妖怪職安異常なし その2

 今までの求人は一応妖怪でもこなせそうなものばかりだった。だからその仕事内容にも納得がいったのだけど、カッパの仕事先が一般企業って……。

 カッパが資格持ちなのにもビックリだけど、そう言う求人がある事にまず驚いた。


「アレ、妖怪でもいいんですか? 一般企業なんですよね?」

「業務がブラックだからね。妖怪は人間よりタフだから結構求められてるのよ」


 ああ、最近はブラックな企業は敬遠されつつあるから、そう言うところは人手不足なんだ。その埋め合わせに妖怪なんだ……。確か最近妖怪アニメでそんな展開を見た事があったけど、あながち作り話でもないんだなぁ。

 カッパも募集要項を読んでやる気になっているみたいだし、お互いが納得ずくならいいのかな?


「そんな感じででね、妖怪を必要とする企業って結構あるものなのよ」

「ベ、勉強になります!」


 こうして私がメモを取りながら仕事内容の把握に励んでいると、日本妖怪の中でも超メジャーなあの妖怪が身を小さくしながら小声でボソボソと相談を始めた。


「あの……すみません。私、鬼なんですが……」

「あ、鬼さん、今いい仕事の求人が入ってるんですよ! なまはげの仕事なんだけど、どう? 割と条件いいよ」

「うーん……。考えてみます」


 気の弱そうなその鬼は、子供を驚かすなまはげの仕事にあまり乗り気ではないらしい。仮装せずにすぐにいい仕事をこなせそうで、私から見たら鬼がなまはげをするのって天職のようにも思えるんだけど、性格的に合わないってのもあるんだなぁ。

 妖怪だからって、みんなそれぞれ違うんだ。考えてみれば当然だよね。


 職安に集まる個性的な妖怪達を見ていたら、段々私達とあまり変わらないような気がして、この特殊な職場にも少しずつ馴染めそうな気がしてくる。意外とやっていけるのかも。

 そんな感じで私が思いを新たに握りこぶしを作って気合を込めていると、突然背後からいや~な気配が漂ってきた。その気配の正体を確かめるために振り返ろうとした瞬間、私のお尻を生暖かくねっとりとしたものが這いずり回る。


「ひゃあ!」

「す、すみません、つい癖で! 目の前にいいお尻があったものですから!」


 そう、突然妖怪にお尻を舐められてしまったのだ。き、気持ち悪い……。ただ、それも妖怪の特性なのだとしたら怒るに怒れない。人間の変態とは訳が違うのだから。

 こう言う時、どう言う対応をするのが正解なのか分からなかった私は、パニックになりながら思わずその妖怪に声をかける。


「い、いい仕事はありそうですか?」

「ないっスねぇ。最近求人条件厳しいの多くて……セクハラしちゃダメとか……」

「ダメに決まってますよ!」


 私は思わず職員にあるまじき反応をしてしまう。妖怪達の癖は生理現象みたいなもの。止めようと思って止められる程簡単なものじゃないのに。私は飽くまでもこの職安の職員であって、求職妖怪達を優しくサポートする立場。だから妖怪を傷つける事があってはならない……。

 この存在を否定するような強い言葉は、当然のように相手妖怪の反発を受けてしまった。


「尻を舐めるのは僕のアイデンティティなんですよ!」

「変態関係は昨今厳しいですね。このご時世ですから……」


 私が逆ギレ妖怪の反応にどうしていいか固まっていると、見かねた桃先輩が現れて対応を変わってくれる。その後、妖怪は上手く説得されて職安を出ていった。

 その様子を目の当たりにして、私はこの職場ならではの難しさを実感する。


 取り敢えず、舐められたのが気持ち悪かったので私は着替える事にした。オフィスにはこんな場合に備えてかシャワールームも完備されている。

 替えの服とかも都合よく売店に売っていたりしたので、こう言う事はきっと日常茶飯事なのだろう。


 新しい服に着替えて戻ってくると、桃先輩が私を労ってくれた。


「ふう、いきなり初日に手荒な歓迎になっちゃったね」

「そもそも、どうしてこんな職安が?」


 ここに来て、私はずーっと思っていた疑問をぶつける。妖怪って仕事も何にもないはずなのに。

 先輩はその質問にも答え慣れているのか、すぐにこの職安の歴史を淀みなく語ってくれた。


「昔、妖怪が暴れまくっていた時期があってね。人間側も腕利きの退魔師とかが活躍していたんだけど、圧倒的の物量の前に対処しきれなかったのよ」

「はぁ……」


 いきなり話が壮大なスケールになりそうに感じて、私はつい生返事を返してしまう。先輩はそんな私の反応を気にするでもなく話を続けた。


「それで、毎晩百鬼夜行になっちゃって、どうにかしろって話になってね。妖怪と人間の戦争にまでなっちゃったんだけど……」

「えっ?」


 妖怪の人間の戦争ってまるで漫画かアニメみたいで、私は思わず聞き返してしまった。第一、そんな話聞いた事もないし……。

 でも今の今まで妖怪の実在を知らなかったくらいだし、人知れずそんな事があっても不思議じゃないのかも。ただ、話が一向に職安に辿り着かないので少し話に飽き始めていたりもした。


「とにかくね、そんな感じで、殺し合い憎しみ合いじゃ何も解決しないと言う事になって、お互い仲良くしましょって事でこうなったの」

「なるほど、共存共栄……」


 最後に強引にまとめられたような気もしたけど、争いの果てにお互いが手を取り合った結果としてこの場が生まれたと、そう言う事のようだ。起源から考えるとこの妖怪職安はかなり昔からあるって事なのかな。

 うーん、世の中、まだまだ知らない事ばかりだなぁ……。


 私がこの職場の歴史について感心していると、突然鼻息の荒い武装した妖怪が入ってきた。


「何で我が人間になど雇われねばならんのじゃあっ!」


 叫びながら入ってきたのは天狗だった。お約束のように山伏の格好をしている。武器は錫杖のような杖。本物かな? いや、本物なんだろうな。

 天狗と言えば、妖怪の中でもかなりの実力者だったはず。やっぱり力のある妖怪は人間の世界で働くなんてプライドが許さないのだろう。


 ただ、働きたくなければ利用しなければいいだけなのに、どうして暴れようとしているんだろう。ここの職員の誰かに恨みがあるとかなのかな?


 私がこの天狗の暴挙の動機について考えていると、受付の奥からかなりのベテランの職員が姿を表した。もう定年はとっくに過ぎて、お孫さんとかと戯れるのが日課になっていてもおかしくないような風貌だ。

 まさか、あの人が怒り狂って今すぐにでも破壊の限りを尽くしてしまいそうな天狗の相手を?


「また来たんですか。仕方ないですね……」


 おじいちゃん職員はそう言うと、目にも止まらない速さで何かを投げる。天狗の額に張り付いたのは御札だった。

 この処置をされた天狗は一気に意気消沈してそのまま何もせずに肩を落としてすごすごと職安から退場。一部始終を見ていた私はそれでも何が起こったのか分からずにぽかーんと口を開けてしまった。

 一連の騒動が終わった後、桃先輩が感心したようにつぶやいた。


「流石は菅野さんね」

「あの人、すごいですね……」

「今はいいけど、いずれはあなたもあのくらい出来るようにならなきゃダメよ」


 先輩は突然とんでもない事を言い始める。そう言う術士みたいな事は専門の人だから出来る事であって、素人の私が出来るはずがない。

 謎の期待をかけられた私は、すぐに顔を左右に振った。


「ええっ、ああ言うの出来ませんよ!」

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