王子の婚約者に選ばれたので死にたい
「リリィ。お前も明日で6歳だね。ここまで無事に育ってくれて嬉しいよ」
私に1日早く祝いの言葉を贈ったお父様は、どこかしみじみとした様子だ。うん、私もまさか6歳まで死ねないとは思わなかったよ。私がこの身体に生まれ変わってから、なんだかんだで2年近く経ってしまった。
いや、私も何度も死のうとはしたんだよ? ただ周りのガードが厳重で死ぬに死ねなかったのだ。
特に私の意識が前世のものに変わった直後に新たに私の専属メイドとなったサイレ。私に負けず劣らずの無表情の彼女は、私が何かアクションを起こそうとする度に音も無く近づいては的確に私の邪魔をしてくる。
今日もチラリと視線を横に向ければ、存在感を極限まで消したサイレが立っている。君、忍者か何かですか?
「ええ、わたくしもここまで元気に生きていられるとはびっくりです」
とりあえず、お父様を無視し続けるのも悪いので適当に返事をしておく。しかし、若干の本音を混ぜたところお父様は何とも微妙な顔をした。
「⋯⋯そうだね。確かにリリィの目はまだ治っていない。不安に思う気持ちは私も分かっているつもりだよ」
いや、全然分かっておりませんけれども。その点に関しては全く不安に思っていませんが?
「実は、リリィに言っておかねばならないことがあるんだ」
あの、お父様。何故そんな真剣な顔で私を見つめているの? 何やらとてつもなく胸騒ぎがするのは気のせいだろうか?
「昨日、王宮から返事の手紙が届いた。⋯⋯リリィ、君は明日からコルト王子の婚約者だ」
⋯⋯ん? 何か今聞こえちゃいけない人の名前が聞こえた気がする。え、誰が誰の婚約者だって?
「リリィ様。この国の第一王子であらせるコルト・ピースメイカー王子の婚約者に貴女様が選ばれたのです。良かったですね」
淡々としたサイレの声が改めてその現実を私に突きつける。ははは、乾いた笑いしか出ないぜ。これで玉の腰だやったーなんて喜べる精神してたら死にたいなんて考えるはずがない。
だって、第一王子の婚約者ってことは将来の王妃になる可能性が最も高いってことじゃん。眼が死んでる王妃なんて迎えたらこの国終わるよ? え、お父様マジで言ってるの? 冗談とかでは無く?
⋯⋯とりあえず、今からでも首を吊って死にたい気分です。ああ、寝ている間に息止めていたら死んだりしないかな~。
はい、無事何事も無く翌日を迎えてしまいました。
一応枕に顔を埋めて窒息死しようと試みたんだけれど、その直後サイレに枕を奪われて無理矢理人工呼吸されそうになったから慌てて止めた。いつもは無表情なサイレがその時は若干興奮した様子で息を荒げていて、同性と分かっていながらもめちゃくちゃ怖かったです、はい。
そんなこんなでサイレ変態疑惑などが浮上した昨晩だったけれど、決して無駄な時間では無かった。
というのも、私は王子の婚約者という立場をポジティブに考えることにしたのだ。
この世界で目覚めたあの時に誓った、『将来処刑される』という目標を果たすには、たぶん王子の婚約者という立場が一番いいと気付いたのである。
古今東西、物語において王子の婚約者は後から現れるヒロインによってその立場を奪われると相場が決まっている。前世で読んでいたラノベでもお決まりの展開だ。
そして私は眼が死んでいて表情もほとんどない、令嬢として魅力的とはほど遠い存在だ。きっと王子も今日こんな私を見たら一瞬で興味を無くすに違いない。
「サイレ。何だか今日はとても良い日になりそうね」
「ええ、私もそんな予感が致します。⋯⋯これで、お嬢様のその眼も治るでしょうね」
ああ、そうか。私が王子の婚約者になれば、王宮にいる魔銃士の診察を受けることが出来るようになるのか。あまりに衝撃すぎてそこまで考えが回っていなかった。もしかして、この婚約はお父様が私のために取り付けてくれたものだったりして。あのお父様ならやりかねない。
ただ、この眼が治るかっていうとたぶん治らない気がする。だってこれ、魔術的な問題っていうより私の魂がこの身体に入ったせいで起こった変化のような気もするし。それに、私はこの眼のせいで王子に嫌われる(予定)なのだ。治療を受けるとかいう話になっても何となく誤魔化すことにしよう。うん、そうしよう。
