妖怪職安異常なし その4
その姿はまさに鬼そのもの。悪鬼羅刹と言うけれど、それをリアルで目にする事になるだなんて。私が呆然と立ち尽くしている間に、約100体の妖怪は全員がノックアウトされてしまった。
倒された妖怪達を恐る恐る観察してみると、何とかまだ息はあるみたいだ。ちょっと過激に気絶させたって感じ……なのかな?
愛鬼先輩が妖怪を全員のしたので、これで百鬼夜行の心配はなくなった。これ以上はもう深追いしない方がいい気がした私が先輩に声をかけようとしたところで、この屋敷の主、さっき職安に妖怪を集めにやってきたあの大男がぬうっと姿を表した。
当然、先輩はこのボスもやる気だ。どこまで好戦的なのよもー!
「さて、後はお前さんだけだぜ」
「ふん、雑魚はいくら集めても雑魚か」
大男はこの惨状に落胆すると、突然体を震わし始める。するとその巨体は弾け飛び、真の姿を表した。大男の正体は全長が5メートルはあろうかと言う巨大な土蜘蛛だったのだ。
私はびっくりして固まってしまったのだけれど、先輩はこの状況も予想していたのか全く動じる様子は見られない。
「土蜘蛛よ、まだ復讐をあきらめてなかったのか」
「あきらめてたまるかァァァ!」
怒りで気合十分の土蜘蛛はものすごい勢いで糸を吐き出し、愛鬼先輩を一気に身動きの取れないミノムシ状態にしてしまう。土蜘蛛の糸は強力らしく、鬼の怪力を持ってしてもその拘束を解く事は敵わなかった。
「しまった! 油断した」
「人間の手先め! お前を食べてやる!」
何も出来なくなってしまった先輩に巨大な土蜘蛛が迫る。百戦錬磨の鬼とは言えども、このままでは大型妖怪の餌食となってしまうだろう。
この絶望的な状況に、私は思わず大声を張り上げていた。
「せんぱぁーい!」
「お前がやるんだ!」
こんな危機的な状況になっても愛鬼先輩の目は死んでいなかった。無力でへっぽこな私を頼りにしてくれている。先輩の渡してくれたこの棒を使えばあの土蜘蛛に勝てると、そう信じているんだ。
私はこの先輩の期待に応えようと覚悟を決めた。自分の力を信じるんじゃない、私を信じてくれた先輩を信じよう。
「うわあああー!」
私は無我夢中で棒の力だけを信じて突進した。何の武芸も習得していない、ただの女の子に高等な戦術なんて思いつく訳もなく。ただデタラメにちょっと短い棒を振り回す事しか出来なかった。
棒を振り回す素人の突進に気付いた土蜘蛛は、特に何の興味もなさそうに吐き捨てる。
「なんだ、他にもいたのか……」
土蜘蛛は私に向かって軽く腕を振り払った。その何気ない一撃で私の体は宙を舞う。飛ばされた私は屋敷の壁に激突し、そのままめり込んで意識を失ってしまった。
うう……先輩、役立たずな私でごめんなさい。
「ふん、役に立たん下僕だったのう」
邪魔者もいなくなったところで、土蜘蛛は改めてミノムシ先輩に近付いていく。このままだと先輩が食べられちゃう!
土蜘蛛の腕が振り上げられて、今まさに先輩が最期の時を迎えようとしたその時、壁の方向から静かで念のこもった声が聞こえてきた。
「……ああ? 誰が下僕だってェ?」
それは私の声だった。私ではない誰かが私の体を操っている。別人格の私は謎の力で壁を破壊して自力で復活すると、ゆっくりと床に着地する。
そうして手に持っている棒をじっくりと目にして、その正体を確認した。
「ふん、如意棒か、懐かしいな」
「お、お前、まさか……」
別人格の私を見た土蜘蛛が動揺し始める。えっ? もしかして私、結構すごかったりするの? そんな彼女は、ゆっくりと歩いて土蜘蛛に近付いていく。
さっきまで無敵モードだった土蜘蛛は怖気付いたのか、逆にジリジリと後ずさりし始めていた。
「嘘だ! お前はもうこの世界にはいないはずだ! こ、この偽者め!」
「誰が偽者だーッ!」
別人格の私は手にした棒を伸ばし、土蜘蛛を殴り倒した。このたったの一撃で巨大妖怪は昇天する。そうして、私もまたその場に倒れたのだった。
「あれ……?」
気付いた私の目に入ったのは見覚えのない知らない天井。目は覚めたものの、全く体に力が入らない。これってあの時の戦闘の影響なのだろうか。後、どうやら別人格は消えてしまったらしい。
今考えれば、あの時の出来事はまるで夢のようで、全く実感がなかった。本当に私の別人格があの凶悪な大型妖怪を倒したのだろうか……。
それにしても一体ここはどこなのだろう? 確認のために顔を動かすと、私を見つめる白衣の女性が目に入る。
「気がついたのね。ここは職安の医務室。お手柄だって聞いてるわよ」
「あの……。あれからどうなったんですか」
「そうねぇ、どこまで覚えてる?」
私は聞かれるままに覚えている事を素直に口にする。女性によると、その後、愛鬼先輩が土蜘蛛の拘束を自力で解き、事後処理をしたのだとか。
別人格が発現した私は、やっぱり土蜘蛛を倒した時にそのまま倒れて意識を失ってしまっていて、そのまま医務室まで運ばれた――と言う流れらしい。
あの別人格は私の中に眠っていた力が目覚めたと言う事なのだろうか、それとも、あの棒の方に何かが宿っていて体がそれに反応したのだろうか? 何もかも分からない……。
目覚めたばかりの頃はほとんど体が動かない状態だったけれど、その後、女性からおかゆを食べさせてもらい、急激に体力は回復する。
動けるようになったところで、私は職場の上司のもとへ向かった。こんなハードな仕事、自分には向いていないと思ったからだ。ドアをノックして課長に面会する。
初めて会ったその上司は、ニコニコ笑顔で出迎えてくれた。
「もう動けるのかい? 大変だったね」
こんな雰囲気では言い辛いけれど、私は一欠片の勇気を振り絞る。
「あの……、私、やっぱり向いてないと思うんです」
「何を言うんだい。美空君、君は我が職場にいなくてはならない貴重な人材だよ」
「え?」
課長からの意外な一言に目を丸くしていると、今回の件の報告に来ていたのか、愛鬼先輩がこの部屋にいた事に今更ながら気が付いた。
先輩は、私を見るなり機嫌よくサムズアップをする。
「おう、初手柄流石だったぞ」
「せ、先輩いたんですか!」
「最初からいたぞ。俺ってそんなに存在感ないか?」
そう言うと先輩は豪快に笑う。その笑いに釣られて私も課長も笑ったのだった。
こうして、散々な初出勤の一日は終わる。頼りにされてしまったのもあるし、やっぱり頑張らなくちゃね。
予想の斜め上すぎる職場だけど、先輩はみんな優しいし、慣れてしまえば案外うまくやれそうな気もしてきたよ。まずは早く仕事の進め方を覚えていかなくっちゃ。
でもここって、仕事の斡旋と職安関係のトラブル解決のふたつの仕事があるんだよね。出来ればデスクワーク希望なんだけど、求められているのはどうにもそっち方面じゃないみたいで――。
ああもう、どうか厄介なトラブルが起こりませんようにっ!
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