アレが触手になったんだけど、そのせいで色々しんどい その2

「山崎くーん、どうしたの? 昨日夜更かしした?」

「……」

「ねぇ? 本当に寝てるの?」


 彼女は俺の反応を引き出そうと、話しかけたりくすぐってきたりと、あの手この手を使ってくる。ああもう可愛いなあ。

 でもダメなんだ。出来れば今すぐに事情を話したいけど、目にしただけで、更には声を聞いただけですら指がどうなるか分からない。そっちの方が嫌われるリスクが高い。だから狸寝入りを徹底する。


 京香ちゃんが話しかけてきた時は、指の事がバレて大騒ぎになっているイメージを思い浮かべて無理やり興奮を抑えた。

 恐怖は興奮に打ち勝つ。それが今回のミッションで得られた教訓だ。


 ただ、呼びかけを無視している事には変わりなく、彼女には不信感を抱かれてしまう。せめて2人きりの状況なら打ち明けられたかも知れないけど、教室にクラスメイトがたくさんいる今の状況だと無理だ。間違いなく騒ぎになる。

 どうか、どうか嫌ったりしないで欲しいと願いながら時間は過ぎていく。


「今日の山崎君変だよ? どうしちゃったの?」

「……」

「じゃあもういいや。山崎君の意地悪! あ、ちょうどいいところに! ねぇ……」

「ん? 俺?」


 俺がずっと机に突っ伏して無反応なので、京香ちゃんは仕方なく他の男子と会話を始める。え? 女子の友達じゃなくて? 俺は聞こえてくる会話を盗み聞きしながらどうにも出来ないもどかしさを感じていた。

 こんな体質になっていなければ、他の男子との会話なんてさせやしないのに。


「ねぇ、昨日夜9時のあのドラマ見た?」

「あー、見た見た。面白かったよな」

「だよねー。この面白さを分かってくれる人がいなくてさぁ」

「嘘だろ? 俺結構好きだぞあのドラマ……」


 彼女の会話の相手は、クラスでも割とイケメンな部類の鮫田ってやつだ。頭もいいし、スポーツも出来るしで、俺とは大違いなプレイボーイ。ヤバイ、ヤバイけど……。

 何で、何で俺は今それを止められないんだ。傍観者を演じなきゃならないんだ!


 嫉妬の炎をメラメラと燃やしながら、そこで俺はある事実に気付く。嫉妬の感情では指は伸びないと言う事。やはり、性欲に繋がる興奮以外の感情では指は伸びないらしい。

 ――こんな事が分かったところでどうしようもないのだけれど。


 それにしても、一体どうしてこんな体質になってしまったんだろう。昨日何かやらかした? 彼女が出来たから? 17歳になったから? イソギンチャクを飼っていたから? 

 そのどれもが決定打に欠ける気がして、原因はさっぱり思い浮かばなかった。理不尽だよ。どうして俺だけが……。



 休み時間の度に寝ていたからか、俺は最後の授業の後もつい寝てしまう。せめてクラスの女子が消えてから帰ろうと、そう思ったのが失敗だった。つい熟睡してしまったのだ。

 そんな俺を起こしたのは、愛しの京香ちゃんの悲痛な叫び声だった。


「きゃああ~! 離して~っ!」


 この非常事態にのんきに寝ている場合じゃない。まずは現状確認だと、教室の窓から声がした方向に目を向ける。地上4階の教室から見えたのは、何人かの人だかりと、その中心にいた俺と同じく指を触手状態にした見覚えのある男と、その触手に掴まれている俺の彼女だった。触手人間は俺だけじゃなかった? 

 触手を欲望のままに使っていたのは、いつも女子を見る目つきがいやらしかった体育教師の毒島だ。アイツ……一線を越えやがって。


 怒りが頂点に達した俺は一刻も早く現場に向かおうと、思わず窓を開けてそのまま地上へと飛び降りた。考えなしの行動だと一瞬この行動を後悔したけど、すぐに考えを切り替え、無事に着地する方法を考える。

 今の俺に出来る事と言えば――この指の触手しかない!


「うおおおーっ!」


 俺は地面に向かって両手を伸ばしながら触手の力を開放する。一瞬でいやらしい事を考えて、考えて、考えて! 俺の欲望に呼応するように、両手はグイーッと伸びてそのまま優しく地面に接触、しなやかに俺の体を支えてくれた。

 そうして、無事に地上4階から無傷での着地に成功する。


 気合を入れた妄想は左手の触手化にも成功したものの、また反動で髪の毛がごっそりと抜け落ちてしまった。うう、まだ頭に毛は残ってるかな……。

 その事を今心配しても仕方がないと、俺はすぐに変態教師のもとに駆け出した。アイツを止めて、彼女を早く救わなければ!


「毒島ァ! 彼女を離せェ!」


 彼女の手前格好つけて登場したものの、頭は薄いし両手は触手だしで、実際の光景はあんまりカッコいいものではない。

 対して毒島はと言うと、何故か髪の毛はフサフサのままだし、それなのに両手は触手だしで何だかズルかった。その代わり、とっくに精神はイカれているようだ。


 現場に到着してみると、奴にやられたのか多くの生徒や先生方が近くに倒れていた。きっとおかしくなった体育教師の暴走を止めようとして触手攻撃を受けたのだろう。


「どんな間抜けが来たのかと思ったら……。何だ仲間か。よろしくやろーぜ」


 俺の存在に気付いて振り返った触手教師は口が耳の高さあたりまで裂けていて、そのまま不気味にいやらしく顔を歪める。人間辞めてるじゃねーか。

 そうしてそのまま長い舌を出して、捕まえている京香ちゃんの頬をベロリと舐めた。こいつ、舌まで触手化してやがる……ッ!


「ヒィィィ~」

「人間辞めやがって! 俺が倒してやる!」

「あぁん? お前も素直になれよ。好きにしたいだろ、こいつをよォ!」


 毒島の奴、人間の頃からヤバかったけど、触手人間化してヤバさが臨界点を超えてやがる……。目の前にいるのは体育教師じゃない、ただの変態の化け物だ。

 俺は彼女を救うためにも、しっかりと覚悟を決める。この変態から絶対に救い出す!


 毒島はまだ俺を仲間と思っているらしく、警戒する様子を見せてはいない。チャンスは今しかないと、俺は素早く右手をしならせた。そうしてムチの要領で彼女を握っている毒島の右手を強く打ち払う。

 不意打ちだった事もあって、この攻撃は見事にヒットした。かなりいい感じの音をさせて手は弾かれ、何とか京香ちゃんは開放される。


 ただ、投げ出される形での開放だったために、彼女は地面に打ち付けられて怪我を負ってしまった。

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