風来坊のゼルド 後編
「うわああ! 一体何事だああ!」
「見ろ! 火の矢だ! あちこち燃えているぞおお!」
「くそっ! 一体どこから……」
「それより早く消化だ! 急げえ!」
この騒ぎの声を聞いて、早速男達は行動を開始する。ゼルドを先頭にして、男達は雄叫びを上げながら一斉に飛び出した。
「うおおおおお!」
「な、何だお前たうごおっ!」
パニックになっていたのもあって、使い慣れた剣を装備したゼルドに敵う者はいなかった。立ちはだかる兵士達を強引に力でねじ伏せながらボスの元へとまっすぐに向かっていく。入口前で用心棒2人が立ちふさがるものの、彼は一瞬で彼らを打ち倒し、ボスの部屋へ踏み入った。
「ば、馬鹿な、お前は一体何者だ!」
「もうとっくに名前など捨てたさ」
「ええい、あいつを殺せえっ!」
往生際の悪いボスは部下に命令する。悪党共の中でも一番の手練達がゼルドに迫った。その数、6人。それぞれが個性的な武器を構えている。
「うひゃひゃひゃ。お前がいくら強くてもこの最強の6人を相手に無事で済むものかあ!」
「ふん、準備運動くらいにはなるか……」
ゼルドは軽口を飛ばすと、6人の手練を前に武器を構える。そのタイミングで手練達は一気に襲いかかってきた。彼はまるで舞踏を舞うように華麗な動きで丁寧に攻撃を避けると、一人ひとりに対して適切な攻撃を繰り出していく。
実力の差は圧倒的で、1人、また1人とボス自慢の悪党はゼルドの剣技の前に倒されていった。
最初は余裕の顔で戦況を眺めていたボスも、段々自分の側が不利になってくると苛立ち始め、声を荒げる。
「お、お前達、たった1人を相手のその体たらくとは何事だ!」
「しかしボス、こいつ只者ぐあああーっ!」
「ふう、多少は運動になったかな……」
6人もの手練を苦もなく倒したゼルドは、そのままボスにゆっくりと迫っていく。この予想外の展開に、流石のボスも顔を恐怖の色に染め始めていた。
「あ、あわわわわ……。お前は何者だ」
「だから言っただろう。名前は捨てたと。今の俺は何者でもない」
「そ、そうだ、お前、俺様と手を組まないか? 金ならいくらでも払うぞ?」
「金などいらん。お前達がした事の裁きを受けろ」
彼はボスに向かって剣先を突きつける。そうして訪れる静寂。ボスの顔はすっかり青ざめ、冷や汗を垂らしていた。この小屋の外ではパニックになった兵士達の声も聞こえなくなり、代わりに捕らわれていたはずの街の住人達の声が聞こえ始める。
どうやら、男達が街の住民の開放に無事成功したらしい。
「お前……俺様の奴隷達に何をしたァ!」
「あの人達は奴隷じゃない。何の罪もない街の住人達だ」
ゼルドは剣を突きつけながら力強く宣言する。ボスは自慢の兵士達が倒された事を悟り、恐怖に怯えた顔から一転、眉毛を釣り上げて目の前の男をにらみつけた。
「よくもよくも……。俺様の野望を……お前は絶対に許さんぞ!」
「許さないだと? どの口が言うか!」
この語の及んで尚も強気のボスに対し、ゼルドも負けじと声を張り上げる。その次の瞬間、彼とにらみ合っていたボスはニタアと顔を歪めながら右手を上げて、何かの合図をした。
「魔獣よ、いでよぉ!」
その声に従ってボスの背後から大きな蜘蛛の魔獣が現れる。突然の強敵の来襲を受け、一旦間合いを取るためにゼルドはすばやく適切な距離を取り直す。それにより、間一髪で魔獣の不意打ちの爪攻撃を避ける事が出来た。
「これが俺様のとっておきの切り札よ! 魔獣ジャクオウに食われてしまえ!」
ボスにジャクオウと呼ばれた魔物は、気持ちの悪い鳴き声を発生させながらにじりにじりとゆっくり敵対する剣士との距離を詰めていく。ゼルドは一旦息を吐き出すと呼吸を整え、魔獣の一撃に備えた。
達人同士の戦いのようにお互いが神経を削り合い、一瞬の隙をうかがう。魔獣もまた歴戦のツワモノだった。
「ええい、何を怖気付いている! 早く倒さんか!」
この長い沈黙と緊張感に耐えきれなかったのか、ボスはジャクオウにムチを入れた。それで操っているのだろう、魔獣は突然理性を失ったかのようにゼルドに向かって突進を始める。
ゼルドはジャクオウの一撃を紙一重で避けると、そのまま剣を突き立てた。途端に魔獣の体から青紫色の体液が吹き出し、傷を負ったジャクオウは地獄の底から聞こえるような強烈な叫び声を上げる。
「ヴォアガオゴゥオゥオーッ!」
その声を聞いたボスは恐怖に怯え、思わずムチを手放してしまった。
手負いの魔獣はゼルドには勝てないと直感で感じ取り、その場から逃げ出す。この行為に当然ボスは怒り、ジャクオウに強い口調で命令した。
「こら、逃げるな! 殺されても殺せ!」
この時、ボスは興奮して自分がムチを手放してしまっていた事をすっかり忘れていた。横暴な命令に怒ったジャクオウは大きな口を開けて、逆にボスを丸呑みにしてしまう。
この突然の出来事に、ボスは断末魔の悲鳴をあげる間もなく魔獣の胃袋に収まってしまったのだった。
その結果を見定め、ゼルドはゆっくりとジャクオウに迫っていく。人の味を覚えた魔獣をそのままにしておく訳にはいかない。ただ、一度恐怖を覚えた相手にもう一度歯向かうほどジャクオウは勇敢ではなかった。
彼の放つ絶対の気迫を前に、魔獣は目にも留まらぬ速さで敗走する。あの様子だと、もう二度と人前に姿を表す事はないだろう。
こうして街を襲った悪党共の組織は壊滅し、住人達は救われた。どうやら奴らは常に強い方につき、悪の限りを尽くす無法者の一味だったらしい。
「有難う。お前のおかげで街は救われた」
「俺はあの子の頼みを聞いただけだ。じゃあな」
「お、おい……」
ゼルドは街の人々の歓迎を拒否してすぐにまた歩き始める。彼の旅はこれからも続くようだ。
女の子は、旅の男が見えなくなるまでずっと手を振って見送っていた。
「あの人はいずれ英雄になるに違いないよ」
その言葉が真実となるのはまだもう少し先の話。これは、英雄が英雄と呼ばれるようになる前に各地で残した数々の武勇伝の中のひとつである。
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