私が心の中で決意を固めている間にも、優秀なサイレは勝手に私をドレスに着替えさせてくれる。いくら気が進まない婚約でも、王子に会うならちゃんと身だしなみは整えないとね。
今日はとりあえず顔合わせだけということで、王宮で軽く挨拶をして帰る予定だ。⋯⋯実は、王宮に行くのは初めてなので少しワクワクしていたりする。王子と会うのは憂鬱だが、王宮の中が見られるのは嬉しい。誰だって、素敵なモノを見れば心が躍る。私だってその例外では無い。
私は、可愛いドレスは普通に好きだし、美味しい料理だって好きだ。ただ死にたいという欲求が人一倍強くて眼が死んでいるだけで、それ以外は至って普通の、常識的な貴族の令嬢である。
だからだろうか、王宮で会うはずの王子が馬車で我が家に向かってきているという知らせを聞いた時には思わず耳を疑った。そしてついでに死にたくなった。
「⋯⋯どういうことですかセバスチャン。王子とは王宮で顔合わせをする予定だったのでは?」
「そ、それがですねお嬢様。実は、王子が『婚約者の顔が早く見たい』と言って無理矢理馬車を出したようで⋯⋯。旦那様も慌てて王子を迎える準備をしていらっしゃるところなのです」
おい王子。お前私を処刑する前にお父様をストレスで殺す気か?
「婚約者の顔が見たくて我が儘を言うとは、王子もなかなか可愛いところがあるではないですか。まあ、相手がリリィお嬢様ならば無理も無いことです」
そしてサイレ、貴女は何故私に対する評価がそんなに高いの? 私貴女に迷惑をかけている覚えしかないのだけれど。まさか、少女趣味だったりするの?
顔中から汗を流しているセバスチャンには悪いが、ただのか弱い令嬢である私は王子の我が儘をどうにかする力など持っていない。出迎えの準備はお父様に任せて、優雅に紅茶でも飲みながら待機することにしよう。⋯⋯ああ、さようなら私の王宮デビュー。楽しみはまた今度になりそうだ。
私が紅茶のおかわりを3回ほど頼み、間に1度お花摘みも挟んだ頃、ようやく王子の乗った馬車が我が家の敷地内に到着した。
その様子を窓から眺めていた私は、馬車を牽く馬の背中に翼が生えていることに気付き驚いた。流石魔法が使えるファンタジー世界。馬までもがファンタジーである。
そういえば私、この世界に来て動物っぽいものを見たのは初めてかもしれない。我が家では特に動物を飼っている様子はないし。まさか、この世界の動物は皆あんな感じにファンタジーしているのだろうか。気になるから今度調べてみよう。
さて、到着した王子を出迎えるべくサイレと一緒に我が家の玄関ホールで待ち受ける私。そこに現れたのは、金色の髪の毛が眼に眩しい、まさに絵に描いたような王子様だった。
そんな、翼の生えた馬の馬車に乗ってやって来たファンタジーな王子様は、出迎えた私を見るなり、その無駄に整った顔を歪ませ、こう言った。
「ふん、俺様の婚約者になる女がどの程度のモノかと見に来てみれば⋯⋯こんな眼が死んだ娘が婚約者だと? 笑わせてくれる。父上には悪いが、この婚約は破棄させて貰うぞ」
はははは、まさかの出会ってすぐ婚約破棄ですか。⋯⋯おいクソ王子。散々人に迷惑かけておいてそれはないでしょうよ。
「あら、人を見かけで判断なさるとは、何とも器の小さい王子ですね」
「⋯⋯なんだと?」
ムカッとして思わず口を開いたら、王子が眼を細めてこちらを睨み付けてきた。やべ、どうしよ。まあいいや。どうせ最初から嫌われるつもりだったんだし、好きなこと言っちゃおう。
「そもそも、この婚約はわたくしの家と王家との間で決めたものだと聞いております。それを、王子とはいえ王でもない貴方が勝手に無かったことにしていいとは思えませんが」
「う、うるさい!! 俺様は王子だぞ!! 王子は偉いんだから何を言っても許されるんだ!!」
ちょっと王様~? 貴方跡継ぎの教育失敗してません? ところで王子のお付きの人達は誰もこの王子の我が儘っぷりを止めないんだろうか。ちらりと目だけ動かして様子を伺ってみれば、知らぬ存ぜずを決め込んでだんまりの姿勢だ。
なるほど。下手に王子に注意して王子から嫌われたくないってところかしら。⋯⋯気に入らない。
もしその姿勢を貫き通すつもりなら、今から私がすることを止めたりしないでよね?
