第4話 ある不思議な夢

 これは、夢なのか。それとも記憶なのか。――どっちだろう。


 アンジェラ・レストは己の視界に映る光景を見て、胸の内でそう思ってしまう。


 彼女の瞳に写るのは見慣れた監獄の光景ではない。


 暖かい。暖かさにありふれた世界。


 木々で作られた一室。それがアンジェラの瞳に写る世界であった。


 部屋の中央に設置されたベッド。床を着飾る青と黒のカーペット。

 多くの物語を蓄える本棚。


 人が暮らす上で必要な家具と部屋が、彼女の視界の先にはあった。

 監獄での世界とは別だ。


 それを見たアンジェラ・レストは思う。これは果たして夢だろうか。


 それとも――誰かの記憶だろうか。


「いい写真じゃん。キースがよく笑ってる」


 その答えがわかったのは、女性の声がした瞬間であった。


 その声を聞いたアンジェラは、声の方向であるベッドの方へと向けた。


 そうして彼女が見たのは、二人の人物。男性と女性。


 一人は背丈の高い男性で、ベッドの側にある椅子に腰かけ、読書をしている。


 そしてもう一人はベッドの上で横になり、その手にある写真をじっと眺めている。


 その女性を見たアンジェラは、自身の見ているものが夢ではないことを察した。


「やっぱりさ、キースは笑った方がいいよ。そんなぶっきらぼうな顔じゃなくてさ」

「ぶっきらぼうな顔をしているか?」


 女性の嬉しそうな声に、男性が顔を上げた。その男性に女性が優しく微笑む。


「もちろん。ほら見なよ。あんたが笑う姿なんだから」

「自分の笑う姿を見るなんて、見るものじゃないよ」


 差し出された写真に、男性は苦笑交じりにそれを跳ね除けた。


「えー。つまんないなぁ。いい笑顔なのに」


 男性の反応に、女性はそう笑みを浮かべた。

 写真をじっと見つめた後。何かを思い出したように窓の方へと視線を向けた。


「ねえ――キースはさ、雪の世界って好き?」


 窓の向こうに見える雪景色。それを見た女性がそう問いかけた。


「雪? そうでもないな」


「私は好きなんだ。妹との思い出があるから」


「君に妹がいたのか?」


「うん。世界で一番可愛い妹。生き別れちゃったけどね。ほら、これを見てよ」

 幸福に満ちた表情で、女性はそう述べ。枕元から一枚の写真を取り出した。


「まだ別れる前の写真。今だと、一四歳かな」

「若いな。それに君によく似ている」


 差し出された写真を見て、男性がそう述べた。それを聞いて女性が嬉しそうに。


「でしょ? 世界で可愛い妹なの。今から三年くらい前かな。こんな雪の日に、妹のアンジェラと一緒に外で遊んだんだよね。その日が本当に忘れられなくてさ」


 困っちゃったね。――と。女性が寂しそうに笑った。


「今は、どこに?」

「…………きっと。私と同じ運命だと思う」


 暗い顔を浮かべ、首を振りながら一つの真実を述べた。


「ローズ。私なら――」


「ダメ。あなたを巻き込むわけにはいかないよ。あなたには、本当に迷惑をかけちゃったし」


 男性が何かを言い掛けたのを、女性が慌てて止めた。


「――でも。いつの日か。アンジェラにも教えてあげたい」


 女性は、静かに瞳を閉じた。それが叶わない願いだとわかっているかのように。

 それでも、いつか叶ってほしいと願うように。その女性は遠くを見てこう言った。


「私が知った、自由の素晴らしさを」


 それが、どこかにいる家族を想う――姉の姿であった。

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