夕日 ゆうやさんからのお題

冒険家レニの災難 前編

 冒険家のレニは盗賊に追われて走っていた。何故追われていたのかと言えば、彼がお宝を持っていたから。お宝を持っている事を知られていたからだ。

 盗賊の1人の女性で、かなりの修羅場を潜ってきたような雰囲気があった。レニがどれだけまこうとしても執拗に追い続けてくる。

 そのあまりのしつこさに、つい独り言をしゃべってしまうほどに。


「くそっ、しつこい!」



 彼は古本屋で見つけた古文書からまだ発見されていない遺跡の記述を見つけ、その正体を確認するために冒険家の第一歩を踏み出した。

 古文書の解読自体には時間がかかったものの、その内容自体は正しく、レニは記述に従ってとある山中にある洞窟の中に古代の神殿跡を発見する。その際、祭壇にあった宝玉を彼は証拠として持ち帰った。


 宝玉の事は公式に発表するまで秘密にしていたものの、価値を調べるために鑑定に出したところ、そこで情報が漏れてしまったらしい。

 鑑定の結果は謎が多く、現時点ではハッキリ言えないもの言う結果となって持ち主に戻ってきた。

 この時、その謎の神秘性から闇の業者に目をつけられてしまったようなのだ。


 不思議な物を欲しがる金持ちは多い。彼らは自分しか持っていないものをステータスにしがちだ。当然、宝玉には法外な値段が付けられ、表から裏からレニに話が持ちかけられるようになる。

 彼はそう言うのを片っ端から断っていたものの、金で奪えないなら力づくでと、今度は多くの荒くれ者から狙われる結果となってしまったのだ。


 大抵の盗賊はレニの機転の早さでうまく煙に巻く事が出来たものの、その中の1人、現在もずっと狙い続ける彼女にだけは、レニのどんな作戦も見事にクリアされてしまっていた。

 この女盗賊の得意武器はナイフにムチ。状況に応じてその武器を匠に使いこなし、レニは何度も命を狙われてしまう。


 勿論彼も冒険家の端くれ、護身用に銃を持っている。何度か威嚇でこの女盗賊に向かって発砲したものの、当てる気がないのがバレバレなのか、ほとんど効果はなく、足止めにすらならなかった。


 女盗賊と冒険家の逃亡劇は何日も続き、互いの体力を消耗させていく。昼は人混みに紛れてやりすごせても、そこから離れて少しでも休憩しようものなら襲ってくるし、夜などは常に強い視線を感じてレニは全く休む事が出来ずにいた。

 それほどまでに、女盗賊の執念は凄まじかったのだ。


 夜通し逃げ回った彼は、何とかお宝を守りきりながら辺境の小さな村に辿り着く。そこはあまりにも長閑な村で、街とは時間の流れまで違っているようだった。

 村を行き交う人々もみんな人が良さそうで、常に子供達の元気な笑い声が響き渡っている。


 そんな村の雰囲気に安心感を覚えたレニは、徹夜で逃げ回っていたのもあって路地裏に身を隠すと、そのまま糸の切れたマリオネットのように寝入ってしまう。

 この時、不思議とあのしつこい女盗賊は姿を現さなかった。もう追跡をあきらめたのだろうか?



 数時間後、路地裏で倒れているのを重病人だと思い込んだ村娘が彼を自分の家に運び込み、自身のベッドに寝かせる。レニは急に良い環境になったのもあって、その後も丸一日ぐっすりと眠ってしまったのだった。

