冂們さんからのお題

風来坊のゼルド 前編

 男は1人、黙々と砂漠を歩いていた。男の名はゼルド。傭兵として各地の街を転々とし、多くの武勲を上げ、表も裏も知り尽くし、敢えて裏切り者になる事で国の混乱を鎮め、そして国を追われた。ゼルドは今、あてもなく放浪の旅を続けている。

 最初は慣れなかった砂漠の砂地も、今ではまるで昔からそこにいた住人のように歩く事が出来るようになっていた。


 砂漠のあちこちを巡るようになった半年後、ゼルドの目の前に街の景色が見えてくる。勿論そこがどう言う街なのか彼は何も知らない。

 この時、突然吹き始めた強い風によって砂埃が舞った。まるでこれから訪れようとしている街からの手荒な歓迎のように。


 ゼルドは鼻と口を布で覆い、風が収まるのを待つ。やがて砂埃も落ち着き、視界が戻ってきた。次に彼の目に飛び込んできたのは蹂躙されて廃墟となってしまった建物の姿。

 どうやら近くで紛争が起こり、この街はそれに巻き込まれてしまったらしい。あちこちに倒れた死体がそのまま放置されている。


 矢で倒れた者、剣で切り刻まれた者、銃で撃ち抜かれた者、魔法で焼かれた者――見るも無残な死体がそこかしこに無造作に転がっていた。


 ゼルドはこの惨状に顔をしかめながら、生存者はいないか探し始める。絶望的な状況ではあったものの、それでも何処かに希望を見出そうとしていた。

 人のいない街は静かだ。特に砂漠は生き物の数が少ない。鳥すらもまずは飛んでいない。つまり、廃墟となったこの街は痛いくらいに静かだった。聞こえる音と言えば、風か、自分の足音くらいだ。


 だからこそ、小さな足音ですら大きく響く。


 そう、彼が街に足を踏み入れた事で、隠れていた小さな住人がそれに気付き、近付いてきたのだ。その小さな気配にゼルドは振り向く。

 彼の視界に映ったのは、小さな女の子だった。


「あのっ……」


 女の子はよろよろと呼びかけながら歩き、彼の目の前で倒れる。どうやら空腹のようだ。ゼルドは女の子の前にしゃがみ込む。

 そうして持参している袋の中からパンを取り出して、何も言わずに差し出した。


「私に?」


 女の子が戸惑う中、彼は優しく微笑んでうなずいた。その笑顔に安心感を覚えた女の子は、そのパンを両手で大事に受け取ると夢中で頬張り始める。

 小さな子が食べるにしては少し大きめのパンではあったものの、よっぽど空腹だったのだろう、すぐに胃袋に収まっていった。


 食欲が満たされて落ち着いた女の子は、改めてゼルドをじっくりと見定める。屈強な肉体、連戦を勝ち抜いたであろう精悍な顔つき、これならばと、女の子は決意する。


「助けて!」

「うむ!」


 彼は女の子の願いを何も言わずにふたつ返事で受け入れる。廃墟と化した街の惨状から大体の事情を察していたのだろう。

 その後、女の子はポツポツとこうなってしまった理由を彼女の視点で語り始める。


 それは昨日の夜の事、街にいきなり多数の兵士達が現れて、その圧倒的な武力で何もかもを奪い去っていったらしい。住人は全てが殺された訳ではなく、無抵抗の人々はそのままどこかに連れ去られたのだと。


「私はお母さんに地下室に押し込められて……出てくるなって。それでしばらく隠れてたんだけど、お腹も空いたし、周りも静かになっていて……それで怖くなって……それで……」


 ゼルドは女の子の頭をなでて落ち着かせる。


「もう大丈夫だ。俺が何とかする」

「おじちゃん、有難う」


 彼は早速その街を襲った悪党の足跡を調べ始める。足跡や車輪の跡がこれみよがしに残っていたため、追跡は難しいものではなかった。その居場所が特定出来たところで作戦を練り始める。

