第3話 看守と少女
目を覚ますと、真っ暗な光景が視界に映った。
それを見たアンジェラ・レストは自身が目覚めたことを確信する。
だから彼女は呆れ、つまらない時間がやってきたとため息を漏らす。
目元をこすり、意識をしゃんとする。
次に彼女が行うのは辺りを見回すという行為。
彼女が見たのは年季の入った壁。壁と同じ材質の床。
天井に近いくらいの高さにある小さな窓と、視界の左手を治める巨大な鉄格子。
それらを見たアンジェラは自身の生活になんの変化もないことを察した。
察したから、彼女はポツリと言う。
「あーあ。ヒマだなぁ」
人の気配のない監獄。
人を閉じ込めるその空間の中で、一人の娘の吐露した言葉が響く。
しかし、その言葉を聞いてくれる『友』も。孤独を癒してくれる『それ』もない。
だから、アンジェラ・レストは唯一時間を潰せる方法。睡眠というものに入るまで、ただじっと壁を見つめようとした。見つめようとした矢先のことであった。
きぃ――という音。
その音がアンジェラの注意をある方向へと向けさせる要因となった。
鉄格子の向こう側。
その奥にある扉が開かれた音がしたのだ。それが意味するのはただ一つ。
アンジェラを監視する役目を背負っている男が帰ってきたということ。
「おかえり。ジーンさん」
遠くにいる家族との時間を過ごしてきた看守を、アンジェラは明るい声で歓迎した。コツコツコツという足音を響かせながら、鉄格子の向こう側の看守がいつもの席に。鉄格子の向こう側にある木でできた椅子に腰かける。
「ねえ。休暇はどうだった? 赤ちゃん、どれくらい大きくなってた?」
ジーン・ストレイトスが帰省する前。生まれたばかりの赤ん坊について語っていたのを思い出したアンジェラは、彼が体験した幸福について尋ねた。
しかし、彼女はすぐに首をかしげた。
「あれ? どうかした? もしかして機嫌でも悪いの?」
そう。小首をかしげてしまう。
いつも明るくておしゃべりな彼が。その彼が一言も言葉を発しないのだ。まるで人が変わったように。目の前にいるアンジェラと距離を置いている。しかもそれを強調させるかのように、パラ、パラと。紙をめくる音がした。
「……珍しいね、ジーンさんが読書なんて。奥さんと何かあったの?」
様子のおかしい看守に、アンジェラは心配の声を上げた。
だけど。それでも返答はなかった。波の立たない湖の畔に、必死に波紋を作っているのに。その反響は生まれない。言葉と会話。孤独を和らげてくれるあの瞬間は――訪れない。
それから、いったいどれほどの時間が経ったのだろうか。
すっかり人が変わったジーンに気分が悪くなったアンジェラはベッドに身を投げ、横になり続けた。
しかし、椅子から立ち上がる音がすれば話は別だ。唯一の話し相手であるジーンが出ていくと分かった彼女は体を起こし、冷めた瞳を向ける。
「……次は家族の話をしてよね、ジーンさん」
結局何も話さなかった看守に、アンジェラは拗ねた様子を見せた。
すると、そのアンジェラの態度が原因を作ってしまったのか。
看守が次のような行動をとった。
「えっ、ちょっと」
囚われの少女は慌てふため、看守の行動を止めようとする。
なぜなら彼は禁忌を犯したのだ。
彼が行ったのは、アンジェラの空間に本を投げ入れるという行動。アンジェラ・レストに『物』を与えるという行いであった。それは彼女を幽閉する上で、絶対に行ってはならない禁忌の一つであり、それが行われたと知られれば――その看守には重大な罰が与えられる。
だからアンジェラは友人であるジーンを止めようとした。
だけども。ジーン・ストレイトスはアンジェラの制止を気にすることもなく、この場を去っていった。
残された囚われの少女は、目の前にある本を手に取って。困っているようで、どこか嬉しさを秘めた顔をした。
「ダメだなぁ、私に物を渡したらダメって言われてるはずなのに」
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