妖怪職安異常なし その3

「ここに配属されたなら出来るはずよ。私だってあのくらいは……」

「そ、そうなんですか?」

「毎日有象無象の妖怪を相手にしてるのよ? あんな事は日常茶飯事なんだから」


 どうやら妖怪職安の職員達は対妖怪戦闘のスキルを全員が何かしら身に着けているらしい。なんてやばい職場に配属されてしまったんだ……。やっぱり何か被害を被ってしまう前に進退をしっかり考えた方がいいのかも知れない。

 ただ、もし自分に退魔術の素質があると言うのなら、そう言うのも悪くないかなとか、そんな厨ニ病的な事を考えていたりもしていた。


「あの、そう言う技術はどうやったら……」


 早速好奇心を満たそうと質問を始めかけたところで、またしても招かれざるお客さんがやってくる。今度は身長が2メートルはあろうかと言う大男だ。体も鍛えられているようで、どこの暴力団幹部ですか? ってオーラを漂わせている。少なくとも、職安に来るようなタイプには到底見えない。

 大男はズカズカと大股で入り込むと、ドスの効いた大声で職探しをしていた妖怪達に向かって声を張り上げる。


「妖怪共! みんな来い、仕事をやるぞ!」


 大男はその一言を言い終えると、満足したのかそのまま職安を後にした。その声に特別な力でもあったのか、その場にいた全員が従うように後に付いていく。

 気がつくと、さっきまで賑やかだった窓口はシーンと静まり返ってしまっていた。ついていった妖怪の数は20から30体くらいだろうか。カリスマにも程があるよ。


 結局あの大男は何者だったのだろう。私はこの想定外の出来事にどう対処していいのか分からずに硬直してしまう。


「あの人、怪しかったですね。ちょっと探ってみてください」

「え? 私?」


 桃先輩のこの突然のご指名に私は混乱してしまう。今日は仕事の雰囲気を見学するだけじゃなかったの?


「おら新人、一緒に行くぞ」


 私が固まっていると、さっきの大男に負けないくらいの大きな鬼が何処からともなく現れて声をかけてきた。その声には不思議な強制力があって、私の意志とは別に体が動いていく。この職安、妖怪相手だけに妖怪も働いていたんだ。

 こうして鬼の運転する車に同乗し、大男の追跡が始まった。うえーん、なんでこうなるのー。


 職安の正規の出入り口から出た世界、妖怪達が入ってきた世界はさっき桃先輩が話していた通りの妖怪達の住む世界。見た目は私達の人間界と変わらない感じなのだけど、住人が全員妖怪なんだよね、不思議。

 後、私を拉致した鬼の運転なのだけど、やはり鬼らしく荒っぽくて、まるでカーアクション映画を体感しているかのよう。


 映画なら娯楽で楽しめるんだけど、実際に荒っぽい運転の車の助手席に座るとどうなるか、一瞬一瞬が恐怖の連続であり、全く生きた心地がしない。しかも運転しているのが本物の鬼だし、体も催眠状態なのかほとんど動かせないし何この地獄。

