第2話 僕は誰かに、声を掛けられた。

 夕陽に向かって走り去ろうとする敵の背中を、倒れる人を、味方が徹底的に刺して、刺して、刺しまくっていた。

 僕の周りでは、喜びの声と、大きな溜息と、悲しみの叫びが響いている。

 目の前に転がる無残な死体の山を見ながら、僕は生き残ったのかと思った。


『全軍帰投!全軍帰投!』


 馬に乗って大きな声で叫ぶ人たち。


 帰る?どこに?


 どうする事も出来ずに、ただ、ぼうっと突っ立っていた。

 僕は、どこに帰ればいいんだろう。あの時死んだはずなのに。


「おい。」


 誰かに声を掛けられた。

 振り向くと、無精髭を生やした中年の男だった。


「暗くなる。さっさと帰るぞ。」


「あのっ……」


 声が出た。

 ギロリと僕を見る男。


「何だ。」


「あの、僕は、どこに帰れば…いいの…か…」


「何番隊だ?」


「わからない……です……」


 ため息をついて僕の顔をジロジロと見る。


「じゃあ誰に付いてきた?女。」


「ちがっ!僕はっ!」


 かあっとなって反論してしまった。

 その様子を見て、若い男が声を掛けて来る。


「ようクラウス。女連れじゃねぇか。珍しいな、おい。」


 女?何を言ってるんだこの人。


「隊がわからないんだとよ。」


「しゃーねぇーなぁ。じゃあ、俺が連れて行ってやるよ。」


「フン、どうせそこらで犯すんだろうが。」


「おっ、おかっ!?」


 冗談じゃない。掘られてたまるか。


「こんなクソみたいな所でヤれっかよ。おい、女、行くぞ。」


「だとよ。」


 そう言って二人は歩き出す。

 正直怖いけど、こんな死体の中に取り残される方が怖い。


 たくさんの何かが入り混じった道を歩く。

 下は見たくない。見れない。イヤな感触を踏み締めて二人の後について行く。

 気持ち悪い…何でこんな所に…僕が…。


 篝火が焚かれた柵、木で組まれた櫓。

 彼方此方あちこちに天幕が張られ、男たちの笑い声や罵声が聞こえてくる。

 柵の入り口には槍を持った警備兵が立っている。


「所属は。」


「18番隊。3人。」


 無精髭のおっさんがそう言うと、僕らを一瞥して中に入るよう促す。

 ズカズカと入っていくのでついて行こうとすると、僕だけ警備兵に止められる。


「お前は向こうだろ。」


 そう言って顎で示す先はログハウスのような小屋。

 派手な化粧をした女性たちが僕を見ている。


「ケッ、女連れてご出陣かよ。見境ねぇな。」


「飽きたら殺せばラクだしな。人でなしだぜ。姉ちゃん、俺らン所来いよ。殺さねぇで、たっぷり可愛がって差し上げますよ。へっへっへっ。」


 無精髭のおっさんが僕の腕を掴んで、強引に引っ張る。


「痛い!ちょっと!」


「トロいんだよ。さっさと来い。」


 もう一人の若い方の男が笑ってる。


「くっくっくっ、女取られるのがそんなにイヤか?あ?」


「うるせぇ。22名死亡、21名補充依頼。行って来い。」


「無理だろ。せいぜい10だな。10確保したら、俺にもその女使わせろよ?」


 僕の事を女とか言う意味もわからない。使うとか。ありえない。モノじゃない。確かに僕は背が低くて、痩せてる。だけど。


「ここだ。入れ。」


 他の所よりも大きな天幕に入るよう促される。

 入らなかったら強引に入れられるから、黙って入る。

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