「⋯⋯分かりました。それでは、王子様。もし、わたくしとの婚約を破棄したいと仰るならば、わたくしを処刑してくださいまし」
「⋯⋯え?」
私の言葉を理解出来ていない様子の王子に、私は自分の方から近づいていく。さっき王子が顔を歪ませた原因である私のこの死んだ瞳でじっと王子を見つめれば、王子は怯えたようにじりっと後ろに下がった。
「お、おい、やめろ!! その目で俺様を見るんじゃない!!」
「あら、一国の王子ともあろうものが、たかが令嬢の瞳に怯えてらっしゃるのですか?」
「そ、そんなことは⋯⋯!!」
一度顔を背けようとした王子を挑発してやれば、単純そうな王子は簡単にこっちを見てくれた。その頬を、既に至近距離まで近づいていた私は両手で挟み、決して目が逸らされることのないよう正面からじっと見つめた。
「ほら、別に怖くはないでしょう? ただ少し生気がなくて、感情が宿らないだけで、それ以外は普通なんです。この距離なら、私の瞳に王子の顔が反射して映っているのではないですか? それを見ていれば眼が死んでいることにも気にならないはずです」
「あっ⋯⋯」
おい、そこで何故顔を赤らめるのだ王子よ。今のどこに顔を赤くしてまで怒る要素があったか? ⋯⋯あ、そうか。
「失礼しました。流石に顔を触るのは不敬でしたね」
「い、いや、別にそういうわけではなくて⋯⋯。あの、近くで見たら案外その眼も良いというか、何か吸い込まれるような魅力を感じるというか⋯⋯」
「お詫びに私の頬を触ってもよろしいので、どうぞひと思いに触ってください」
何やらモゴモゴ言っていた気がするが、無視して無理矢理王子の手を取り、私の頬に触らせる。さあ、これでお互い様ってことでチャラにしてくれ。
そして、ここで不敬だとさらに王子がキレて処刑を言い渡せば、願ったり叶ったりである。この我が儘王子ならそれくらいしてくれそうだ。若干の期待を込めつつ、私は王子の顔を見つめる。
「わたくしは表情筋も割と死んでますので、頬が固いでしょう? 王子の頬はとても柔らかかったですわ」
「え!? い、いや、確かに無表情だが十分柔らかい⋯⋯というかお前、何故この状況で無表情でいられるのだ!? お前には感情というモノはないのか!?」
えー、確かに私は表情が豊かな方ではないけれど、サイレほどじゃないと思う。それに、こんな私だって表情が動くときはある。たとえば⋯⋯
「そうですね⋯⋯。もし王子がわたくしを処刑してくださると約束してくださるなら、わたくしはこの世界の誰よりもいい笑顔で笑える自信がありますわ」
実際、今こうして話しているだけでも自然と口角が上がるのを感じる。うん、やっぱり私は死にたいんだなって改めて感じる瞬間だ。
そして王子は、そんな私の顔を見て大きく目を見開き、また目を逸らしてしまった。さらにそのまま、踵を返して外に出て行こうとする。
「きょ、今日のところはもう帰る!! 婚約破棄の話は無しだ!!」
「はあ、そうですか」
王子の言葉を聞いてあからさまにほっとしているのはお父様やセバスチャンだ。まあ、ここでいきなり王子が婚約破棄とか言いだしてそれが王家に伝わっちゃったら、こちらの対応に何か問題があったとかになりかねないしね。ホントそんな最悪な事態にならなくてよかったよ。私が死ぬのは別にいいけれど、それに皆を巻き込むつもりはないからね。
「そ、それと!!」
「何でしょうか?」
帰ろうとしていた王子が振り向いてこっちを見た。まだ何かあるのだろうか? 処刑の話ならいつでも歓迎なんだけれど⋯⋯。
「ま、また来る!! じゃあな!!」
え、また来るの? 遠慮してください。
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