第10話 逃亡
夜道の森を、一台の『それ』が高速で疾走していた。
その何かとは『バイク』を差す。自転車と同じように前後にあるタイヤをボディで固定。それをエンジンと呼ばれる物で高速回転。けたましい音を放ちながら時速六〇キロを超える速度で疾走ができるという人類が作り出した新しい友。
「なんなのよこれ! もう!」
そのバイクを操縦する娘こと。アンジェラ・レストは自身が跨っている存在に強い罵声を放った。無理もない、なぜなら彼女は恐れを抱いているのだ。
バイクを見た時、アンジェラの直感が「これだ」と言っていた。しかもサイドカー付となれば話は早い。キースをなんとかサイドカーに乗せ、バイク本体に跨る。そこから適当にガチャガチャと操作をした結果。急発進。現在に至るのである。
「なんなのよもう! いったいなんなのこいつ!」
自身の意思とは相反するように走りをするバイクに、アンジェラは鬱憤が溜まっていた。拘束で夜の森を駆け抜ける感触。周りの木々があっという間に流れていく感覚が、アンジェラに恐れを抱かせる。
ハンドルを強く握り、とにかくまっすぐにして安定を図る。
「――ッ!」
しかし、そんなアンジェラを追いかける存在があった。後方より大きな音がしたアンジェラは肩越しに後方を見て、追撃者の正体を見た。
それは車。そう、車両であった。
ライトの光に照らし、アンジェラを追い詰めようと銃を使っているのだ。
「ついてこないでよ!」
状況を認知。理解したアンジェラはそう叫び、追跡者から逃れようと躍起になる。
しかし、次の瞬間。アンジェラ・レストは目撃する。
もし。もし平坦な道を走ることに特化している存在が。
外部からの衝撃に晒されたらどうなるだろうか。
答えは簡単だ。衝撃に襲われ、最悪の場合は転倒という結末を迎える。
「あっ――」
だから次の瞬間、アンジェラは転倒というものを体験した。
なぜなら進行方向に大きな石があり、それを踏んでしまったからだ。
バイク本体のバランスが右に大きくズレ、それに対応できなかったアンジェラはバイク本体から投げ出されてしまう。
地面をゴロゴロと転がり、白い肌を擦り傷でいっぱいにする。
「……うぅ」
体中に走る痛みに耐えながら、アンジェラは体を起こすべく奮闘した。
「キース、キース」
共に逃げてきた姉の恋人の名を発し、アンジェラは彼のいる場所を探そうと。辺りを必死に見回した。しかし、そんな彼女を監獄の人間達が許すはずがなかった。
追跡車両から数名の兵士が降りてきて、その手に持つ銃を彼女に向ける。
「もういい加減にしたまえ、アンジェラ・レスト。君たちの逃亡劇はもう終わりだ」
最後に降りてきた看守長が、傷だらけのアンジェラにそう言い放った。
「……わかったよ。もうどこにも逃げない。だからお願い。キースを助けて」
彼の言葉を聞いたアンジェラは、降伏の意思を示した。
「私にあの男を助けろと?」
「そうだよ。お願い……もう逃げないから」
懇願するように、アンジェラはそう訴えた。もはや自由などどうでもいい。
ただ、ただ――姉が愛した人を。あの愚か者の命だけは、奪わないほしい。
「……お姉ちゃんの大切な人までは……奪わないで……」
その一心で、最後の記憶辿りの魔法使いは願った。
「ったく。いい加減見てられねえッス」
その時であった。やや高めの男性の声。
軽い口調の発言がアンジェラの耳に入った。
「誰だ!」
その声に、看守長が声を荒げた。
それからすぐに茂みの中から一人の男性が飛び出し、アンジェラの前に立った。
「まあまあ銃を下げるッス。話し合いをしようッス」
突然現れた男はそう述べ、両手を広げる。
しかし、それを監獄側は受け入れはしなかった。
「話し合いだと? バカな話をするな」
看守長の怪訝そうな物言いに従うように、側にいた兵士達が一斉に銃口を向けた。
「ほー。俺っちに銃を向けるッスか。いい度胸ッスね」
すると。現れた男の口調が変わった。
人を殺すのに適した人類の友を向けられても、それを手にした人類の敵意を恐れる様子もない。ただ男が示すのは――怒りそのもの。
「なら――この紋章を見ても、何もわからないッスか」
鋭い目を浮かべながら、男は自身の懐からあるものを取り出した。
それを看守長に向けて放り投げる。
地面に転がった『それ』にライトを向けた看守長は、慌てふためいた。
「バ、バカな……それは!」
「やっとわかったッスか? あんたらの目の前にいる男がどういう男か」
男の言葉に、看守長が慌ててその場に膝を落とした。
「こ、これは失礼を! し、しかしなぜ!」
「事情は言えないッス。それより、とっとと監獄に戻るッス。そこの馬鹿のせいであの監獄にいたやばい奴らが逃げたそうッスね? 彼女よりそっちを優先するッス」
「お、お待ちを! その女は我が国の重要な存在でございます! 彼女を逃がしたと陛下に知られたら――」
看守長は人が変わったようにそう訴えた。
それを逃がしてしまえば自分の命はない。とでも言いたげに。
「あ? まだわからねえんスか?」
しかし。それは彼を怒らせる大きな要因となった。
男は看守長に近づき、彼の前で膝を落とした。
そして看守長の顔に優しく触れると。
「行け。これはレストニア王国第二王子。アーヴィン・レイクスの命令ッス」
言い聞かせるように。そう言い放った。
それを聞いた看守長は震え、監獄のメンバーを引き連れてこの場を去っていく。
「~~~~~ッ! いやぁ、久々に権力を使ったッス。いやぁ、こういうのは疲れるッスね」
騒々しさの元が去り。場に静けさが現れると、現れた謎の男がそう言って大きな伸びをした。肩を鳴らし、ケラケラと笑う男に、アンジェラは尋ねる。
「あなた、誰」
「ん、そうッスね。あんたが守ろうとしたその人を世界で一番嫌う人ッス。でも、その人が死んだらローズの姉貴が一番悲しむわけッス。だから助けたッスよ」
まったく。世話の焼ける男ッス。――男はそう笑う。
そんな彼の言葉と態度を見聞きしたアンジェラは、彼は敵ではないと理解した。
理解している間に現れた男がキースの体を抱きかかえ、先へと進んでしまう。
「さあ、ついてくるッスよ、この先に車があるッス。そこで傷を手当てしないとまずいッス」
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