 彼が目を覚ましたのは、次の日の朝の一番鶏の賑やかな鳴き声。


「あれ? ここは?」


 気がついたレニはふかふかのベッドから香ってくるお日様の匂いと、柔らかい女の子に匂いに幸せな気持ちになる。

 しばらくその多幸感を味わっていると、不意にドアがノックされ、彼を助けた村娘が入ってきた。この来訪に驚いた彼は、そのまま反射的に起き上がる。


「あ、もう大丈夫?」

「えっと、君は?」

「私はララ。ずっと起きないから心配しちゃったよ。今日もそうならお医者さんに来てもらおうかと思ってたんだけど……」

「俺はレニ。君が助けてくれたんだ。有難う、助かったよ」


 ララと名乗ったその村娘は人懐っこい笑顔で笑う。その笑顔に安心してレニも笑顔を返すと、突然グゥとお腹が鳴った。その音を聞いた彼女はまたくすっと笑う。


「おかゆとかがいいかな?」

「いや、普通ので大丈夫」

「うん、分かった。ちょっと待っててね」


 彼女は食事の用意をするために部屋から出ていった。レニは少し申し訳ないなと思いつつ、その好意に甘える事にする。

 待ち時間の間にベッドから降りると、彼は体を解すためにストレッチを始めた。手足の力を緩め、体の屈伸などをして緊張をほぐす。その次は腕立て伏せや腹筋などのトレーニングを始めた。冒険家は体が資本、日々の体力の維持は当然の習慣だ。


 そうして日課の分を消化した頃、いい匂いと共にまたドアが開く。


「お待たせ、朝食持ってきたよ。口に合うかは分からないけど」


 ララが持ってきたお盆には美味しそうなスープとパン、それとサラダが盛り付けてあった。

 体を動かしてしっかりお腹を空かせたレニは、この用意してくれた朝食をまるで味わう暇も勿体ないくらいのものすごい勢いで、あっと言う間にぺろりと平らげる。


「美味しかった! 有難う」

「それだけ食欲があればもう大丈夫だね。安心した」


 見事な食べっぷりを見たララはとても満足そうにしている。そうして、ここで好奇心が首をもたげたのだろう、突然深刻な表情を浮かべるとその視線を彼に向けた。


「でも何があったの? あんな路地裏で倒れるなんて……」


 良くしてくれた恩もあって、レニはこれまでにあったいきさつを包み隠さず彼女に語る。古文書の事、宝玉の事、盗賊に狙われている事。

 どの話もララは真剣に、時にうなずきながら、時に驚きながら、それはもう感情豊かに聞いてくれた。


「そっか……。それは災難だったね」

「まぁでも、この村に入ってきてからは何故か追われなくなったけどね。ララちゃんは幸運の天使なのかな?」

「はは、まさか。でも嬉しい、有難う」

「いや感謝するのはこっちだから。何かお礼をしなきゃだね」


 ララはこの彼のお礼の話を丁重に断ると空になったコップに気付き、すぐにお茶を注ぎ直す。レニはそれを口に含んで一息つくと、今度は自分の番だとばかりに彼女の顔を見つめる。


「君は? この家に一人暮らし?」

「えっとね、去年までは姉と一緒に暮らしてたんだ。でも両親が死んじゃって……。それで姉はこの村を出て、今も仕送りしてくれてるんだ」

「妹思いのいいお姉さんだね。君もいつか村を出るの?」

「それはまだ……。私、この村が好きだし」


 将来の話をしたところ、ここで突然ララの表情が曇った。レニは少し口が過ぎたと反省する。少しの沈黙の後、朝食も終わったと言う事で彼女は無言で片付けをし始めた。

 胃袋も満たしてすっかり調子を取り戻した彼は、ララの後ろ姿にむかって明るく声をかける。


「じゃ、そろそろ行くよ。こんな見ず知らずの俺に良くしてくれて有難う」

「え? 危なくない? レニさんは狙われてるんでしょ?」

「いや、俺がここにいたらこの家が、君が危ないし。俺の方はもう大丈夫だから」


 彼女が食器を洗っている間に、レニは黙って外に出ていこうとする。けれど、彼が家を出て歩き出したところで、彼女が急いで玄関のドアを開けた。


「道中、お気をつけて」

「見送り有難う。将来伝記を書く時はこの事もきっと書くよ」

「じゃあ、美人に書いてくださいね」

「ああ、とびっきりの美人だって書いておくよ」


 そうして2人は軽く笑いあった。しばらくの沈黙の後、レニは彼女に見送られながら家を後にする。

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