メイドのスカートには秘密が隠されている

 私はあの日、運命に出会った。その時のことは今でも鮮明に覚えている。


 当時フリーの暗殺者として活動していた私が受けた依頼は、エンフィールド家の1人娘の暗殺だった。


 ある特殊な事情により、貴族でないにも関わらず魔力を有していた私は、昔殺した貴族から奪い取り自分専用に改造した魔銃を用いて、得意の消音魔法で音と気配を消しエンフィールドの屋敷への潜入を成功した。そしてターゲットであるこの家の一人娘、リリィ・エンフィールドの寝室へと忍び込んだ。


 そこで私は寝ているターゲットの顔を見て⋯⋯一瞬で魅了されてしまった。体中に電撃が走ったかのような感覚に襲われ、手に持っていたナイフは床に落ちて乾いた音を立てる。私は自分がナイフを落としたことにすら気付かず、天井から糸を垂らしてぶら下がった状態のまま、リリィお嬢様の寝顔をただただ眺めていた。


「⋯⋯そんなわけで、貴方のお嬢様に一目惚れ致しましたので、お嬢様の専属メイドとしてこの家で雇わせてください」


「ちょっと何言ってるか分からない」


 エンフィールド家の当主であるスコープ様にそう願い出たのは、その直後のことだった。スコープ様は当初は暗殺者である私をメイドとして雇うことに反対していたが、ちょうどお嬢様を護衛できる人材を探していたこと、そして私がお嬢様に危害を加えようとした場合一瞬にして身体が四散するという魔法の込められた魔弾を躊躇無く脳天に自ら撃ち込んだことで、何とか信頼を勝ち取り今のポジションを得ることに成功した。


「サイレ、これからお前はその命に懸けても私の娘、リリィを守るんだ」


「命令されずとも、そのつもりでございます」


 名前のなかった私に『サイレ』という名を与えてくれたのは、旦那様だ。当時私は暗殺者として貴族の間でそこそこ有名だったらしく、『静かなる暗殺者サイレンサー』の異名で恐れられていた。その通り名の一部を取って、『サイレ』。この名を与えてくれたことに関しては、旦那様にも感謝している。


 私が何故お嬢様に惹かれたのかは、今になっても分からない。だからこそ、あれは私にとっての運命なのだろうと、そう思う。




 そして私は、あの日の誓いを胸に、目の前の怪物を睨み付ける。お嬢様の命を脅かす輩は、たとえどんな奴であろうと許さない。


 旦那様の魔銃によってお嬢様と王子が無事この場から離れたことを確認した私は、入れ替わりで現れたセバスチャンとペペロニにそっと目配せをする。それだけで二人は私の意図を察し、耳にそっと手を当ててくれた。


『さて、軽く状況を説明します。現状、厄獣は何とか私の糸で動きを封じています。ただ、相手の力が予想以上に強いため、おそらくもう少しで拘束を抜けられます。その前に3人で一気に攻めましょう』


 私が木々の間に張り巡らせた糸は、既に二人の元にも届いている。糸は声の振動を伝え、耳元にその糸を持ってくるだけで会話を可能にする。遠隔地での会話なら魔銃を用いた方法の方が一般的だが、私にとっては魔力をほとんど使わないこの方法の方がやりやすい。厄獣の呻き声がうるさい中、確実に意思疎通が取れることは大きなメリットだ。


『それでは、僭越ながらこのセバスめが肉壁となり厄獣の動きを抑えましょう。勿論、お嬢様を傷つけた不届き者への鉄拳制裁も忘れませんぞ』


『私はいつも通り診察をするだけさ。そして相手に適した薬を撃ち込む。⋯⋯ところで、厄獣の死体は前から興味があったんだ。持ち帰っても?』


『それは旦那様に許可をとってからにしてください!!』


 素早く会話を終え、私たちは一斉に動き出す。その瞬間、糸を振り払った厄獣が無数の触手をあちこちに伸ばしてきた。


「憤ッ!!」


 気合いの声と共に全身に力を入れたセバスチャンの身体が一瞬にして膨張、タキシードを破ったその下から現れたのは、鋼の肉体だ。


 セバスチャンはその筋肉の鎧で厄獣の触手攻撃を真っ正面から受け止めた。金属の鎧を纏った騎士の首を簡単に刎ねた厄獣の触手だったが、この肉体の鎧を貫くことは出来ない。満足げにポーズを決めたセバスチャンは、歯を剥き出しにして満面の笑みを見せた。


