紅緋色のロザリオ

ろわる

第1話 僕はもう、死んだはずなのに。

 目を開けると戦場だった。


 何百人か、何千人か、何万人か。簡素な鎧を着た人達が殺し合いをしている。

 目に見える全ての人達が、敵に向かって必死に槍を突いている。

 彼方此方あちこちから怒鳴り声、叫び声、罵声、悲鳴、嗚咽、ありとあらゆる声が休むことなく響き続けている。


 僕は槍を持っていた。

 槍の穂先には赤い跡と、微かな肉片がこびりついていた。

 手も、足も、全身が敵の返り血を浴びて、赤く、赤く染まっていた。


 血と、汗と、埃と、排泄物が入り混じった酷い臭い。

 立ち竦んでいた僕は、その臭いで嘔吐した。気持ち悪い。臭い。


「死イイイイねえェェェ!!!!」


 血塗れの男が怒鳴りながら僕に向かって来る。

 その手に握りしめた槍で、僕を突こうとしている。

 恐怖で身体が動かなかった。


 その男が僕に槍を突き刺す前に、横から突き出された槍に身体を貫かれた。

 勢いよく倒れたその男は、赤黒い泥の中で、誰かが落とした手や耳や腸と一緒になってもがき苦しんでいる。


「ボサっとすんな!」


 僕に話し掛けて来た男が、倒れた男の首を刺し貫く。

 ごぼりと音がして、ぴくぴくと身体が蠢く。


「お前、初めてか。」


 男は僕に話し掛ける。眼は合わせない。敵を見ているから。


「死にたくなければ殺せ。」


 そう言って走り出した。周りの人たちも走り出した。

 その先に居る敵を殺すために。


 次々と走り出す人たちにつられて、何故か僕も走り出してしまった。

 その先に居る敵を殺すために?


 違う。死にたくないから。


 僕はもう、死んだはずなのに。






 夜のコンビニはちょっと怖い。

 店員さんも、店の前でたむろしている人たちも。


 何か因縁を付けられたら嫌だと思って、わざわざサラリーマンが出るのと同じタイミングでお店を出る。

 ちょっとだけ後をついて、駐車場を過ぎたら早歩きでサラリーマンの人を追い抜く。


 学生になって、一人暮らしを始めて半年。

 社交性が無いから友人は居ない。女の人と話せないから彼女も居ない。

 親は兄弟と比べて僕の成績の悪さに呆れてるから干渉して来ない。


 でも一人で居るのは嫌じゃない。誰にも迷惑を掛けないから。

 つまらなそうに、嫌そうにされるくらいなら、一人で居たい。

 暗い考えだなとは思うけど、今までもそうして来たし、これからもそうしていくんだろうなと思っている。


 親に対しては、大学に通わせてもらえただけでも有難いと思っている。

 何も期待されてはいないけど、せめてちゃんと勉強して、どこかに就職して、一人で暮らしていけたらいい。


 でも、ほんのちょっとだけ、誰かと繋がってみたいと思っている。


 …今さら無理だけど。


 車通りが多くて明るい大きな道まで来て、ようやく少しだけ安心する。

 信号待ちの間、帰ったら何をしようか考える。

 久しぶりにお風呂にお湯を溜めて入ろうか。

 ゲームの続きを進めようか。

 途中まで読んでいた小説に手を付けようか。


 ほら、一人でもやる事はたくさんある。

 だからいいんだ、このままで。


 信号が青になる。


 僕は歩き始める。


 車が突っ込んできた。


 一切スピードを緩めることなく僕は撥ね飛ばされた。


 僕が最期に見たのは、キスに耽る運転席の若い男と、目を見開いて僕を見た助手席の若い女の顔だった。

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