柊さんはおごらせたい 後編

 高校は由真とは違うところに行こうと思っていた。もうあんな惨めな日々は終わりにしたかったのだ。

 だけど中3では別のクラスだった事もあって志望校について調べる事も出来ず、そもそも特に調べる気もなく、たぶんアイツはあの高校を選ぶなと言う予想を立てて、それ以外の学校を選んだ。部活で合う事はあっても進学の話は一切しなかった。

 話せば必然的に俺の志望校も口にする事になるし、そうなったら結果は火を見るより明らかだったからだ。


 そう言う流れで高校受験当日、同じ学校に受験に向かう中で由真の姿を見つけた時、俺は頭を抱えてしまう。間違えて落ちてやろうとも思ったけれど、結果は合格。合格発表を見に行った日には何故か隣り合ってしまった。


「受かってた?」

「受かってた……」

「ならもっと嬉しそうにしなさいよう」


 由真は俺の肩を豪快にバンバンと叩く。周りには俺達の事を知らない地域の人も多くいるのに。恥ずかしくなった俺は彼女の手を払って速攻で学校を後にする。

 こうして俺達は高校でも同じ学校に通う事になってしまった。いい風に言えば運命なのだろう。俺の頭には因縁と言う言葉が浮かんでしまったけれど……。


 そうしてその縁の強さはまたしても俺達を同じクラスにしてしまう。中学と違って周りは俺達の地元以外のクラスメイトもたくさんいて、だからこそ由真の方も簡単に俺に勝負をふっかける雰囲気ではなくなっていた。

 この状況に、俺はほっと胸をなでおろす。


 高校に入って1ヶ月を過ぎて、席の近いクラスメイトと俺は仲良くなった。その新しい友達と俺は休み時間にオセロを楽しんでいた。


「うお~逆転された~!」

「油断大敵だぜー」


 俺がドヤ顔で勝利宣言していると、その声に釣られたのか、満を持して由真がやってきた。やってきてしまった。


「ねぇ、私も混ぜて混ぜて」

「じゃあ柊さん、俺の代わりに遠藤を倒してくれ~」

「よし、任された!」

「ちょまっ……」


 高校に入ってからは彼女との勝負をずっと避けていたのに、あっさりと勝負はなし崩し的に始まってしまう。今までスポーツ系の勝負と学力勝負はしてきたけど、ボードゲーム勝負はしていなかった。

 オセロはそれなりに腕に覚えはあるし、もしかしたらこの勝負なら? と、俺は僅かばかりの可能性を信じてしまう。


「おお、結構強いじゃん」

「今度こそは俺が勝つ!」

「うわ~これは負けそう」

「よっしゃあ! これで……あれ? あれれ?」


 最初に調子良く勝っていたのはまたしてもブラフだった。オセロは一手間違うとすぐに逆転されてしまう可能性のある恐ろしいゲーム。先を読む力がないと簡単に形勢は逆転してしまう。俺は油断してはいけない勝負で油断してしまった。それが敗因だ。

 そう、この勝負もまた由真の勝ちで終わったのだ。パタパタと黒が白に変わっていくさまを、俺は無言で見つめるしか出来なかった。


「あ、ごめん、勝っちゃった」

「ごめんじゃねーよ……」


 放課後、勝負に負けたと言う事で、俺達は馴染みのうどん屋さんへ。小学生の時からお世話になっているだけあって、このお店も何度かリニューアルしている。

 つい最近もまたリニューアルしたらしく、何やら最新の設備が導入されたらしい。ま、食べる方はあんまり気にはならないんだけどね。味は特に変わってないし。


 そんな訳でいつものように彼女にきつねうどんをおごり、俺はぶっかけうどんを注文する。2人で並んで向かい合って食べていると、何かが気になったらしい由真が店内を改めて見回していた。


「ねぇ、このお店、変わったよね」

「そりゃ変わるだろ」

「ほら、特にあそこ、ロボットがうどん作ってる」

「えっ?」


 彼女の指摘に、俺も慌てて厨房の方を眺める。そこでは本当にロボットがうどんを作っていた。産業用ロボットみたいなのが実に効率よくうどんを作っている。ロボットが作るうどんと言うのがリニューアル後のこの店の売りとなっていたのだ。

 なので、店内にはロボット目当てのお客さんも結構いるみたいだった。ロボットの導入は経費削減とかそう言うのもあるのだろうけど、初めて見るその光景に俺達はしばらくの間釘付けになっていた。


「びっくりだよね」

「何で今まで気付かなかったんだろ」

「本当、何でだろ」


 俺達はそう言って笑い合う。人は気にしていないものは記憶に残さないって言うけど、そう言えばいつの間にか厨房の方は全く気にしなくなっていた。だから目にしても記憶に残らなかったのだろう。

 きっと由真も俺と同じだったんだ。だから改めて目にして驚いていたんだ。


 いつしか俺達はお互いにお互いの事しか見ていなかった。そうやって意識してしまうと、目の前の腐れ縁の同級生女子が特別に見えてきて、心臓の鼓動が高まっていく。

 焦った俺はうどんの残りを急いで胃袋に収めようと、急いで麺を喉に流し込んだ。


「ねぇ、今度は何の勝負しようか」

「こ、今度は負けねーからな!」


 先にきつねうどんを食べ終わった由真が俺の顔をじっと見つめる。逆に俺は彼女のその視線から顔をそらしてしまった。


「もし晃が勝ったらさ」

「ん?」

「きつねうどん、おごったげる」

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