弟が産まれたので死にたい

「おいリリィ! 俺様が来てやったぞ!! 喜べ!!」


「おいリリィ、また遊びに来てやったぞ!!」


「おいリリィ見ろ!! すっごくカッコイイ虫を捕まえたぞ!!」


「リリィ!! 今日は王室御用達のお菓子を持ってきたぞ!!」


「リリィ~!! へへ、特に用はないけれど、お前の顔を見に来たぜ!!」


 いや、王子来過ぎじゃない? 確かにこの前帰った時また来るとは言っていたけれどさ⋯⋯。貴方、ほぼ毎日やって来てませんか? え、王子って暇なの?


 それに私、王子が来ても特に機嫌を取るようなことはしていないし、毎回王子に対して不満しか口にしてない気がするんだけれど。


 『俺様』って偉そうな一人称が気に入らないとか、上から目線の口調が気に入らないとか、間接的になんとなーく不満を口にしてそれを理由に毎回追い返してきたわけで、好かれる要素なんて1つもないと思う。


 それなのに、王子はこりずにほぼ毎日やって来る。しかも、その度に私に指摘された点を素直に直してやって来るのだ。最近では何だか王子に尻尾が生えているかのような幻覚まで見えてきた。一国の王子が侯爵令嬢の言いなりになるとかこの国大丈夫?


「やはり今すぐにでも死ぬ方法を探した方がいいのかしら⋯⋯」


「何ボソボソ呟いているんだ、リリィ? お腹でも痛いのか?」


 そして今日も今日とて王子はやって来ている。うーん、今日は来ないでくださいって手紙を王宮に送っていたはずなんだけれど。非難の意味を込めて王子の背後に立つ人物をじとっと睨むと、彼はははは⋯⋯と申し訳なさそうに頭をかいて弁明を始めた。


「いやー、実は王子、リリィ様から手紙が届いたことが嬉しくて、開けずにずっと眺めていたので中身をまだ見ていないんですよ」


「な!? ジャム!! お前何勝手にバラしているんだ!!」


 王子は顔を真っ赤にして彼、ジャムに詰め寄るが、ジャムは私に視線を向けたままで王子のことは完全にスルーしている。


 普通ならば王子に対してかなり不敬な態度であるが、こういった光景はこれまで既に数度見たので特に驚きはない。


 二度目に王子が私に会いに来た時、王子は初めて会った時と同じようにぞろぞろと従者を連れてやって来ていた。そしてまた帰り際に「また来る!」と言ったので、私は次に来るときは従者の数を減らすようお願いしたのだ。


 だってね? 王子の「また来る」が社交辞令でも何でもないってことが二度目の訪問でわかってしまったわけで。毎回大人数で来られるとうちの家の使用人たちへの負担が半端ないし、私の心情的にもよろしくない。


 すると、その翌日にやって来た王子が連れてきたのがこのジャムという男だったわけだ。


 ジャムは、貴族としてはそこまで力のない男爵家の出身だが、その実力と性格で王子の近衛騎士に若くして抜擢されたらしく、彼ならば安心して任せられるということでジャム1人が王子に付いてくるようになったのだとか。


 そんな話を、私はジャムから直接聞いて知った。え、王子? 王子は自分の自慢話か持ってきたお土産の話くらいしかしないから頼りにならない。


「ジャム、わざわざ来て貰ったところ申し訳ないのだけれど、今日はおもてなしすることができないのよ」


「おい、なんで俺じゃなくてジャムに話すんだ!?」


 ジャムの方が話が通じるからですけれど、何か問題あります?


「そういえば、確かにいつもは王子を出迎えてくれる使用人の姿が見えませんでしたね⋯⋯。何か用事でもあるのですか?」


「おい!! 俺を置いて勝手に2人で話を進めるなよ~!!」


 王子が何やら五月蠅いが無視して、私は手紙にも書いた内容を再び伝える。


「用事と言えば用事ですね。私に弟か妹か、どちらかが出来るみたいなのです。⋯⋯ですので、今から母の元へ参らねばなりません」


 ああ、本当はここで王子に事情を説明している暇さえ惜しいのだ。驚いて目を丸くする2人を見て心の中でこっそりため息をつきつつ、私は形だけは完璧なカーテシ―をしてその場を後にする。


「お、俺は客室で待っているからな!! 無事産まれたらお祝いさせてくれ!!」


 いや、さっさと帰ってくださいよ。もてなしの茶菓子なんて出してる余裕ありませんからね?




