柊さんはおごらせたい 中編

「ねぇ、野球はもうしないの?」

「もう興味もなくなったよ」

「何で?」


 その自覚のない質問に、俺は返事を返す事が出来なかった。会話はそこで途切れ、無言のまま食事は終了する。それから、俺達は黙ったまま帰路に着いた。街灯が照らす夜の歩道はとても静かで、だからこそとても気まずい。

 何か話しかけようとタイミングを見計らっていたところで、由真の家との別れ道にさしかかってしまう。


「じゃあ、またね」

「お、おう……」


 何となく消化不良のようなものを感じながら、俺は1人になった。別れ道から自宅までは徒歩で10分もかからない。その時間をモヤモヤを残したまま歩く。

 帰宅後、好きなテレビ番組の録画を再生している内にその気持ちは忘れていた。所詮俺にとって彼女に対するモヤモヤなんてものは、その程度のものでしかなかったのだ。



 やがて時間は流れ、俺達は中学に進学する。公立の中学なので当然受験はない。地元の友達は全員そのまま誰一人欠ける事なく同じ中学に進学した。

 そう、当然由真も。しかもいきなり同じクラスになってしまった。ああ……嫌な予感しかしない。


 俺は彼女から勝負を挑まれないようにと、人気のない部活を選ぶ。それは――卓球部。地味なために一昔前は不人気トップクラスだったこのスポーツは、いつの間にかそれなりの人気競技になってしまっており、新入部員も10人以上と、割と沢山入部していた。

 俺は別に全国大会を目指すとか、そう言う気持ちではなかったため、適当にこの部活を楽しむ事にする。新入部員だけで総当たりの試合をしてみたところ、俺の実力は大体真ん中くらいだった。この結果に俺は十分満足する。


 そんな感じで卓球部員として放課後をエンジョイしていると、まだ部活を決められない生徒達が部活見学にやって来た。その中に、あの由真もいたのだ。卓球場で必死に素振りしていた俺は、そんな彼女と目が合ってしまう。

 俺の存在を確認出来た由真はニッコリと笑顔になった。冷や汗が流れたよね。


 次の日の放課後、やはりと言うか、当然と言うか、由真が卓球場にやってくる。入部届を持って。卓球部は男女同じ卓球場で部活をする訳で、お互いの活動を目にしながら部活をする感じになる。

 最初は様子見をしていた由真だったけれど、やがてその日はやってきた。顧問が来れないと一日自主練になったそのタイミングで、彼女から声がかかったのだ。


「ねぇ、勝負しない?」

「またかよ。何で俺なんだよ」

「何よー。いつもやってるじゃない」


 俺達の勝負はもはやお馴染みの恒例行事のようになっていて、止める者はどこにもいなかった。流石全員が小学生の時から一緒ってだけはある。先輩達も俺達を見て応援してくれていた。

 この流れでは勝負を受けるしかない。俺は覚悟を決めて卓球台の前に立った。


「今度こそ勝つ!」

「どうぞお手柔らかに」


 その結果がどうなったかだって? 最初は良かったよ、1セット目は俺が取ったんだ。このままストレートに勝てると思ってたよ。淡い夢を見てしまったよ。

 次のセットから全く歯が立たなかったけどね。あはは……。最初だけ花を持たせてくれたのかな?


「だーッ! 負けた負けた!」

「いい勝負だったね」

「10点以上の差がついていい勝負な訳あるかっ!」

「だってそれは私のせいじゃないでしょ」


 由真の正論に俺は返す言葉を失う。勝負に手を抜かないのは俺も納得が出来るからいい。それにしてもどうして俺は彼女に勝てないんだろう。それがとても悔しかった。


 勝負に負けたので、放課後いつもの通りにいつもの店に向かう。常連状態だけど、逆に勝負の時以外はこの店には寄らなくなっていた。俺にとってこのうどん屋さんはそう言う特別なお店になってしまっていたのだ。

 一緒に入店した由真は、当たり前にように笑顔できつねうどんを注文する。


「うんまうんま」

「本当にきつねうどん好きだなお前」

「だって美味しいじゃない」


 本当に美味しそうに彼女はきつねうどんを食べている。その様子を見ていると、実際の味よりも美味しそうに見えるから不思議だ。実際、由真と一緒にお店に来ている時は、店のきつねうどんの注文率が高いように思える。気のせいかも知れないけど。

 そんなきつねうどん大好き少女をじいっと見つめていた俺に、ふとある閃きが降りてきた。


「お前、前世狐だろ」

「そうかも」


 俺の前世占いを由真はそのままあっさりと受け入れる。あんまりスムーズに会話が成立してしまったため、俺は少し呆気に取られてしまった。

 しばらくすると、今度は彼女の方から話しかけてくる。


「で、晃は狸だね」

「なんで?」

「だって狸は狐に負けるじゃん」

「ま、負けてねーし」


 この時、俺はまだ勝負には負けていないと言う意味で強がったつもりだった。それを由真は狸は狐に負けていないと取ったようだ。

 大きな揚げをむしゃむしゃっと食べきった後、丼をテーブルに置いた彼女は挑戦的な笑みを浮かべる。


「じゃあ晃は狸以下だ」

「くっ……」


 実際、今までの戦歴は由真の完全勝利だったので、俺は全く言い返す事が出来なかった。劣等感が重くのしかかり、それからは彼女の顔をまともに見る事が出来ないまま。

 だから、由真が何かある度に俺の事を見ていた事にも全然気付かずにいた。



 中学生活はそれなりに楽しく、卓球部でもギリレギュラーになってそれなりに活躍も出来た。勉強だったりスポーツだったりの彼女との戦いも続いたものの、お約束のようにずっと勝てないまま、中学時代は割とあっさりと終わりを告げる。

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