サン・セバスチャンさんからのお題

妖怪職安異常なし その1

 無職だった私はある企業の就職試験を受けた。何とかクリアすると、次に待っていたのは適性検査。何だかよく分からない項目を適当に埋め、その結果を経てある部署への配属が決まった。

 今日は初出勤日。希望の昼勤は叶わずに夜の時間の仕事になったのだけれど、ま、仕事があるだけいいよね。


 場所は建物の一番奥のまるで開かずの間のような雰囲気のある部屋。ドアをIDカードで開けると、その先に広がっていたのは職業安定所のような内装の部屋だった。どう考えても部屋に入る前に想像していたものと違う。

 部屋の広さも違うし、まるで別の空間に飛ばされたみたいだ。


 私が戸惑っていると、先輩職員の方が呼びかけてくれた。


「関 美空さんですね、話は聞いています。ようこそ、夜のハローワークへ。私は橘  桃。よろしくね」

「へ? 夜の?」

「まずは職場の雰囲気を知ってもらいましょう。今日一日はまずこの場に慣れてくださいね」


 どうやらそこは外見だけでなく、マジで職安の仕事をしているらしい。お役所から委託されてその業務をしているのだとか。利用時間は午後7時から午前3時まで。

 それと、私が感じた違和感は正しかったようで、この職安の場所はさっき入ってきた入り口とは別の場所にあるらしい。うん、意味が分からない。


 私が混乱していると、他の先輩職員さん達も揃い、職安ぽい雰囲気が完成する。本当にこう言う仕事があるんだなぁ。そして午後7時、入り口が開放される。


 一体どう言う人達が仕事を求めに来るのか注目していると、現れたのは普通の人達じゃなかった。人と言うか、人の姿をしていない、人でない人達が――。

 いや、はっきり口にすると、物語でよく見るような、一般的に言う妖怪達が一斉に入ってきたのだ。


「あ、美空さんは初めて見るかな? 私達の仕事は彼らに仕事を紹介する事なんですよ」

「よ、妖怪?」

「ええ。彼らも人の世界で暮らすにはやっぱり仕事に就かないといけませんしね」


 この職安が夜中に開いているのも妖怪相手だからとの事。場所がよく分からないのも妖怪の居住区と空間を繋げているからだそうで。後、あのよく分からない適性検査は妖怪について耐性と適正があるかどうかの検査との事。

 普通は見えないはずの妖怪が見えるのも、この場所がそう言う感覚を刺激させているからなのだとか。


「ま、検査は他の意味もあるんだけどね。それはそうと、どう? やってけそう?」

「まだ……ちょっと……」

「まぁ妖怪を見るのも初めてなら仕方ないよね。でも少しずつでも慣れていってね。この仕事を続ける気があるのなら」


 当然だけど、先輩職員の皆さんはこの状況を受け入れていて、淡々と仕事をこなしている。私もあんな風になれるかな。まだ全然自信ないけど。

 施設に入ってきた妖怪達はろくろ首やのっぺらぼうなどの伝統的な昔話に出てくるのとか、人面犬やてけてけなどの最近の都市伝説系のやら、中にはミイラ男や狼男などの西洋のモンスターまでいた。はっきり言ってちょっと怖い。


「あの、危険な事はないんですか?」

「みんな仕事を求めている真面目な妖怪だから大丈夫。トラブルがあっても専門の人もいるからね」

「そう……なんですか」


 疑問は次々に湧いてくるものの、目の前の現実と言う圧倒的な説得力がこの現実を強力に肯定していた。信じるも信じないもアナタ次第……じゃない。信じるしかない世界がそこにあった。

 お客さんである妖怪達に慣れようとその一人ひとりをしっかり確認するように観察していると、中には妖怪じゃない普通の人が混じっている事に気付く。


「あれ? 普通の人もいる?」

「うん、人に化けられる妖怪もいるからね」

「じゃあ、あの人もそうなんですか」


 私はすぐに真剣に求人票を眺めている、どうみても人間のような人を指さした。その人はサングラスをかけてロングコートを着ているものの、妖怪らしさは全く見られない。


「あれは妖怪自分の裸を見せたいおじさんね」

「え?」

「他にも好きな子の足の臭いを嗅ぎたいにいさんとか、ムチでシバかれたいじじいとか、下着にしか興味ないおっさんとか……」

「ただの変態じゃないですか!」


 説明してくれる桃先輩の口から次々と出てくる妖怪の名前を聞いた私は、思わすツッコミを入れてしまった。


「そう、変態。彼らは変態と言うカテゴリの妖怪なのよ」

「妖怪だったんですか」

「ほら、あそこにいるのは最近現れた床に落ちたタピオカミルクティーの容器を吸うおじさん」

「どんどん生まれ続けているんですね、妖怪って……」


 私は妖怪の奥の深さに感心し、そして同時に呆れる。そんな感じで観察していると、相談窓口に仕事についての悩みを抱えた妖怪が現れた。

 どんな対応をするのか興味のあった私は、このやり取りに注目する。


「僕、のっぺらぼうなんだけど……」

「あなたにはお化け屋敷がオススメですね」


 窓口の人の勧めた仕事先を聞いて私は目を丸くする。


「アレ、本物だったんですか」

「まぁ、本物もね。リアルさが違うしね」


 この初めて明かされる真相にまだ理解が追いつかないでいると、今度は別の窓口でも相談が始まる。


「自分、ガシャドクロって言います」

「ヒーローショーの求人がありますよ」


 ここでの対応にも私は耳を疑った。


「アレも本物だったんですか!」

「まぁ、本物もね。迫力が違うでしょ」


 どうやら妖怪の仕事先って実は結構あるみたいだ。だからこの職安も賑わっているのだろう。私が1人感心していると、また別の妖怪が相談に訪れる。

 今度の妖怪は初めて見るタイプではあったけど、見た目も何処かユーモラスであんまり怖い感じはしない。


「どうも、はらだしです」

「あなたにオススメの仕事がありますよ。ゆるキャラの中の人とかどうですか?」


 はらだしと言う妖怪はその求人票を見つめ、何度かうなずいて話を進めている。どうやら勧められた中の人と言う仕事を気に入ったらしい。


「アレも人間じゃなかったんですか……」

「まぁ、中にはね。中の人ってほら、環境的にハードだし」


 こうして大体の業務の事が把握出来てきたところで、またしても系統の違う妖怪が相談に現れた。


「あの、ゾンビなんですが仕事あります?」

「そうですね、ホラー映画のエキストラの求人がありますよ!」


 ゾンビにゾンビ役……適材適所過ぎる。ここまでの流れを見ていたらこの状況にも納得は出来てきた。職員は求人があるから紹介しているだけだ。何も問題はない。

 とは言え、やはり今までの常識のせいでついツッコミを入れてしまう。


「アレ特殊メイクやCGじゃなかったんですか」

「まぁ演技さえ出来れば。本物を使う事で予算も削減出来るので評判みたいね」


 思わぬ裏事情を知ってしまって私は困惑する。確かに本物を使えば予算とか節約出来るよなあ。出演俳優さんとかは知ってるのかな。ま、知ってたら演技どころじゃないか。

 そんな感じで知らなくていい事を短時間の間に頭の中に詰め込んでいると、今度は愛嬌たっぷりな伝統妖怪が顔を出す。


「カッパですけど、いい仕事ないですか」

「確かカッパさんはIT系のスキルありましたよね。求人来てますよ」


 この意外な展開に、既に驚き慣れてきていた私はもう一度驚いてしまう。

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