上原 友里さんからのお題
あーちゃんの小さな冒険 前編
あーちゃんは9歳の女の子。今日はちょっとした目的があって森の中を歩いています。季節は6月、ちょうどホタルの飛び交う時期ですね。そう、あーちゃんの目的もホタル――ではありません。だってまだお昼なんですもの。昼間に光るホタルはいませんよね。
あーちゃんが歩いている森は家のすぐ近くの裏山です。大きな道路も通っていますが、脇道に入れば自然豊かな細い道が幾つも枝分かれしていて、どんどん奥に入っていけるのです。
そうして、あーちゃんは汗をふきふき、その奥へ奥へと足を踏み入れていきました。
森の中は自然が豊富ですが、意外と虫はあんまりいません。なので用意していた虫よけの携帯用蚊取り線香は使う機会がなさそうです。
折角この日のためにマッチの使い方を練習していたのに残念だなあと、あーちゃんは思うのでした。
「あれ?」
ある程度道を歩いたところで、あーちゃんは首をひねります。一体どうしたのでしょう?
実はあーちゃんはこの山を1人で歩くのは今日が初めてでした。そう、夢中になって歩いていたので、道に迷ってしまったのです。
これには、いつも割と脳天気なあーちゃんも困ってしまいました。
けれど、楽天的なのがあーちゃんのいいところ。道に迷って困ってはいましたけど、歩いていればその内知っている道に出るだろうと考えたのです。
それからあーちゃんは自分の直感に従って、ずんずんとまるでその道で正解だと言わんばかりの力強い足取りで森の道を進んでいきました。
森は木々が生い茂り、日の光をいい具合に和らげています。つまり、昼間でもとても心地が良いのです。木々の葉っぱをすり抜けて吹いてくる風も心地良く、森の匂いはとても心を良い気持ちにさせてくれました。
時々聞こえてくる鳥達のさえずりはあーちゃんを歓迎してくれるようで、1人で歩いているのに全然淋しくありません。
ですが、どれだけ歩いても知っている道に戻れないのです。歩き疲れてきていたのもあって、ついにあーちゃんは泣き出してしまいました。
「うえーん。ママー」
あーちゃんがどれだけ泣いても問題は解決しません。だって森には1人で来たんですもの。誰にも行き先は告げていないのですもの。泣くだけ泣いて疲れ切ったあーちゃんは、その場にぺたりと座り込んでしまいました。
その間も森は普段通りを演じ続け、誰もこの小さな迷子を慰めはしてくれません。仕方がないので、あーちゃんはそのまま休憩をする事にしました。
あーちゃんが座り込んでどのくらいの時間が経った事でしょう。5分かも知れません。10分かも知れません。それとも座り込んで30秒も経っていないのかも知れません。
とにかく、ある程度の時間が過ぎたところで、あーちゃんは森の奥をふわふわと飛んでいる何かを発見します。
「蝶々?」
あーちゃんはすぐに立ち上がると、その飛んでいるものの正体を確認しようとしました。すっかり体力は回復していたので、元気は満タンです。なので、立ち上がったあーちゃんは一気に駆け出しました。
追いかけて追いかけて、やがてその何かに何とか追いつきます。
あーちゃんが蝶々だと思ったそれは、何と――。
「妖精さん?!」
そう、それは背中に羽が生えていて、ちっちゃい人間のような姿をした生き物だったのです。そう言う生き物の事を妖精さんと言うのですよね。
あーちゃんはアニメとかで妖精さんの事を知っていました。妖精さんは物語の中の存在で、本当はいないと言う事も。
そんな妖精さんが目の前にいたのです。興味を持つなと言う方が無理な話です。あーちゃんもすっかり妖精さんに心を奪われてしまっていました。
そうして、気配を消してゆっくりと慎重にその小さな生き物に近付きます。それから、しっかりとタイミングをうかがいました。
当の妖精さんは人間の女の子に狙われているなんてちっとも気付かずに、ふわふわとのんきに気ままに飛んでいます。
そうして飛びつかれたのか、大きな草の葉っぱの上にふわりと止まりました。
「今だ!」
あーちゃんはその瞬間を見逃さず、妖精さんを両手でガシッと掴みました。この突然のアクシデントに妖精さんは大変驚きます。
「な、何してんねん!」
「うわああああ! シャベッタァァァ!」
妖精さんが喋った事にあーちゃんはびっくりして、思わず大声を上げてしまいました。静かな森です、その声はあちこちに響き渡りました。
目の前で大声を出された妖精さんは、顔をしかめて声の主の方に顔を向けます。
「喋るわ! アホか!」
「うえええん……」
妖精さんに怒られて、あーちゃんは思わず泣いてしまいました。道に迷って不安だったと言う事もあるのでしょう。
わんわんと泣き出されたので妖精さんの方も困ってしまい、すぐにあーちゃんを慰めようと声の勢いを落とします。
「分かった分かった。こっちもちょっと言い過ぎたから」
「妖精さん、ごめんなさあい」
「謝るなら出してくれへんかな?」
妖精さんに言われて、あーちゃんはゆっくりと手を開きました。自由の身になった妖精さんは背中の羽の調子を確かめると、ふわりとあーちゃんの肩に止まります。
「自分なんでここに来たん?」
「珍しい花とかないかなって」
そうです、あーちゃんが森に1人で来た理由、それは花を探していたのでした。図書室にあった図鑑で見た珍しい花がすごく気になって、この森のどこかにそれが咲いていないかなと探し歩いていたのです。
この話を聞いた妖精さん、森の事に詳しかったようで普通に即答しました。
「あるで」
「本当! 教えて!」
妖精さんの返事を聞いたあーちゃんの目が輝きます。逆に妖精さんの方はあんまり面白くなさそうな表情を浮かべました。
「でもなー。君どんくさそうやし無理やわ」
「そうなの?」
妖精さんの話によると、その花は小さな女の子が自力で行けるような場所には咲いていないとの事。この話を聞いたあーちゃんはがっくりと肩を落とします。
そんなあーちゃんの様子を目にして、とても可哀想に思えた妖精さんは、咄嗟に代わりのアイディアを提案しました。
「虫とかどうなん? 珍しい虫とかもこの森にはいっぱいおるで?」
「虫はあんまり……キモいし」
折角の妖精さんからの心遣いでしたが、虫の苦手なあーちゃんはつい本音を口にしてしまいました。森の虫達とも仲の良かった妖精さんはこの言葉に気を悪くします。
「キモいとかい言うなや……。アイツらも頑張って生きとるんやで……」
「で、でもっ……」
頭では分かっていても、本能が拒否しているものは仕方がありません。とは言え、妖精さんの言葉はあーちゃんにぐさりと刺さります。そのせいで理性と本音がぐちゃぐちゃになってしまい、あーちゃんは頭を抱えてしまいました。
そんなあーちゃんを見て、妖精さんもまた一計を案じます。
「んじゃあ、明日の晩、またこの森に来てや。ええもん見せたるわ」
「本当?」
「せや、妖精は嘘つかへんで」
「あ、でも私、ここから出られない……」
あーちゃんは自分が道に迷っていた事を、ここで唐突に思い出しました。またしても悲しみがあーちゃんの心の器を満たしていき、自然に目から涙が溢れていきます。
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