 そうして策が決まったところで、簡単な作業を女の子にも手伝ってもらう事にした。


 やがて日が暮れて、悪党のアジトでは構成員の兵士達が宴を催していた。賑やかで乱暴な声が静かな砂漠の夜に響き渡る。

 街から連れ出された住人達は奴隷として隔離されていて、彼らの表情は一様に暗かった。


 そこに奴隷商人が現れる。さらった街の住民を買うためだ。いきなり現れた余所者に兵士達は警戒するものの、奴隷商人だと言うとすぐに信用し、ボスの前まで案内される。

 ボスの前に通された奴隷商人はすぐに周りの状況を確認した。ボス自身もかなりの手練のようだったものの、他にも出入り口に2人、ボスの側に2人、少し離れた所には4人と、かなりの警戒具合。その用心深さがうかがわれた。


「お前、奴隷商人だそうだな。どこで俺様の事を知った」

「ええ、風の噂で」

「俺様がこの奴隷を手に入れたのは昨日の夜だ。流石に早すぎるぞ!」

「……」


 奴隷商人はボスの追求に口をつぐむ。そうしてその要求をスルーした。


「それより手に入れた奴隷、私めに譲ってくださいませんか」

「余所者は信用せん! 怪しい奴め! こいつも捕まえろ!」


 奴隷商人は呆気なく捕まり、牢屋に連行される。そこには街から連れて来れられたガタイの良い屈強な男達が捕まっていた。彼らの足首には奴隷の証の足枷がつけられている。

 商人は足枷こそさせられなかったものの、身ぐるみを剥がされてそのままでの脱獄は出来そうになかった。


 商人は牢屋の様子を確認すると、捕まっている男達の数を数える。男達は皆あきらめたような暗い顔をしていた。

 そんな絶望に暮れる男達に向かって、商人は力強く訴えかける。


「お前達、助けに来たぞ」

「は? お前に何が出来るって言うんだ!」


 その声に男の1人が不満をぶちまけた。男の言う事も当然だろう。商人は何も手にしていない。素手で壊せるほど檻はヤワじゃない。たとえ商人によって何らかの方法で脱出出来たとしても、足枷のある男達はまともに動けない。

 折角ここにいる全員が鍛えられた肉体を持っていると言うのに、希望を持つ者は1人としていなかった。


 商人は宴で見張りが誰もいなくなったのを見計らって、おもむろにぴゅいーと口笛を吹く。それはきっと何かの合図だったのだろう。

 やがて、高い場所にある窓からどこからともなくフクロウが飛び込んできた。


 足元に降りてきたフクロウに商人が手をかざすと、そこで魔法が発動して多数の武器と防具に変わる。このフクロウ自体が魔法で出来たものだった。商人は馴れた手付きでそれらを装備する。

 しっかり装備を整えたその姿は、あの廃墟の街で少女の願いを聞き入れたゼルドだったのだ。


 彼はすぐにその武器で檻を破壊すると、捕らわれていた男達に残りの武器と防具を提供する。暗い顔をしていた男達の瞳に希望の光が宿った。


「おい、お前、これは一体どう言う事だ?」

「俺は味方だ。ある女の子に頼まれてな。もうすぐこの場はパニックになる。その混乱に乗じて捕らわれた人々を開放してくれ」

「お前はどうするんだ?」

「俺は悪党共を懲らしめる」


 ゼルドはこれからの事を説明し、男達もそれを了承した。


「だが、お前1人で大丈夫なのか? 誰か一緒に……」

「いや、俺はこう言うのに慣れている。1人の方がいい」

「分かった。武運を!」


 やがて悪党のアジトに火のついた矢が一斉に放たれる。それはゼルドがあらかじめ仕掛けておいた罠だ。あの口笛を合図にフクロウが飛んでいくのを外で様子をうかがっていた女の子が確認し、作戦通りに罠を発動させたのだ。

 この突然に敵襲に、油断していた悪党共は混乱して逃げ回った。

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