第5話 その名は

 目を覚ました時、視界に収めたのはいつもの天井であった。


 それを見たアンジェラは一つの真実を認知。理解した。

 だから彼女は体をぐっと起こす。


 確かに、見た。確かに、知った。確かに、辿った。


 あれは間違いなく。誰かの記憶。誰かが過ごした、時の流れ。


「そっか。私辿っちゃったんだね」


 それを理解したアンジェラは困ったような。そんな乾いた笑みをした。


 一つの、真実があった。辿った記憶は姉と誰かの記憶。

 アンジェラの愛した――たった一人の肉親。


 アンジェラは記憶の元になったであろう存在に、手を振れた。持ち上げてみると、何かが地面に落ちた。暗闇の中でそれを手に取る。


 写真と呼ばれるそれに写っていたのは、洗濯籠を両手に抱えながら。

 白い歯を見せる姉の姿。


 その写真に向け、アンジェラはこう述べる。


「久しぶりに逢えたね。元気そうでよかったよ。お姉ちゃん」


 幸福に生きている家族に向け、アンジェラは静かな祝福の言葉を贈った。



 その例の看守が再び姿を見せたのは、次の日の夕刻であった。


 きぃ。――という音に顔を上げる。すぐに扉の閉まる音と足音。そして最後に椅子に腰かける音がした。暗闇の中でもわかる、あの看守がやってきたのだ。


「ねえ。あなたジーンさんじゃないよね」


 椅子に座った看守に向け、アンジェラはそうカマをかけた。すると、例の看守が立ち上がり、ゆっくりと鉄格子に近づいてくる。そうして、夕日に照らされ、彼の大きな体がはっきりと移った。間違いない、彼はジーン・ストレイトスではない。体つきがまったく違う。


「あなた、誰?」

「私はキース。キース・フレッカーだ」


 見知らぬ男がそう名乗った。その名を聞いたアンジェラは目を大きくした。


「キースって、もしかして」


「君の推測通りだ。どうやら、記憶は辿ったようだな」


 男はそう言うと手元からあるものを取り出した。

 そして次の瞬間、アンジェラの目の前で信じられないことが起きた。


「え? ちょ、ちょっと」


 戸惑いの声が、狭い監獄の中で響く。なぜならばキースがアンジェラを閉じ込めていた牢の鍵を開け、扉を開けたからだ。思わず驚き、ペタンと尻を落としてしまう。


「何を戸惑っている」

「だ、だって。そんなことをしたら。そんなことをしたら」


 アンジェラは戸惑いながら、ゆっくりと後ずさりをした。


「――まだ。わからないのか?」


 そんな彼女を見下ろしながら、謎の看守が言う。


「私は、君を助けに来たんだ」

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