もりくぼの小隊さんからのお題
柊さんはおごらせたい 前編
「
「やんねーよ」
「え? 何で?」
「嫌いなんだよ」
俺は野球が嫌いだった。何故なら――。
それは小学3年生の頃の話、その頃の小学生男子と言うのは、スポーツに目覚める年代でもある。ご多分に漏れず、俺もまた野球と言うスポーツに魅力を感じ始めていた。
そうして父親に野球道具をせびり、キャッチボールとか、そう言う野球の真似事を楽しんだりもしたりしていた。男子が集まって野球をし始めると、俺もそれなりに活躍をしたものだ。
そのまま順調に行けば、近所の少年野球チームに入って本格的に野球を楽しんだのかも知れない。
けれど、そんな俺の前に天敵が現れたのだ。そいつは俺が楽しそうに野球をしている時に現れた。
「あ、晃、野球してるんだ。ねぇ、勝負しない?」
「由真? 冗談止めろよ、女子が野球で男子に勝てる訳がないだろ?」
「おー。言ったね! じゃあ勝負決定ー!」
そんな流れで、俺はクラスメイトの女子、
そう、俺は由真に全く手が出なかった。彼女の投げるボールを打てなかったし、俺の投げたボールは全て打ち返されてしまったのだ。嫌いになって当然だよな。
完全に自信をなくした俺がうなだれていると、由真は側まで寄ってきてこそっと耳打ちをする。
「私の勝ちだから、きつねうどんおごってね」
「な、なんでだよ!」
「嫌? じゃあもう一回勝負する?」
「わ、分かったよ……」
俺は勝負に負けた罰で、由真にきつねうどんをおごらされた。その店はその頃に出来た真新しいセルフのうどん屋さん。店が新しいのとお手頃な値段と言うのもあって、俺達のような小学生から大人まで色んな人で賑わっていた。
とは言え、その頃の俺のおこづかいじゃ一人分を買うのが精一杯で、だから由真が食べるのをよだれを我慢しながら見ているしかなかった。こんな悔しい事はない。
こんな経験をさせた野球を好きになるはずもなかった。
「ぬふふー、勝利の味うんまうんま」
「けっ」
「あ、うどん欲しい? あげようか?」
「ばっ! 食べかけなんていらねー」
こんな感じで由真に馬鹿にされたのもまた気に入らなかった。だから、野球以外のスポーツに興味を持つようになる。この生意気女子に邪魔されないようなスポーツ、それを探した。
そこで気に入ったのが、サッカーだった。
と言う訳で、今度はサッカーボールを買ってもらって、サッカーの練習をする。リフティングとか、ドリブルとか、見様見真似なものの、それなりに自信がついてきたところで、クラスメイトを集めて今度はサッカーで汗を流すようになる。
バンバンゴールを決めて、もっとサッカーを極めようと考えるようになったところで、またしても由真が俺の前に現れた。
「今度はサッカーなんだ。偶然だね。私も始めたんだよ」
「また勝負かよ、いいぜ。やるか?」
「おっ、いいね。やろっか」
サッカーに関してすっかり調子に乗っていた俺は、今度こそリベンジだと今度は自分から勝負を持ちかける。この申し出を由真はふたつ返事で受け入れた。
その結果はと言うと――またしても彼女の一方的な勝利だった。俺のキックは全てセーブされたし、由真の放ったシュートは全てゴールに入ってしまう。
またしても才能の差を実感させる結果となり、俺は膝から崩れ落ちた。
「じゃ、私の勝ちだからきつねうどんね」
「くっそ!」
負けたらきつねうどんは、こうして俺達のお約束のルールになった。その後も由真とは事あるごとに衝突する事になる。
その内にテストの点でも競う感じになり、その度にきつねうどんをおごらされた。俺も負けないようにと頑張る事で相対的に学力は上がったものの、どうしても由真の点数に後一歩及ばない。そんな日々が続く。
サッカーで負けてからは絡まれないように極力スポーツを控えていたものの、5年生の時にクラスで謎の水泳ブームが起きてしまう。こう言うブームについ乗っかってしまう俺は、今度は水泳に力を入れ始めた。
平泳ぎや自由形、背泳ぎをマスターして、今度はバタフライに挑戦しようかと言う矢先に、またしても俺の前に由真が立ちはだかる。
「晃、やっぱり水泳にハマってる。そうなると思ったよ」
「由真、まさかお前……」
「うん、勝負しよっ!」
本当はこの勝負、何とかして避けたかった。なのに、話を聞いていた周りのクラスメイト達が
今までのジンクスが思い浮かぶものの、俺は必死で頭を左右に振って邪念を振りほどいてこの勝負に臨んだ。
結果は――タッチの差で由真の勝利。またしても俺は彼女に勝てなかった。
「いい勝負だったね!」
「うっさいよ!」
僅差だろうと負けは負け。俺は男子からのブーイングを受けながらプールから上がった。うう、何でいつもこうなってしまうんだ……。
勝負に負けたので、また由真にきつねうどんをおごる。いつもながら彼女はとても美味しそうにきつねうどんを食べていた。
別にこのうどん屋さんはきつねうどん専門店でもないし、きつねうどんが特に美味しいと言う訳でもない。俺も食べてみたけど、普通の味だった。単に由真がきつねうどんを好きなだけなのだろう。
俺はそんな彼女を眺めながら、ずっと疑問に思っていた事を口にする。
「なんでいつも俺の真似するんだよ」
「だって晃、いつも楽しそうじゃん。だからだよ」
由真はそう言うと屈託のない笑顔を向ける。俺が楽しそうにしているから……。その言葉を何度も反芻してどう言う意味なのかを考えていると、今度は彼女の方から質問が飛んできた。
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