アレが触手になったんだけど、そのせいで色々しんどい その4

 こうして戦いも終わり、力を使い果たした俺の指は通常の長さに戻っていた。もうやらしい妄想する気力もない。疲れた。


 ハァハァと肩で息をしていると、またしてもハラハラと髪の毛が抜け落ちていく。まさかと思って恐る恐る頭頂部を触ると、そこに髪の毛は一本たりとも残ってはいなかった。毛根、絶滅ッ!

 この残酷な現実を前にして、俺はショックでしばらく動く事が出来なかった。


 ただ、ずっとここに留まっていると、騒ぎを聞きつけた警察がやってきて更にややこしい事になってしまう。そんな訳で、俺はスタコラサッサと自宅に帰ったのだった。

 そそくさと玄関で靴を脱ぎ、何事もなかったかのように自室に向かっていると、家にいた母親が俺の顔を、正確には額から上の部分を見て目を丸くする。


「あら翔君、どうしたのその頭」

「え、えっと、何か突然ね……」


 全く言い訳を考えていなかった俺は勢いで誤魔化そうと試みた。

 けれど、当然のようにそんな付け焼き刃が通用するはずもなく――。


「急に髪の毛が全部抜けるだなんて大変じゃない! 明日は学校休みましょ、それで病院に……。いや、手遅れになるかも! 今から行きましょ、今から!」

「ちょま、落ち着いて、大丈夫、大丈夫だから!」

「何処が大丈夫なのよ! 毛根が全部死んじゃったのよ?」

「いや心配ないって、また生えてくるから、マジで!」


 本気で心配する肉親を騙すのは気が引けたけど、病院に行ったところで解決する話じゃない。逆に指の触手化を怪しまれて、医学の発展のためにとか言って実験動物にでもされてしまう方が問題だ。

 そう言うのは物語の中の世界だけなのかもだけど、世の中もう何が起こっても不思議じゃない。なにせ指が触手になってしまうくらいなのだから。


 必死の説得のおかげで、何とか母親を説き伏せる事は出来た。精神力はかなり削られたものの、これでようやく家の中を安心して歩ける。

 フラフラになりながら自室に戻ると、俺はそのままベッドに倒れ込んだ。うう、もう何もしたくない……。


(お疲れ様、お手柄だったね)

「え?」


 横になった途端、聞き覚えのある声がまた頭に直接響いてきた。バトル中に俺を導いてきた謎の声、まさか――。

 俺はガバっと起き上がると、すぐに水槽に注目する。


(そうだよ。君に話しかけていたのはボクさ)

「ギンタ、お前だったのか……」

(今なら詳しい説明をしてあげられるけど……)

「頼む……」


 ギンタの話によると、ある種のイソギンチャクは触手の力を人に与える事が出来るらしい。そう、俺を触手人間にしたのはギンタだったのだ。

 どうして俺をそうしたのかと言うと、一部のイソギンチャクの暴走を止めるため、なのだとか。そいつらは自分の欲望のために人を触手人間にして、悪の帝国を作ろうと目論んでいるらしい。

 うーん、何てお約束な話なんだ。


「ギンタのせいで俺はハゲになっちまったじゃねーか!」

(ごめん、毛は犠牲になってしまった。けど安心してくれ。ハゲになっても触手の力は使える)

「いやそこ別にどうでもいいから!」

(分かってる。でも……)


 ギンタの気持ちはすごく分かったし、なってしまったものは仕方ない。俺は落胆する彼を慰めながら今後の事を話し合った。

 やらしい事を考えると指が勝手に触手になってしまう現象は、俺の覚醒が不完全だったからなのだとか。さっきの戦闘中にギンタと改めてシンクロした事で、戦闘時以外は暴走しないようになったようだ。

 ……つまり、戦闘時にはやっぱりやらしい事を考えないといけないらしい。


「そこは念とか別の方法でどうにかならないのかよっ!」

(ごめん、無理なんだ)

「まぁ、無理ならしゃーねーか……」


 ギンタは悪のイソギンチャクの暴走を許してしまった罪で、そのイソギンチャクを全部捕まえるまで元の世界に戻れないとの事。

 そうして、改めて俺に向かって協力を要請する。


(どうか、ボクに力を貸して欲しい)

「分かったよ。一度こう言うのやってみたかったんだ」

(ありがとう。全部終わったら、君の髪の毛の件も何とかしてみせるから!)

「おう、期待してるぜ、相棒!」


 こうして俺は悪のイソギンチャクの捕獲に協力する事を約束する。つまりそれは、あの毒島みたいなのと戦う日々が始まる事を意味していた。

 まぁでも、俺とギンタのコンビならきっと大丈夫だ。今はそう強く信じられたのだった。



 次の日、ハゲを隠さずに俺は学校に登校する。昨日のギンタの話通り、もう夏服女子を見ても指が触手になる事はなかった。

 ああ、見たいだけ薄着女子を見る事が出来るだなんて、そんな何でもない事が幸せだったんだなぁ……。


 と、俺が普通に過ごせる事の素晴らしさに感動していると、そこに京香ちゃんがやってきた。


「おはよう、山崎君。突然だけど、私、鮫田君と付き合う事にしたから」

「え? なんで?」

「私、指が触手な人とは付き合えない」


 京香ちゃんのこの一言に俺のガラスのハートは一瞬で砕け散った。命懸けで戦ったのに。あの努力は何だったんだ……。

 俺が生ける屍になっていると、追加で更にキツイ一撃が。


「それにハゲはちょっと……。だからゴメンね」

「えっと、あの……」


 京香ちゃんは言いたい事を言い終えると、少し離れた位置で見守っていた鮫田の方に小走りで駆けていく。その走る後姿もかわいいよ……。

 えっと、これってネトラレって言うんだっけ? まだ肉体関係とかはなかったけど、精神的には完璧に寝取られたわ……。もう立ち直れそうにないわ。


 さよなら、俺の初彼女……。


(翔太! 悪の触手人間の波動を感知した、頼む!)


 最悪のタイミングで、俺はギンタからのテレパシーを受け取る。どうせこのまま教室にいても、惨めな気持ちでしんどいだけだ。

 俺はすぐに教室を飛び出し、その悪の触手人間が暴れた場所へと向かっていく。シンクロして手を触手状態にした俺は窓から飛び出し、指を伸ばして高速移動を始めた。

 こうなったら、この怒りは今から向かう敵を倒す事でスッキリするしかない!


 ギンタによると、暴走したイソギンチャクは全部で13体。つまり、少なくとも悪の触手人間が13人はいる事になる。

 人類を守るために、そして大事な髪の毛の復活のために、俺はこのいつ終わるとも知れない戦いの日々に身を投じていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る