「ふはは、そんな攻撃は効かん効かん!! 久々にこの肉体美を誇張することができ、筋肉も喜んでおりますぞぉ!!」


 ピクピクと胸の筋肉が痙攣し、今度は厄獣に背中を見せポーズを決めるセバスチャン。それだけでパァン!! と触手が弾け飛び、辺りに肉片が飛び散る。⋯⋯あれで魔銃を一切使っていないというのだから、本当にどうかしている。彼は、自らの筋力だけで厄獣に打ち勝っているのだ。


『あれを見ていると、私なんて普通の人間に見えますよね⋯⋯』


『まあ、確かに齢70を越える老人の肉体とはとても思えないよねぇ。私としては、君の方が変わっていると思うけれどね』


 失礼な。私をあんな筋肉ダルマと一緒にしないで欲しい。私はただ、魔族の血が少し混じっているだけの、至って普通のメイドである。


 足下まで伸びたメイド服のスカートを、先程よりもぐっと大きく持ち上げる。私は、このスカートをリリィお嬢様の前で脱いだことはない。お風呂に入れる時も、メイド服を着たままだ。


 それは、メイド服の下のこの姿を見せる勇気が、まだ私にないから。


 スカートの裏地にぴったりと貼り付けるようにして隠していたのは、角張った8本の黒く細長い脚。先端が鋭く尖ったソレは、私が魔族の血を引いている証だ。


 元々あった2本の足も含めて一気に10本に増えた足で跳躍すると、簡単に厄獣の頭上まで移動できる。脚の先から放つのは、さっきから辺りに張り巡らせている糸。こうして表に露わにした方が、より素早く強度な糸を吐くことが出来る。


 その糸を使って厄獣をぐるぐる巻きにした私は、指の関節から出した糸で木の枝にぶら下がり、ブランコのように身体を揺らし、大きく反動を付けて厄獣を放り投げた。


 その先には、ポーズを構えて待ち構えるセバスチャン。両腕を曲げて上に掲げ、力こぶを強調するポーズのセバスチャンの身体にぶつかった瞬間、厄獣の身体はパァン!!と粉々に砕け散った。一体どういう原理なのか。


「やりましたかな!?」


「いや、まだです。散らばった肉片が集まっています。流石厄獣、しぶといですね」


 厄獣は既に再生を始めており、私たちの攻撃など全く効いていない様子だ。この驚異的な再生力は厄獣固有の特徴である。


 厄獣と似た存在に魔獣が居るが、奴らは魔力を持った獣というだけで厄獣ほどの脅威を持つモノは一部しかいない。また、魔界には魔族と呼ばれる人間と敵対する一族が居るが、彼らとも厄獣はあまり関わりは無い。⋯⋯ちなみに、私に関しても魔族の血を引いているが両親の顔は知らないし、人間の血も混じっているので魔界の魔族とは一切関わりは無い。


 厄獣とは、人間の恨みの集合体とも、魔族が魔獣の合成実験をした結果産まれたとも言われているが、その実態は定かではない。


 ただ、その全てに共通しているのが、この驚異的な再生力と、見る者に嫌悪感を抱かせる冒涜的な見た目だ。その他に、伸びる触手といった固有の能力を1つ有していることも特徴だろうか。


 厄獣は、その名の通りまさに”災厄”に相応しい存在であり、対処するには完全武装した大軍隊もしくは圧倒的な個の力が必要とされる。


「ふむ⋯⋯やはり厄獣は興味深い生物ですね。今から診察と平行して治療を始めます。治療薬の完成まで、何とか二人で時間を稼いでください」


 そんな、『圧倒的な個の力』代表がここには3人居る。しかし、厄獣に対する決定打を持つのはこのペペロニだけだ。彼の言葉を信じ、私とセバスチャンは厄獣に絶え間なく攻撃の雨を降らせる。


「打撃も斬撃も、糸による拘束も効果は薄い。炎や氷の魔銃も撃ち込んでみましたがあまり効果なし。鑑定の魔銃を撃ち込みましたがまだデータ不足ですね⋯⋯。ただ、もう少し。もう少しでデータは集まりそうです」


 ブツブツと呟くペペロニは、鑑定に集中しているせいか無防備だ。そんなペペロニをセバスチャンが守り、私が糸と投げナイフで弾幕を張る。


「くっ⋯⋯!! 流石に少し効いてきましたぞ!!」


 無数の触手を一身に受けるセバスチャンの身体には、疲労からか傷が目立つようになってきた。そして私の糸も、割と限界に近い。魔力で産みだしている糸なので、魔力が切れると糸が出せなくなるのだ。


「ペペロニ、まだ『診察』は終わらないのですか!? もうそろそろ限界です!!」


「お疲れ様です、二人とも。もう終わりました。⋯⋯さて」


 ペペロニはばさりと白衣を翻し、掌をそっと自らの魔銃にかざす。すると、掌からコロコロと3発の銃弾が転がり落ち、魔銃へと装填された。


「まずは第一の薬莢やっきょう。この薬は、貴方のその再生能力を治療します。その人間離れした再生能力は明らかに異常、治療の必要ありです」


 ペペロニの放った銃弾は厄獣の身体へと吸い込まれるように消えていく。その直後、グネグネと気持ち悪く蠢いていた厄獣の動きが急速に大人しくなった。


「続いて、第二の薬莢。そんな気持ち悪い触手、病気以外の何物でもありません。即刻治療します」


 2発目の銃弾を厄獣は避けようとしたので、魔力を振り絞り糸で拘束する。銃弾が直撃した厄獣の体積は心なしか小さくなった。


「最後に、第三の薬莢⋯⋯。お前の存在自体が、病原菌だ!! 滅べ、『抗銃罪こうがんざい』!!」


 ペペロニの治療魔銃は、病気とみなした存在を何でも治療出来る力を持つ。ただし、治療には正確な診断と治療用の魔弾を体内で生成する必要があるため、かなりの時間を有するが、その効果はてきめんだ。


 さっきまで蠢いていた厄獣はたちまち縮み、最後に呻き声のようなものを残し、完全に動きを停止した。


『『かeせwあたsInoかraだkあえs⋯⋯』』


 何を言っているかは全く分からなかったが、何だか嫌な感じだ。何となく厄獣の死体に数回ナイフを突き刺す。それでもやはり厄獣はそれ以上動くことはなかった。


「⋯⋯というか、ペペロニの魔銃ならお嬢様のあの目も治せるのでは?」


「まあ、無茶をすれば治せないこともないですが⋯⋯原因が完全に分からないと今回のように存在ごと治療するしかありませんが、それでもよろしいので?」


「「駄目です!!」」


 やっぱりこの医者、有能だけれど倫理観に欠けたところがある。この中で一番まともそうな顔して一番ヤバいのはこいつに違いない。改めてそう認識した。


 これで、厄獣の危機は去った。しかしながら、少しばかりの不安は残る。後日、死体を回収しに再び森を訪れたが、そこには何も残っていなかった。あの状態でまだ生きているとは思えないが⋯⋯今後も、警戒は必要だろう。


〇〇〇〇〇


 エンフィールド家。この家は、魔銃帝国の中でも随一の力を持つと噂されている。その噂を裏付ける人物たちこそ、エンフィールド家の誇る使用人3人組、そして当主のスコープ・エンフィールドとその妻のモナ・エンフィールドであることは、貴族なら誰もが知っている事実であった。


 


 


 

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