冒険家レニの災難 後編

 途中で振り返ると、ララはまだずっと手を振ってくれていた。それを目にした彼は心に暖かいものを感じ、すっかり先日まで執拗に追われていた事を忘れてしまう。

 朝の賑やかな村の中を軽く観察しながら、レニは顎に手を当てて今後の事を考えた。


「さて、これからどうするかな?」


 背伸びをしながらテクテクとのんびり歩いて村を出ると、すぐに彼はその先で待ち伏せしていた女盗賊にばったり遭遇する。

 彼女は何故かすこぶる機嫌が悪く、上機嫌でのんきに歩いていたレニを強くにらみつけた。


「お前、よりによって私の地元に逃げるとは……」

「あそこ、お前の地元なのか。じゃあ知り合いとかいる?」

「うっせ! とにかくお宝をよこせ!」

「やだね!」


 レニは女盗賊を軽く挑発すると、再び村に入り、そのまま中心部に向かって走り出した。盗賊が村に来なかったのはそこが彼女の地元だからだろうと考えたからだ。知り合いには今の落ちぶれた姿を見られたくはないのではないかと。

 けれど、流石に対象者に舐められるのだけは我慢が出来なかったのか、女盗賊は怒りの形相のままそのままレニを追いかけてきた。あてが外れた冒険者は更に必死になって、走るスピードを上げる。


「知り合いに見つかってもいいのかよっ!」

「うっせぇ! お宝をよこしやがれ!」

「あれ? ソフィアお姉ちゃん?」


 必死の逃亡劇の最中、そこに偶然通りがかったララが衝撃の真実を告げる。その言葉を聞いたレニは彼女のもとに駆け寄った。


「えっ? 君のお姉さん?」

「そうだけど? えっ?」


 自慢の姉が冒険家を追いかけていたと言うこのシチュエーションを前にララは混乱する。女盗賊のソフィアもまた、愛しの妹とレニが絡んでいるのを見て激高した。


「テメ、妹に何をした!」

「いや、いやいやいや!」


 変な誤解が生じていると直感したレニはすぐに手を左右にすばやく振ってその誤解をとこうとする。ララの困惑具合からすると、彼女は姉が女盗賊なんて言うヤクザな家業をしている事を知らなかったようだ。

 彼はそこで今朝の姉の事を楽しく話すララの様子を思い出す。元々素行が悪ければ、あんな風に楽しく話す事はないだろう。


 と言う事はつまり、ソフィアもまた元々はララ同様に明るく優しい女の子で、何か事情があって女盗賊に落ちぶれてしまったのかも知れない。

 そこまで考えたレニは、この状況をどうにかうまく収められないかと考えを巡らせる。


 境遇の変わってしまった2人を見比べていたレニは、ここであるアイディアを思いついてポンと手を打った。そうして、妹の方に向かって手招きをする。


「ララちゃん、ちょっと……」

「はい?」


 呼ばれた彼女は素直にレニのもとに駆け寄った。そうして素早くララを拘束する。この突然の出来事に彼女は混乱し、レニのされるがままになっていた。

 一連の動作が完了した後、ずっとその様子を見守っていた姉に向かって警告する。


「妹を助けたければ、もう俺に関わるな!」

「なっ、ララを離しやがれ!」


 大事な妹を助けようとソフィアは腰のムチを取り出し、素早くレ二の腕を叩いた。その見事な早業でララは呆気なく開放される。


「くっ、流石だな!」

「お前、今更何のつもりだ!」


 妹を危険な目に遭わせたレニにソフィアは鬼の形相で迫る。その本気の迫力に、彼は演技がかった仕草で懐から宝玉を取り出した。


「こ、これは返すから勘弁してくれ!」 


 そうして、手をわざとらしく震わせながら宝玉を地面に置く。この突然の展開に動揺を覚えたのは姉だけではなかった。ララは姉の肩を掴みながら声を震わせる。


「ど、どう言う事?」

「盗賊は実は俺の方だったのさ。君の姉さんはそれを取り返すために俺を追いかけていた」


 そう、これがレニの考えた作戦だった。自ら悪を演じる事で姉に花を持たせる。妹に自分が盗賊である事を伏せたかったソフィアは、この彼の稚拙な作戦に乗っかるしか出来なかった。


「姉さん、本当なの? 私には……」

「あ、ああ……。あ、アイツの言ってる通りだ」


 こうして、ソフィアは宝玉を手に入れる。そのタイミングを見計らってレニは立ち上がると、そのまま踵を返した。


「じゃあ、俺は行くぜ」


 宝玉を手に入れたソフィアにもう彼を追いかける理由はない。姉妹は去っていく自称盗賊を何も言わずに見送っていた。


「くそっ、調子狂うぜ……」


 追われる理由のなくなったレニは改めて村の観光をする。冒険家として、この村に何か面白い冒険の種がないかと興味を持ったのだ。歴史のある集落と言うのはひとつやふたつ、何かしら珍しい伝説が残っていたりするもの。

 案の定、中々に興味深い伝説を幾つか取材する事が出来、彼はホクホク顔でそれを手帳に書き記す。


 逸話を集めつつ、地元の名産品や名物料理を堪能し、歴史的な建物や遺物を観察と、夢中になっている内に3日が過ぎていった。

 そうして、存分に楽しみ尽くした彼は村を後にする事にする。


 軽い足取りで村を出ようとしたところで、待ち構えていたソフィアがレニを呼び止めた。


「一体、お前は何のつもりであんな……」

「ララから色々事情を聞いてさ。君も好きで盗賊してたんじゃないんだろ? お宝はまた次を探せばいい。じゃあ、妹と仲良くな」


 ソフィアからの追求に、彼はニヒルな笑顔を向けて軽く返す。そうしてさっと右手を上げると、別れのジェスチャーをした。彼女はそんな彼の心の余裕に毒気を抜かれ、そのまま村を出る冒険家を見送る。

 そこでハッと気付いたソフィアは、彼に背中に向かって大声で叫んだ。


「くそっ。この借りはいつか返すからな!」

「ああ、期待しないでおくよ」


 レニはその宣言を振り返らずに聞き流す。こうして彼の最初の冒険の顛末は幕を下ろしたのだった。


 その後、冒険家レニは様々な冒険を繰り広げ、各地での数々の武勇伝と、彼をモデルにした物語が作られる事となる。

 最初の武勇伝で関わった姉妹も後に合流し、彼の冒険を支える頼もしい仲間となったとか、ならなかったとか。

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