あーちゃんの小さな冒険 後編

 声を上げずにポロポロと涙を流すあーちゃんを見た妖精さんは、ハァとため息ひとつ吐き出すと、腰に手を当てました。


「しゃーないのう。ほな、ついてきい!」


 こうして、妖精さんに導かれて、あーちゃんは無事に知っている道まで出てくる事が出来ました。見覚えのある道についたあーちゃんは嬉しくなって思いっきり駆け出します。

 そうして、大きな道路に出たところであーちゃんはやっと我に返って振り返りました。


「妖精さん、あり……あれ?」


 そうです。あーちゃんを導いた妖精さんはもうどこにもいなかったのです。あーちゃんはすぐにお礼を言わなかった事を少し後悔しました。何かしてもらったらちゃんと有難うを言うようにと、ママに言われていたからです。

 あーちゃんもまた、お礼を言ってその人が笑顔になるのを見るのがとても好きでした。


 けれど、お礼を言うためにもう一度森に入るのも何だか違う気がして、あーちゃんは森に向かって心の中で妖精さんにお礼を言うと、そのままの自分の家に帰ります。


 家に帰ると、さっきあった出来事をそのままママに話しました。いきなり興奮気味に一方的に話しかけられて、あーちゃんのママも少し困ってしまいます。


「でね、でね、妖精さんがあーちゃんを助けてくれたんだよ」

「そうなんだ。良かったねえ。でもまだ小さいのだから1人で森に行っちゃだめよ」

「うん、ごめんなさい」


 何も言わずに1人で森に行った事を注意したあーちゃんママでしたが、その後は優しくぎゅうっとあーちゃんを抱きしめました。

 ママの優しい暖かさをその肌で感じて、あーちゃんはようやく家に帰ってこれた事をしっかりと実感して、ぎゅうっとママを抱き返します。


 2人はしばらく抱き合った後、ゆっくりと離れました。ママはまた家事に戻ろうとしたのですが、そこであーちゃんは明日の事について口を開きます。


「あのね、それでね、妖精さんが明日の晩も森に来てって言ったんだ。いいもの見せてくれるんだって。だからあーちゃん行っていい?」


 その言葉を聞いたあーちゃんママは驚いて目を丸くします。また1人で暴走されてはいけないと、あーちゃんの顔をじっと見つめるのでした。


「そうね、ママと一緒なら」

「わあい、ママと一緒なら大丈夫だあ!」


 こうして、明日の晩はママと一緒に森に行く事となりました。大好きなママと一緒に行ける事になって、あーちゃんは大喜びです。ママも自分が一緒に行く事で一安心だと表情を柔らかくします。

 それからは、あーちゃんはいつものように過ごすのでした。


 夜になってパパが帰ってくると、あーちゃんは今日の事を興奮気味に話します。お仕事で疲れているはずのパパも、あーちゃんの話をニコニコ笑顔で聞いてくれたのでした。


「そっかぁ、じゃあ明日の晩はまた妖精さんに会えるかもだね」

「うん。会えたらいっぱいいっぱい有難うって言うんだ」

「あーちゃんはいい子だね。きっと妖精さんも喜んでくれるよ」


 パパはそう言うと、あーちゃんの頭を優しくなでなでします。パパに褒められてあーちゃんも満足顔。こうして、明るい家族団らんの時間はあっと言う間に過ぎていくのでした。


 そうして次の日の夜がやってきます。しっかりとおしゃれして虫除けスプレーもふりかけて身支度を整えたあーちゃん達は、念のために携帯蚊取り線香もつけると、妖精さんの言葉の通りに森へと向かいました。はぐれないようにと、ママとあーちゃんは手を強く繋いでいます。

 日が暮れてから家を出るのが初めてだったあーちゃんは、この時、とても興奮していました。


「あーちゃん、夜に外に出るの初めて」

「夜は危ないから決して1人では出歩いちゃダメよ」

「うん。今日はママと一緒だもんね」


 あーちゃんは少しいたずらっぽく笑います。その笑顔を見たママもニッコリと笑うのでした。あーちゃんの家から森は近いのであっと言う間に辿り着きます。

 懐中電灯で前を照らしながら2人が森に着いた時、普段と違うその様子にあーちゃんは首を傾げました。


「あれれ? たくさん人がいるよ?」

「あ、本当だ」


 そうです、昼間でもあんまり人がいない森に、今夜は沢山の人が集まっていたのです。普段の静かな森の様子をよく知っていたあーちゃんは、大勢の人が集まっているのが不思議でなりませんでした。森の前では、あんまり人が多いので誘導する人までいるのです。

 このいつもと全然違う雰囲気に、あーちゃんは少し戸惑っているみたいでした。


 そんなあーちゃんの緊張が握っている手から伝わってきて、ママは改めてあーちゃんの顔を覗き込みます。


「面白そうだし、ついていってみましょ」

「う、うん……」


 正直、あーちゃんはあんまり乗り気ではありませんでした。何故なら、知らない人が沢山いたからです。実は、あーちゃんは少し人見知りなところがありました。

 ですが、ママに誘われたので勇気を振り絞ります。2人はそのまま大勢の人の中に混じり、誘導されるままに森の奥へと進みました。

 そこであーちゃん達を待っていたのは、とても素敵な景色だったのです。


「わあ!」


 その幻想的な光景を見て、あーちゃんは思わず声を漏らします。森に入った大勢の人達の目的もまたこの景色のようでした。

 そこには、暗い夜を照らすホタルがたくさん飛んでいたのです。


 沢山の優しい光が空を飛び回りながら呼吸するようにゆっくりと点滅する姿は、とても幻想的なものでした。

 初めて生きているホタルが目の前を飛び回る景色を目にしたあーちゃんは、虫が嫌いだった事もすっかり忘れてすごく興奮してしまいます。


「ママ、ホタルさんだよ! こんなにいっぱい!」

「本当だ。沢山飛んでるね」


 どうやら、ママはこの時期の森にホタルが飛んでいる事を知っていたみたいでした。それでも数え切れないほど飛んでいる事までは想像出来ていなかったみたいで、沢山の光が目の前を幻想的に飛び回る姿を見て、あーちゃんに負けないくらいに目を輝かせます。


「こんなにすごいのはママも初めてかも……」

「これが妖精さんの言ってた『いいもの』だったんだ!」

「あーちゃん、良かったね」


 こうして、あーちゃん達は夜の森の幻想的な景色をたっぷりと楽しんで家に帰りました。もう一度妖精さんに会う事は出来なかったけれど、妖精さんからのプレゼントはしっかりと受け取れたのです。

 この夜の森の幻想的な景色をあーちゃんはずっと忘れない事でしょう。あの親切な妖精さんの事もきっと――。

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