第6話 大胆不敵

 キース・フレッカーと名乗った男の行動は、アンジェラの想像を大きく超えるモノだった。


 まず、キースがしたのはアンジェラの解放であった。

 扉を開けた彼は戸惑うアンジェラの手を引っ張って、そのまま監獄を出た。


 もちろん、それだけで終わるはずがない。


 彼が次に行ったのは逃走である。監獄の地図を全て把握しているのか、通路を進むキースの動きに一切の迷いはなかった。通路を進む最中に出会った他の看守は素早く処理。監獄の明かりの源である電源室の破壊工作。さらには監獄内の囚人を逃がすという行為。


 そうして、アンジェラが混乱している間に。アンジェラとキースの両名は監獄の地下にある下水道に移動していた。キースが逃した囚人と、脱獄を止めようとする看守達の攻防戦に紛れて、二〇代後半の男性と一〇代前半の娘が。

 

 天井に吊るされた足元が良く見えない明かりを頼りに、前を進んでいく。


 一歩進むだけでコツン、コツンという足音が響いて、耳を澄ませば水の流れる音がする――狭い道。


 その道を進むと、先頭を歩いていたキースが足を止め。

 持っていたライトをある方向へと向けた。

 

 すると、うっすらとした暗闇の中から、鉄格子が姿を見せる。

 

 いや、よく見ればそれは下水道と外を繋ぐ用水路のようだ。人が落ちて外に流されないよう、格子が設置されているのだろう。


 それを見たキース・フレッカーが格子に手を掛け、何かの作業を始めた。看守服の中から四角い何かを取り出すと、それを格子の向こう側に設置していく。


「ねえ、待ってよ! 話がよくわかんないよ!」


 その様子を見たアンジェラは、これが最後のチャンスだと悟った。

 だからそう強く訴える。


「いったいどういうことなの! なんで急に。それにあなたは誰!」


「落ち着け。それと、あまり大きな声を出すな」


 混乱の様子で叫び声を上げるアンジェラを、キースがそう諌める。


 例の格子での作業を終えたキースが、手を叩きながら。


「まず、自己紹介だ。私はキース・フレッカー。元軍人だ」

「うん」


「私の目的は、君をここから出して自由にすることだ。そのために君の担当には協力してもらった」


「それが意味わかんない。なんで私を」


「ローズ・レストを知っているな?」


 聞き覚えのある名前を聞いたアンジェラは、思わず顔を上げた。


「知ってるよ、お姉ちゃんだもん」


「彼女に君を助けるよう、頼まれている。これが理由だ」


 淡々と。当たり前のように、キースが動機を語った。

 もちろん当事者であるアンジェラは首を左右に振った。


「私を助けたらどうなるか、知らないの? 私は」

「記憶辿り。物を通じて他人の過去を探る力だったな」


 顎に手を添え、キースがそう述べる。

 自身の持つ能力を言われ、戸惑う娘に男は言う。


「この世に存在するありとあらゆる『物』。それらには人の記憶を宿す力があると言われている。君の能力はそれらの物に宿る記憶を覗くことだ。それはつまり他人の過去を見ることを意味する。だから君の力は先のヨーロッパ大戦において利用され、戦争が終結した後。他者に利用されないようここに幽閉されている」


「それを知ってて、なんで」


「バカな話だ。そんな誰かの思惑で自由を奪われるなど――ありえない話だ」


 吐き捨てるように。キース・フレッカーはアンジェラの状態をそう批判した。


 そんな彼の物言いに、アンジェラは今度こそ言葉を失った。


 彼の態度に、悪びれる様子も危機感もないのだ。


 それがどうした。何が問題だ。そう言いたげな様子なのだ。


 だけど、アンジェラはそれでも首を大きく振る。


「い、意味わかんないよ! だいたいなんなの! お姉ちゃんの知り合いならなんで――」

「アンジェラ!」


 アンジェラをかばうように、キースがアンジェラの前に出たのはその時だった。

 その直後、思わず肩を上下させてしまうくらいの轟音がし、キースが地面に手を付いた。


「それ以上は許さないよ、キース君」


 男性の声。その声にアンジェラは顔を上げる。すると、薄暗い水路の奥から、背丈の高い男性が姿を見せた。その手には拳銃があり、先端がこちらに向けられている。

 さらに言えば、現れたのはその男性だけではなかった。複数の足音とともに、男性の背後に二名の男性が存在している。手にライフル銃を持って。


「ライトを」


 現れた男性が、後ろにいる男にそう指示をした。

 その指示に従い、ライフル銃に付けられたライトがアンジェラとキースに向けられ、その姿が露わになった。それを見てアンジェラはようやく気付いた。

 

 キース・フレッカーが腹を押さえ、彼の足元には血痕があることに。


「やはりな、レストニア陸軍特殊作戦部隊所属。キース・フレッカー元少尉だね。特殊作戦部の人間が、このようなことをするとはね」


「昔の話です、看守長閣下殿。彼女は返していただく」


「いいや、彼女を外に出すことは許さん。それを私が許すと思うな」


「それなら、私にも考えがあります。それも――あなたが驚く答えがね」


 キースがそう言葉を発した途端、変化が起きた。


 大きな爆発音と風。その一瞬の瞬間に巨大な轟音が下水道に鳴り響いた。もちろんそれだけで終わるはずがない。その爆発音と大きな風はアンジェラのすぐ側にあった巨大な格子を吹き飛ばしたのだ。けたたましい叫び声のような、そんな音を放ちながら。円錐上の格子が吹き飛んでいく。


 しかし、アンジェラにとって更なる驚きの出来事が起きた。それは隣にいたキースがアンジェラを抱きしめたのだ。そして、その体重を前に掛け、ゆっくりと前のめりに倒れていく。


「――ッ! よせ! フレッカー少尉!」


 キースの行動に、看守が驚きの声を上げるが遅かった。


 下水道の汚れた汚水の中に入る刹那、アンジェラはある言葉を――耳にした。


「アンジェラ。君は私が必ず、守ってみせる」

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