 荒っぽいとは言え、流石に真っ直ぐな道では心に余裕も出来る。私は緊張を解きほぐそうと質問を試みた。


「あの、鬼さんはお1人であの職場に?」

「何言ってんだ? ウチの職場の半分以上は妖怪だぞ」

「えっ、嘘でしょ?」

「まぁみんな人に化けてるからな。素人は分からんか」


 鬼はそう言うとシフトチェンジしてさらに加速する。急激にかかるGに私は思わず顔がひきつった。


「俺も普段はちゃんと人に化けてる。あ、それとな、俺の名前は愛鬼あきだ。覚えておけよ、新人」

「あき?」

「そうだ、愛の鬼と書く。お、アレか?」


 その言葉に前を向くと、前方に大型のバスが見えてきた。愛鬼先輩によれば、あのバスに職安にいた妖怪達が乗せられているとの事。

 こちらがどれだけ加速しても中々距離が縮まらないところを見ると、あのバスもかなりスピードを出しているのだろう。


 それでも少しずつ距離は縮まっていき、そうしてバスの行き着く先、目的地もはっきりしてくる。バスの進む道の先に大きな屋敷が見えてきたからだ。

 私の予想通り、バスはその建物の敷地に入っていった。


「あんな建物、前からあったか?」

「私に聞かないでください! この世界に来たのも今日が初めてなんですよ!」

「おおそうか、すまん。じゃあ、飛ばすぞ!」

「ひえ~っ!」


 先輩はさらに車を加速させる。多分既にサーキットで走るレベルのスピードは出ている気がする。怖くなったは私は必死に掴めるところを掴んで、神様に命の無事を願いまくっていた。


 建物の敷地に入った車は上手く入り口に横付けするようにドリフトして停車する。ここから先は車から降りて2人だけでの調査だ。私、この状況で何か役に立てたりするのだろうか。ド緊張しながら愛鬼先輩の後について建物の中に入っていく。

 前を歩く先輩はこう言うのに慣れているのか、堂々とした足取りで高さが5メートルはあろうかと言う巨大な入り口の扉を片手で軽く開けて中に入っていった。


 建物の中に入ると、すぐにホールのような大広間が広がっている。その広いスペースにはさっき連れてこられた妖怪達と、それ以外の妖怪達が集まって賑やかに談笑していた。

 一見するとパーティ会場みたいに見えるこの光景を見て、愛鬼先輩は顎に手を当てる。


「やっぱりか……」

「え?」


 その意味ありげなリアクションに、私は先輩の顔を見上げる。この状況が何を意味するのか悟った彼は、私の顔をじっと見つめる。


「あいつの狙いは百鬼夜行だ。このままだとパニックになる」

「ちょ、大変じゃないですか」


 百鬼夜行と言うのは妖怪達が束になって人間世界で暴れまわると言う、一種のテロだ。確かにあのホールに集まっている妖怪達が一斉に暴れれば人間界はきっとパニックになる。

 とんでもない現場に遭遇してしまったと私が焦っていると、突然先輩が更にとんでもない事を口走った。


「止めるぞ」

「えっ、私達で?」

「たりめーだバカ」

「無茶です、私何も出来ないですよ!」


 私は愛鬼先輩の暴走を止めようと自分の無力さをアピールする。いくらなんでも100体前後の妖怪達相手に戦いを挑むだなんて有り得ない。ここはひとつ、まずは安全な場所に移動して、それから然るべき組織に連絡する。それが最適解。

 ――なのだけど、先輩は私の言葉を聞く耳はまったく持っていないようだ。彼はゴソゴソと服の中をまさぐって、私に向かって何かを投げてきた。


「ほら、これを使え」


 それは私の目の前で1メートルくらいの長さの棒に姿を変える。少し焦りながらも、何とか落とさずにキャッチする事が出来た。


「この棒は? これでどうにかしろと?」

「お前にはそれの適正があるんだよ」

「え? ちょ……」


 私に棒を渡した後、愛鬼先輩はそれ以上何の説明もせずに雄叫びを上げながら100体の妖怪の中にその身を投じていった。

 鬼の武器と言えば棍棒と昔から相場が決まっている。先輩もまた自前の棍棒を手にしていた。

 この突然の招かれざる客の乱入に、集まっていた妖怪達は一斉に目の色を変える。


「敵だ! 倒せ!」


 既に洗脳済みなのか、集まっていた妖怪達は愛鬼先輩に向かって一斉に襲いかかる。私は恐怖で思わず目を覆うものの、聞こえてくるのは襲いかかった妖怪達の悲鳴と打撃音ばかり。

 ちらりと指の間から様子をうかがうと、そこには無数の倒れた妖怪達の姿と血の海、そうして目を輝かせながら棍棒を振り回して妖怪達を一撃で倒しまくる鬼の、いや先輩の姿だった。


「あわわわわ……」

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