第4話 僕は苦しくて、つらくて、悲しくて。

 男は黙っていた。

 椅子に座り、テーブルに頬杖をつき、大きく欠伸をして目を閉じている。


 さっきから最低な発言を連発されてたから、嫌でも身構える。

 この見た目は確かに女性っぽいかもしれないけど、僕は男だし、それに―――――


「おめーは」


「え?」


「どっから来たんだよ。」


「わからないです……」


「わからないって事はねぇだろ。村か?街か?」


「いや、ホントに、わからなくて……気づいたら、あそこにいて……」


「あぁ、ブッ飛んだか。」


 何となく納得したような感じで話してる。


「ぶっ飛ぶ…?」


「最初の戦闘が強烈だと、何もかも忘れるヤツが居るんだよ。」


「いや、そういう事じゃ……」


「大体ボケーっと突っ立ってるからぶっ殺されるけどな。」


「まぁ…立っては居ました……けど……」


「アイツに助けられたな。」


 最初に、僕が槍で刺されそうになった時?

 その光景を、目の前で人が死んだ瞬間がフラッシュバックして、気持ち悪くなる。


「臭ぇから中で吐くな。外で吐け。」


 今にも戻してしまいそうになるのを我慢して、天幕の外に出る。

 叢にしゃがみ込んで思いっきり嘔吐くけど、何も出てこない。

 苦しくて、つらくて、悲しくて。なんでこんな所に、こんな事になってるのか考えていると、よだれと、鼻水と、涙で、ぐっしゃぐしゃになる。


「よう姉ちゃん、悲しい事があったのかい?」


「お仲間が死んじゃったのかい?それはかわいそうに。」


「俺達がお嬢ちゃんの事を慰めてあげまちゅね~。」


 ゆっくり振り向くと、ガタイのいいおっさん2人と若い男が1人、下品な笑い声とニヤけた顔で僕を取り囲んでいた。


「なかなかの器量じゃねぇか。」


「泣いてる女は美しいねぇ~。もっと泣かせてやりてぇ…。」


 そう言って僕の腕を力任せに引っ張る。


「痛っ!」


「おお~う、かわいい声だねぇ~。今夜は俺達の下で聞かせてくれや。」


「ちょっと、やめてください…」


「チョット、ヤメテクダサイ。ぎゃーっはっはっは!!!」


 何がおかしいんだこいつら。


「離してッ!」


「か~わいい~!!今夜は離さねぇよ~?朝までず~っと繋がっていてやるからな~。」


 すげぇ力が強くて、手を振りほどけない。

 飲み屋でひどく酔っ払ったおっさんが、こんな風に女性に絡むのを見たことがある。

 その時は、絡み始めた直後に店員さんが駆けつけて追っ払ったから事無きを得たんだけど、その女性は直後、すっごく泣いてた。本当に怖かったんだろうと思う。一緒に居た人たちが一生懸命慰めていた。

 まさか、僕がこんな奴らのターゲットになるなんて。

 しかも、本気で僕をどこかに連れて行って、ヤりたい放題ヤろうとしている。

 周りを見ても、我関せず。完全無視。こんな出来事は当たり前なのか?


「女は女らしく、男を立てるべきだぞ?ん?」


「もう勃ってんじゃねぇか。ぎゃははは―――――」


 下品に笑うおっさんの背後から音も無くヌっと現れた、赤く染まった剣。


「ウチのモンに手ェ出すとはいい度胸だなァ。おい。」


「おっ…おう…クラウスじゃねぇか…」


 若い男が腰に手を掛けようとするけど、おっさんに制止される。


「このお姉ちゃんが吐きまくってるから、声をかけただけだ。」


「その割にはチンポ勃たせて楽しそうじゃねぇか。どけ。」


 おっさんが僕の手を離すと、僕の肩に手を回して、天幕の入り口を開ける。

 若い男が入口のすぐ側で、凄い形相で剣を抜いていた。


「何だジュリオ、起きてんじゃねぇか。」


「へっ、面白そうだからよ、起きちまった。」


 そう軽口を叩いて剣を収める。


「そんなにヤリたきゃ向こうで好きなだけヤって来い。じゃあな。」


「ケッ!」


 僕を囲んでいたおっさん達はバツが悪そうに退散していく。

 あんな奴ら死ねばいいのに。


「女は目立つ。此処でも戦場でも。真っ先に狙われる。油断するな。覚えておけ。」


 そう言って、天幕の中に入る。

 取り残されそうになるので、慌てて中に入る。


「明日は早い。もう寝ろ。それを使え。」


 顎で示されたのは、寝床と思われる布。起きていても怖い思いをするし、黙っていても色々考えてしまう。

 また襲われるかもしれない怖さを感じながら、夢なら覚めてくれと強く願って寝床に転がった。

 自然と、涙が溢れて来た。

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