾が飛び回り監視する有様。危険なことをしようものならすぐ止められる。そればかりか外で遊ぶようなことも自由に出来なくなってしまった。


 次に、王子が来なくなったこと。あれだけ毎日来ていた王子があの日以来ぱったりと来なくなった。そのせいでより一層私は外に出る機会を失ってしまった。


 最後に⋯⋯私自身の暴食。自由に外出できない、また強くなろうと鍛えたくとも周りに止められ、思うようにいかないことからくるストレスが、私を暴食に走らせた。だって食べることと読書すること以外何も出来なかったんだもの。それに、貴族だけあって食事はかなり豪華で美味しい。そのせいでついつい食べ過ぎてしまった。



 その積み重ねが今の私だ。まさかたった一年でぽっちゃリリィに進化してしまうとは自分でも驚きのビフォー・アフターである。


 私は自分自身の見た目にこだわりはそこまでないが、どうせならぽっちゃりより痩せている方がいい。第一、こんな太った姿であの人と再会なんてとてもじゃないがあり得ない。


「⋯⋯よし、決めたわ。今日からダイエットよ」


 ぐっと決意を固め拳を握るだけでも、身体についた余分なお肉がぷるるんと揺れるのが分かる。くそぉ、この駄肉め。一匹残らず駆逐してやる⋯⋯!!


 サイレは、「そのままでも魅力的ですのに⋯⋯」などとぼやいてるが、無視だ無視。第一、お前が過剰におやつをあーんしてくるのも私が太った原因だからね?



 ダイエットのプランを立てたのは、今から一週間前。何故かというと、その日に王子から久々に手紙が送られ、こちらに来る旨が伝えられたからだ。1年前はいつも連絡無しにやって来ていたことを考えると、あの王子も1年で多少成長しているようだ。


 王子がまた来るようになれば、それを理由にお父様に外出の許可を貰えるかもしれない。身体を動かすことさえできれば、この肉も落ちるはず。


 そしてさらにだめ押しの一手を得るため、私は今サイレを連れてある場所へと向かっている。本心を言えば、あまりあの人には会いたくないが、背に腹は変えられない。痩せるためならば、今の私はどんなことにだって耐えてみせる!!


「これは⋯⋯見事なまでの肥満体ですね。たった一年でここまで自らを肥えさせることができるとは、このペペロニ、驚きましたわ」


 ぐさりと胸に突き刺さる事実を満面の笑みで述べたのは、この家の専属医、ペペロニだ。しかも、当てつけのように女の姿に変身し、その見事なスタイルを白衣の下から見せつけている。


「ええ、どこかの変態ヤブ医者のせいでこの有様ですの。責任を持ってお父様に私が痩せるよう進言してくださらない?」


「おや、このペペロニ、お嬢様が望んで豚のように肥えてらっしゃるとばかり思っておりました。あまりにも幸せそうに食事をお召し上がりになるものですから」


 額に青筋を浮かべながら笑顔で皮肉を返せば、痛いところをカウンターで付いてきた。確かに暴食は私の落ち度でもあるので、ぐぬぬ⋯⋯と唸ることしか出来ない。


 そんな私を見たペペロニは、勝ち誇ったような表情を浮かべ、椅子の上で足を組み替える。⋯⋯え、この人お医者さんだよね? どうして人を見下してこんなにウキウキしてるの?


「⋯⋯貴方、やっぱりとてつもないド変態ですわね」


「否定はいたしませんわ。今こうして女の姿でいるのも、優越感を感じて悦に浸るためですし。こんな変態医師を解雇せずに雇い続けてくださるエンフィールド家には、本当に感謝しております」


 爽やかな笑みでそう言われてしまえば、最早返す言葉もない。まあいい。ペペロニはちょっと性格に癖はあるが、仕事はしっかりする奴だ。お父様にもなんだかんだ良い感じに進言してくれるだろう。


「⋯⋯というか、今思いついたのですが、貴方の魔銃で私を痩せさせることとか出来るのではなくて?」


「出来ないことはないですが、魔銃で無理矢理痩せさせると痩せにくい体質になってしまうため、おすすめはできませんわね」


 うーん、後遺症で痩せにくくなるというのは少し困る。元々女は男より肉が付きやすい生物だ。今後成長期を迎えることを考えると、無理矢理痩せる手段は取らない方が賢明だろう。


 チラリ、とこの場に居る私以外の女性の体型を見てみる。


 ペペロニは、元々男だということが信じられないくらい、出るとこは出て締まるところは締まったナイスバディだ。体型の出にくい白衣を着ていてもそれが分かる辺りが凄い。いや、男だからこそ魔銃でナイスバディにしているのか?


 一方のサイレは、全体的にとてもすらっとしている。一切余分な肉が付いていないその身体は、今の私にとってはとても羨ましいものだ。⋯⋯なんだか少しイライラしてきた。どうして、私と一緒に散々おやつとか食べてたサイレの体型は全く変わってないのか。


「⋯⋯ねえペペロニ。私の身体を診察して、その体重を誰かに移動させることとか出来ないの?」


「出来ないことはないですよ。ただ、データだけ採取して移す感じですので、お嬢様の身体に付いた肉はそのままですけれど」


「それで構いませんわ。私今、色んなストレスのせいで凄くイライラしていますの。それこそ、誰かに八つ当たりしたいくらい」


「おやおや、ふふふ。お嬢様も、なかなか人が悪いですね」


 お互いに黒い笑みを浮かべながらふふふと笑い合う私たちを見て、きょとんと首をかしげるサイレ。そんなサイレに手招きしてやれば、私の可愛いメイドは何の疑いもなく駆け寄って来る。


 ごめんなさいねサイレ、私、貴女が思っているほどいいお嬢様じゃないのよ。


「ねえサイレ、わたくしの愛を受け取ってくださる? わたくしの愛は⋯⋯とっても重いのよ」


 私がパチンと指を鳴らすのを合図に、会話の最中に既に診察を終えていたペペロニは、診察したデータを魔銃に詰め、サイレへと撃ち込む。咄嗟の攻撃に回避が間に合わなかったサイレはお腹に魔銃をもろにくらい、そして⋯⋯メイド服が、はじけた。



「ふふふ、今なら、サイレが私に可愛いって言った気持ちも分かるわね」


「⋯⋯私は、初めてお嬢様が憎いと思いました」


 サイレのメイド服からはみ出したお肉を摘まみながらそう言うと、サイレは珍しく頬を膨らませて怒っている様子だった。


 ペペロニの魔銃により私の体重を上乗せされたサイレは、すっかりぽっちゃりさんになってしまった。お腹ははみ出しているし、スカートもパツンパツンでキツそうだ。


 ほら、1人でダイエットするのは寂しいもの。仲間が居れば、くじけそうになっても大丈夫でしょう?


 「これでおそろいね」と耳元で囁けば、サイレは簡単に機嫌を直してくれた。チョロい。それはそれとして、時折スカートからちらちら見える蜘蛛みたいな脚が気になるのだけれど、これは指摘した方がいいのかしらね⋯⋯?



 そして、明日は王子が久々に我が家へやって来る日。こんなぽっちゃり主従を見たら、婚約破棄をもう一度検討してくれるだろうか。運命の相手を見つけた今、婚約破棄してくれた方が色々とありがたいんだけれどな~。




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