あかつきらいるさんからのお題
ある研究者の手記
この手記を読んでくれてありがとう。見つけてくれたと言う事は、多分そうなんだね。どう言う経緯か分からないが、この手記だけは巡り巡って君のもとに届いた訳だ。私の思いがこうして伝わる事を嬉しく思うよ。
出来れば、どうか最後まで読んで欲しい。これは大切な事なんだ。警告でもある。もうこれ以上被害者を増やさないための。
この手記を読もうと思った君だからこそ、きっと理解してくれると思う。答えに辿り着いた君ならば。
もうとっくに分かっているはずだとは思うが、一応自己紹介をしておこう。私の名は
私には愛する人がいた。優しくて笑顔が素敵で花が好きだった。何より私を愛してくれて、献身的に支えてくれた。そんな彼女がある日突然いなくなってしまった。
当然、私は彼女を探した。自分の足でも探したし、警察にも頼み、探偵も雇った。ネットでも情報を拡散したし、ポスターを作ってあちこちに貼ったりもした。
街頭に立って情報提供を募ったし、彼女の知り合い全てに話を聞いて回った。そんな努力も空しく、一向に彼女の足取りは掴めなかった。
最後に目撃された場所までは特定出来たものの、そこから先は――。
私は途方に暮れたよ。ネットから返ってくる情報は正しくないものばかり。懸賞金をかけてさえ有力な情報は得られなかった。そこで私は考えた。自分もまた研究者の端くれ、この謎を自力で解いてやろうとね。
それでまずは失踪時の条件を調べる事にした。当時の天候はクリックひとつで簡単に分かる。その日は雨だった。
目撃証言から考えて、いなくなった時間、きっと彼女は花壇にいたはず。花好きな彼女の事だ、きっと花を眺めていたに違いない。傘をさして花を眺めていた事だろう。その時に何かが起こったのだ。
私はいても立ってもいられなくなり、その場所へと向かった。
きっとこの場所に何らかのヒントが隠されている。彼女は誰かに連れ去られたのか、自分からどこかに向かったのか。それとも――。
目撃証言がないために、新たな何かを見つけない限りここから先へは進めない。
現場にしゃがんで花壇に咲いている花を眺めていると、私の頭に電撃が走る。そう、この謎の失踪、他にも類似の出来事が起こってやしないだろうかと。
他の失踪事件に、似たような条件のものがありはしないだろうかと。
私はすぐに失踪者のデータベースを調べ、彼女のような条件の事件がないか調べ始めた。すると、すぐに類似の案件が幾つもヒットする。雨の日に花壇の近くでいなくなった人が他にも存在したのだ。
この事実が分かった時は真相に一歩近付けた気がして、私はとても興奮したのを覚えている。早速二十数件のその類似事件から私は共通点を探し始めた。
全てが同じ原因で失踪したのかどうかは分からない。だとしても、綿密に調べ、比較する事で見えてくるものが何かあるはずだと。
その調査で見えてきた共通点、それは失踪者は全て雨の日にいなくなっている事と、全員花が好きだったと言う事。花壇にいたのだから当然と言えば当然の話ではある。だからといって100%と言うのはやはり無視は出来ない。
そこで導き出されるのは、失踪時に花が関係していたのではないかと言う仮説。この説を確実なものにするために、私は各失踪事件の現場に足を運んだ。
失踪者達は雨の日に花を見ていたのだろうか。雨の日に花を見ていて何かが起こったのだろうか。様々な失踪現場を調べてみたものの、事件に繋がったであろう何らかの痕跡は何も掴めなかった。
せめてヒントでも見つけられないものかと、いなくなった現場周辺を更に調べる。近くをよく歩く人を中心に聞き込みを続けていると、そこで奇妙な話を耳にした。
雨の日に花びらの色が黄色く変わる花があるらしい。この話が私の耳に奇妙に引っかかった。
数人の専門家に問い合わせてみてはみるものの、そんな花はないと言う。ネットで調べても正当な研究者の書いた記事にそのような花があると書かれたものは見つけられなかった。
ならば、都市伝説だろうか。怪しげなサイトでは数多くある噂のひとつとして取り上げているものは見つかる。ただし眉唾だ。とても信用するに足りない。
ここまで来たら実地で調べるしかない。雨の日に色が変わるならば、その日に花壇に行けば見つけられるだろう。簡単な事だ。と言う訳で、私は雨の日を待つ。
2週間後、待望の雨の日がやってきた。私は傘をさして失踪現場の花壇に赴く。そうして該当の花を探すものの、専門家の話の通り、そんな花はどこにも見当たらなかった。どの花も雨に濡れたところで色を変えたりはしない。
