アレが触手になったんだけど、そのせいで色々しんどい その3
「きゃああっ」
「ご、ごめん……」
俺の方はと言うと、この攻撃による痛みは感じなかったものの、何故かまた髪の毛が抜けてしまう。指触手の長さをこの攻撃のために2メートルくらいに伸ばしていたので、それもあったのかも知れない。
こうして彼女は開放されたものの、そのままだとまたすぐに捕まってしまうかも知れない。どうしたものかと考えていると、野次馬の中に鮫田を発見する。
俺は毒島を止めなければいけないため、断腸の思いで彼に京香ちゃんを任せる事に。
「鮫田! 京香ちゃんを頼む!」
「お前……山崎か? 毒島の仲間じゃないのか?」
「違うわ! それより早く! 俺がこの変態を抑えておくから!」
「わ、分かった、任せろ!」
状況を飲み込んだ鮫田が怪我をした彼女をお姫様抱っこしてこの場を去っていく。これで一安心だ。とは言え、一件落着と言う訳ではない。むしろここからが本番だ。
欲望のはけ口を失った毒島の怒りが、一気に俺に注がれる。
「よくも俺のお楽しみを邪魔したなァ! 死ねェ!」
殺意のこもった触手のムチが俺に迫る。やっぱり戦い方はそうなるんだ。すぐに俺も対抗して右手で払う。
けれど相手は流石体育教師、単純なパワーでは向こうに分があった。打ち負けた俺は校舎に向かってふっとばされてしまう。
「くぅぅっ!」
さっき着地したのと同じ要領でぶつかる直前に左手を校舎に伸ばしてクッションにする。これでノーダメージだ。
すぐに着地して体勢を整えると、この厄介な変態相手にどう戦うか戦略を練り始める。パワーで負ける戦いの場合、スピードで勝負が定番だろう。
ただ、俺はあまり足が早くない。あれ? 戦う前から詰んでないかこれ?
「お前は確か山崎だったなァ! どうした、その年で若禿げかァ!」
「うっせェ!」
クソ、毒島のくせに煽ってきやがった。その程度の頭はまだ残っていたかよ。奴の射程距離は、あのまま触手が伸びなければ半径2メートルくらいだろう。
と、言う事は、触手の長さは多分互角。いや、俺だって本気を出せばもっと伸ばせるかも知れない。だとしてもこのバトルでそれを試すのはリスクが大きすぎる。
そもそも、こうして緊張している間に指はどんどん短くなっている。不利になるばっかりだ。
毒島の触手を伸ばす条件は俺とは違うのだろうか。さっきから全く奴の指が縮んだ様子がない。考えている内にどんどん近付いてくる。まずは距離を取らねば。
俺はすぐに妄想を働かせて指を伸ばす。そうしてジャングルを渡る猿のように近くの物を掴みながらすばやく移動した。慣れれば気分はスパイダーマンだ。ハラハラと髪の毛は抜けていくけど……。
あ、ヒーロー物みたいにマスクを被ればいいのかも!
「へぇ、面白いじゃないか。だが逃がさぁん!」
「ぐはッ!」
調子良く移動出来ていると思ったら、急に毒島の触手が異様に伸びてきて俺は足を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられた。
やはり、そううまくは問屋が卸してくれないようだ。
「俺の間合いが2メートル程度だと思ったか馬鹿め!」
足を掴んだ毒島は、次に俺を上空に放り投げた。そのまま10メートルくらい飛ばされて、頂点に達したところで何も出来ずに自然落下が始まる。
「うわああーっ!」
「いい練習相手が見つかったぜェ!」
落下中の無防備状態の俺に向かって、毒島の触手ムチが飛んでくる。この攻撃に対して、俺は触手を身にまとわり付かせる防御態勢を取る事しか出来なかった。
「そらそらそらそらァ! どうしたァ! 手も足も出ないか山崎ィ!」
こちらが攻撃出来ないのをいい事に、毒島の触手ラッシュは続く。まるで無限に体力があるかのように、俺は空中でいたぶられ続けた。
幸い触手ガードをしているのでダメージはさほどではなかったものの、これもいつまで持つかは分からない。
触手を出し続ける事は妄想し続ける事。その状態を無理やり維持し続けるのはいくら思春期とは言え、結構精神力を削る行為だった。
恐怖を感じる状況の中で別の事を考えなくちゃいけないのだから、それは当然かも知れない。
「くうう!」
「分かっているぞ、お前は我らとは違う。ただの野良触手人間だ。だからこそ不完全。だからここで負けるのだ!」
「な、何だって?」
どうやら毒島は何らかの悪のグループに属しているらしい。それで髪の毛も抜けないのか。いや違った、力の差がここまであるのか。それにしてもヤバイな。
持久戦になったら間違いなく俺は負ける。このままじゃ絶対に勝てない。一体どうすればいいんだ……。
(聞こえる? 翔太)
この絶対のピンチに何者かの声が直接脳内に響いてくる。一体誰だ?
(話は後。君はそいつに勝ちたい?)
「当然! ボコボコにしてやりたいよ!」
(分かった! じゃあ今から君のリミットを外すね!)
「ちょ、一体どう言う……」
その声の主は俺の限界値を外してくれるらしい。それで勝てるならいいんだけど、だとしたら何故最初にそれをしてくれなかった?
状況の変化に理解は追いついていなかったけれど、今は現状を打開するその話に乗るしかなかった。
(……よし、外したよ)
「何も変わってないんだけど?」
(リミット開放って叫んで。それがトリガーになる)
「リ、リミット開放!」
俺は促されるままに力いっぱい叫ぶ。するとどうだろう、体の内側から力が溢れてきて、毒島のムチを弾き返した。
「な、何ィ?!」
自慢の攻撃を返されて体育教師は呆然としている。想定外の流れだったからだろう。俺は何とかうまく着地すると、倒すべき敵をしっかりと見定めた。
「お、おい、止めろ止めろ。お前の攻撃が俺に効くはずがないだろう」
「じゃあどうして動揺しているんだよ。もっと堂々としていろよ!」
「お前ェェ、何だその上から目線はァァ!」
挑発に乗った毒島は触手攻撃を再開しようと右手を振り上げる。その隙を待っていた! 俺は全ての力を右手に集め、全力で目の前の相手に向かって触手ムチをスマッシュさせる。
不意を突かれる形になった毒島は俺の攻撃をマトモに受けて、まるでギャグアニメの悪役のように遥か彼方にぶっ飛んでいった。
「そんなバカなァァァ!」
視認出来ないほど遠くに吹っ飛んでいったので、あれではきっと無事では済まないだろう。多分これで一件落着だ。
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