〇〇〇〇〇




 さて、唐突な母の出産だが、実は前々からその兆候はあった。


 本来なら王子を初めて出迎える時、あの場に母もいる予定だったのだが、その時には既に臨月を迎えていたため、無理をしないようベッドに寝かされていたのだ。


「遅れて申し訳ありません。王子の相手をしていたら遅くなってしまって⋯⋯」


「あら、今日も来られていたのですか。王子は本当にお嬢様がお好きですね」


 母が寝かされている部屋へと駆けこんだ私を出迎えたのは、白衣を着た銀髪の美女であった。はて、私はこの屋敷の使用人の顔はだいたい覚えているはずだが、こんな美女には見覚えがない。


 私の疑問が顔に出ていたのだろうか、白衣の美女は自分の顔を指さしてにっこりと微笑み、私に名前を告げた。



「そういえばこの姿は初めて見せますね。私ですよ私。エンフィールド家専属医師のペペロニです」


「⋯⋯え? いや、わたくしが記憶している限りペペロニ先生は男性だったはずですが」


「今回は奥様の出産ということで、男性より女性の方が安心すると判断しましたので、魔銃で性別を少し弄りました。この姿になるのはお嬢様の出産の時以来ですが、なかなかによいものですよ」


 どうやら、私の思っている以上に魔銃を使った魔法は色々なことが出来るらしい。性別を変更する魔法なんてなかなかに変わった魔法だ。


 相変わらず満面の笑みを浮かべているペペロニ先生に聞きたいことはまだあるけれど、それよりも大事なのはお母様の様子だ。ベッドの上に視線を向けると、そこには苦しげな表情で呻くお母様とその隣で心配そうな顔でお母様の手を握りしめるお父様がいた。


「頑張ってくれモナ! もう少しだぞ!!」


「あ、あなた⋯⋯!! そのまま手を握ってて⋯⋯!!」


 2人が互いに熱い視線を交わし合って出産を乗り越えようとしている姿はとても感動的だ。両親の仲が良くて本当に良かった。


「お母様、ひっ、ひっ、ふーですわ。この呼吸法をすれば少し楽になるはずです」


 私もお母様をお父様と挟むような位置に座り、その手を握りながら声をかける。前世の微かな知識を頼りに呼吸法を教えてあげたら、お母様は素直に私の言うことを聞いて「ひっ、ひっ、ふー」と呼吸を始めた。心なしか少しお母様の表情が和らいだ気がする。


「ひっ、ひっ、ふー!! ひっ、ひっ、ふー!!!」


「お父様はする必要ありませんわ」


 何故かお父様まで真似しだしたのでそれは止めておく。お父様、実はだいぶテンパってるな?


「う、産まれるぅ!! 産まれるわぁ!!」


「お二人とも、一旦奥様の傍を離れてください。赤子を受け止める準備を致します」


 ペペロニ先生の言葉に従って私とお父様が後ろに下がると、ペペロニ先生は白衣のポケットから魔銃を取り出し、空中に向かって銃弾を放った。一瞬何事かと焦ったが、お父様が耳元でこっそり「あれは消毒用の魔法が込められた銃弾を撃ったんだよ」と教えてくれた。なるほど、それならば納得だ。


 それにしてもペペロニ先生の使う魔法の種類が豊富過ぎる。魔銃用の銃弾はかなり高いと本に書いてあったはずだが、医者だからお金はたくさん持っているんだろう。


 しっかり消毒を終えたペペロニ先生が、お母様の傍でその時を待つ。そして、私とお父様が固唾を飲んでじっと見守る中、「おぎゃあ!」という元気な声が部屋中に響いた。


「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」


 どうやら、産まれたのは男の子だったらしい。つまり、今ペペロニ先生が抱きかかえている赤ちゃんは私の弟だ。


 ささっと魔銃を使って赤ちゃんの身体を綺麗にしたペペロニ先生は、お母様が赤ちゃんを見られるように移動する。


 お母様は出産直後でかなり疲れた様子だったが、赤ちゃんの姿を見ると愛おしくてたまらないといった様子で目を細め、その頭を優しく撫でた。


「元気に産まれてくれて、本当に良かったわ。貴方の名前は、”ベクター”。ベクター・エンフィールドよ。これからよろしくね、可愛い私の息子」


 私の隣では、そんなお母様の様子を見てお父様が号泣していた。そして私の目にも、自然と涙が浮かんでいた。


 ああ、本当に良かった。私に弟が産まれてきてくれて。


 これで、私が死んでもエンフィールド家の血が絶えることはない。お父様とお母様も、眼が死んでいる可愛くない娘よりも、可愛い跡継ぎの弟を可愛がるはずだ。

 

 死ぬにあたって少しだけあった心残りがこれでなくなった。これからはより積極的に死へのアプローチをしていこう。あ、もちろん死ぬまでに弟は死ぬほど可愛がるつもりだ。自分の欲望抜きにしても弟はとても可愛い。


 


 ちなみに、私が王子が来ていたことを思い出したのは、すっかり日も暮れてきた頃であった。あっと思って客室のドアを開けたら、涙目になった王子がソファに座ってぷるぷると身体を震わせていた。


「明日は一日俺に付き合え! それで今日のことはチャラにしてやる!!」


 流石に悪かったかなと思ったので謝ると、王子はそんなことを言ってきた。多少面倒くさいが、断る程ではないので了承すると、王子は簡単に機嫌を直してそのまま帰って行った。単純かよ。


「あ、あと、弟が産まれたんだってな!! おめでとう!!」


 去り際にそんなお祝いの言葉を贈ってくれた王子を、少し可愛いと思ってしまったのは内緒である。




 

 


  

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