私は無駄足だったのかと途方に暮れる。また最初からやり直しだ。
落胆した私はしゃがみ込み、そこに咲いていた小さな花を眺める。あの雨の日、彼女もまた同じ事をしていたのだろうか。
今までの行動がすべて空振りに終わって、他に何をすればいいのかも分からなくなった私はつい花に向かって語りかけてしまう。
何の意味もない事ではあったけれど、つい独り言が口から出てしまっていたのだ。
すると、ある花の花びらが黄色く変色した。そう、花の色が変わるのには条件があったのだ。花に向かって話しかける事。それがもうひとつのトリガーだった。
こんな不思議な花があっただなんて。
私はすぐに他の失踪事件の現場の花壇にもこの花があるかどうかの確認をする。花に向かって話しかけるおじさんと言う奇妙な光景は、周りからは奇異に見られたかも知れない。
だとしても、これはいなくなった彼女を探す有力な手がかりだ。ならばこそ、周りの目だろうが風評被害だろうが一切気にはならなかった。
そうして調べ回ったところ、確かに私の想像通り、全ての花壇にその奇妙な花は存在した。してしまっていた。
ただし、まだ謎は解けないままだ。今は奇妙な花があると言う事が分かっただけ。発見した私は失踪などしていない。その気配もない。きっとまだ何か条件があるに違いない。
この日、私の推理はここから先へは進めなかった。また日を改めた方がいいのかも知れない。
あの日からこの事件の事が引っかかっていた私は、ニュースに敏感になっていた。そうして、懸念通り雨の日になる度に失踪事件は起こり続けていた。私はこの謎を解く事を強く心に誓う。
私が解かねば誰も真相に辿りつけないと、そう強く確信してもいた。
けれど、失踪に繋がる最後のピース、それは見つからないまま。後もうちょっとのはずなのに……。
悩みに悩んだ私は原点に立ち返る。ミステリーで謎に詰まった探偵がよくそうするように。きっと何か見落としている。その何かを見つける事が出来たなら、きっとこの謎は解ける。そんな確信だけはあった。
そこで私は彼女の行動を思い出した。プロファイリングの手法だ。事件の関係者になりきってその行動をシミュレーションする事で事件をつまびらかにする。
頭の中で失踪時の状況を再現していると、ついに私はこの謎に迫る閃きを得る事に成功した。ようやく足りなかった最後のピースが埋まったのだ。
この閃きを確実なものにするため、私は最後の実験を行った。決行は次の雨の日。場所は失踪現場の花壇の前。あの奇妙な花が咲いている場所だ。
私は天気予報を確認し、入念に準備する。あらゆる可能性を想定し、そのどれにも対応出来るように。
やがてその日はやってくる。朝から雨の降っていたその日、私はすぐに花壇のもとへと向かった。雨の中、しゃがみ込み花に向かって話しかける。そうする事で花びらは黄色く変わる。ここからだ。
私はゴクリとつばを飲み込むと、その花に向かって手を伸ばした。そう、きっと彼女ならこうするはず。こうしたはず。
花を摘み取ったその瞬間、私は失踪事件の真相を知る事になった。信じられない話だが、知らない世界に飛ばされていたのだ。私は突然周りの景色が変わってしまった事に戸惑ってしまう。
一体ここはどこなんだ? 周りを見渡したところで見覚えのあるものは何もなかった。そこは廃墟だったのだ。遺跡かも知れない。生き物の気配が何もない。
花を摘み取った者が全員同じ場所に飛ばされるのかどうかは分からない。それを確認する術もない。
きっと元の世界では私も失踪者リストに入ってしまっている事だろう。すぐにでもこの真実を伝えられないのが本当にもどかしい。
だからこそ、こうして書き記す事にしたのだ。まだ何もかも覚えている内に。希望をなくしてしまわない内に。
それからずっと私はこの世界を彷徨い歩いている。今のところ、他の失踪者には誰も会えていない。当然私の彼女にも。
私はこれからも探し続けるだろう。この世界のどこかに彼女が生きている事を信じて。
どうかこれを読んでいる君、この事を伝え広めて欲しい。雨の日に話しかけて黄色く変わる花には近付かないようにと。興味を抱いても決してそれを摘み取らないようにと。
悲しい失踪事件をもう二度と起こしてしまわないために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます