第8話 記憶辿りが教えてくれた真実

 記憶を辿る時、一つの法則が存在する。


 それは、記憶には『感情』が宿るという法則だ。


 その感情は『色』で表現されている。

 例えばそれが嬉しい思い出ならば、その記憶には多種多様な色がふんだんに使われ、見る者にとっては鮮やかに写る。


 しかし。ただ一色のみ。ある色のみで表現された記憶には『灰色』が使われる。


 その記憶こそ、アンジェラが見た記憶そのものであった。


「……ごめんね、キース」


 一人の女性の、謝る言葉がした。


 その言葉を耳にした途端、アンジェラの視界にある光景が写る。


 それは前に見たあの一室であった。


 しかし今回違うのはベッドの上で女性が息を荒くし、苦しそうにしている姿だ。

 

「何を言うんだ。私にとってこんなのはなんでもない」


 姉の手を両手で握りながら、キースがそう優しく笑った。


「この一件が解決したら、またどこかで静かに暮らそう。そうだな、今度はパン屋でもやらないか? 君はパンが好きだっただろう」


 姉を励ましたいのだろう。キースが静かな声でそう提案をした。

 それを聞いた姉が微笑んで。


「何言ってるの。私が好きなのは人の笑顔だよ」

「ああ。そうだったな。でも、悪くないだろう?」


 同意を求めるように。キースが姉にそう尋ねた。


 すると、ベッドの上で苦しそうに眠る姉は、優しく微笑みながら。


「ねえ、お願いがあるの、キース」


 ――と。愛する人にそう口にした。


 それを聞いたキースが喰い気味に「なんだ」と耳を近づける。


「妹を、助けてあげて」


 それは、男にとっては予想外の願いであった。

 目を丸くし、戸惑いつつも。男は聞き返す。


「妹? 前に話していた君の妹か」

「ええ。たった一人の家族なの。私と同じ力を持った、最後の記憶辿りの魔法使い」


 姉はそう言うと、その瞳を閉じながら。こう口にする。


「私たちはさ。神様に不思議な力をもらっちゃったんだよ。誰かの記憶を辿るっていう。よくわからない不思議な力。きっとうまく使えば、すれ違ってる人達を仲良くできたり、言葉だけじゃ解決できない問題も――解決できるかもしれない不思議な力」


 でも。私たちはその力のせいで不幸になった。


「誰かの思惑に利用されてさ。当たり前の自由すらない。みんな欲深いからさ、私たちの気持ちなんて考えないで、自分の思い通りに物事を動かしたいんだよね。私たちはそれにぴったりだった。だって女の子だもん。力も強くない、誰かに守ってもらえないとダメな弱い人だから。でも、誰かに利用されるだけの人生なんて、惨めだよ」


 惨めにも程がある。


「だからさ。せめて自由に。自由だけはある人生をあの子に与えたいの。私はもう長くないから、私の代わりにいっぱい。いっぱい大空に羽ばたいてほしいの」


 姉の願いはそれで終わりなのだろう。最後に、ローズ・レストは次の言葉を持って、キース・フレッカーに尋ねた。


「――ダメかな。キース」


「ダメなものか。君の願いは叶えると約束したはずだ」


 それを聞いた元軍人は、ベッドの上で苦しむ女性の手を、強く握った。


「任せてくれローズ。君の妹は必ず助けてみせる。だからお願いだ、ローズ」


 どうか私を。私を一人にしないでくれ。君の笑顔を――まだ見させてほしい


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