思い出の女神を探して ~新幹線で西へ~ 後編

 取り残された俺達は急いで残りのうどんを食べきり、急いで2人の後を追った。ここで見失う訳にはいかない!

 店を出ると、魔王と女神はまだ追いかけられる距離にいた。2人の後ろ姿はそのままどんどん人気のない方に歩いていく。なんか、なんかヤバイぞこれェ!


 俺達が急いで追いかけると、ちょうどいい具合の空き地で立ち止まるふたつの人影。まさか、最初からバレていた――?


「全く、アレで演技をしていたつもりかね?」


 やはりうどん屋さんで出会った時点で魔王側も俺達の正体に気付いていたようだ。考えてみればそりゃそうだよな。ここまで来たらもう引き返せないと、俺は気合を込めて叫びながら覚悟を決める。


「女神を返せえ!」

「返すかボケえ!」


 俺はこの瞬間を見計らって、ネルから貰ったもう一枚のカードを右手に握り天にかざす。さあ、クライマックスだ!


「武器召喚ッ!」


 この宣言と共にカードはこの舞台に最も適切な武器へと具現化する。その武器は――チェーンソーだった。そう、神をも切断する禁断の最強武器!


「よおし! 来たァァァ!」


 俺は早速チェーンソーを可動させる。勢いよくエンジンを動かすと、ものすごい音を立てながらチェーンソーの刃が高速回転を始めた。


「お、おいおい、おいおいおい……やめろ! その武器だけはやめろおっ!」

「うっせえ!」


 俺はこの期に及んでうるさく喚き散らす魔王に向かってチェーンソーを容赦なく振り下ろす。目の前の討伐対象はまるでスイカを包丁で切るような呆気なさで、サクッと呆気なく真っ二つになってその場で消滅した。流石は伝説の武器……。

 役目を終えた魔法の武器もまた、その場で蒸発するように消えていく。ふう、もう少し勝利の余韻を味わいたかったぜ。


「またつまらぬものを切ってしまった……」

「あ、あわわ……」


 目の前で魔王が倒され、それを目の当たりにした女神はショックで膝から崩れ落ちる。俺はすぐに手を差し出して危険から救い出した勇者を演出した。


「もう大丈夫ですよ。どうも、あの時の俺です」

「え?」

「あのほら、昔池で助けてくれた……」


 女神はキョトンとして首を傾げている。あれ? 人違い、じゃない、女神違いだったのかな……? 

 当ての外れた俺が固まっていると、何かに気付いた彼女が俺の顔を見つめる。


「えっと……それ多分私の妹の方ね」


 目の前の女神は幼い頃の思い出の彼女とは違っていたけれど、それでも流石は女神様なだけあって、俺の好みどストライクには違いなかった。

 なので、自然と普段なら口にしないような歯の浮くセリフもサラッと口に出てしまう。


「お姉様もお美しい……」

「まぁ!」


 彼女はぽっと顔を赤らめて恥ずかしがる。おんや? これはもしかして脈アリってやつですか? ま、魔王を倒したのだし惚れてしまってもおかしくはないな、うん。

 こうして俺が今後の展開に妄想を膨らませていると、隣で魔王の消滅に感動していた白黒ハチワレにも変化が訪れる。突然ポワンと小さめな爆発が起こったかと思うと、その煙の中に人間のようなシルエットが浮かび上がった。


「やれやれ……。やっと戻った」

「まあ!」


 童話とかでよくあるテンプレだけど、どうやらネルもまた魔王によって猫の姿になる呪いにかかっていたらしい。呪っていた主が倒されて元に姿に戻ったようだ。

 人に戻ったネルはこう言う場合のテンプレだと従者のような姿になるはずなのに、高貴なお召し物にマントの主役級にキャラになっている。おいおい、身長も俺より頭ひとつ分くらい高いんじゃないかこれ……。


 人間体ネルのイケメン具合に悪い予感がした俺が息を呑んでいると、その最悪の想定を女神があっさり口にする。


「夫も助けてくれて有難う」

「え?」


 その聞きたくなかった事実に、今度は俺が膝から崩れ落ちた。女神夫婦はお互いに見つめ合うとうなずき、そのまま強く抱きしめ合う。うう、どこにも入り込む隙がないぞこれェ……。


 こうして魔王に連れ去られた女神を救うミッションはコンプリートされ、女神夫婦はそのまま本来いるべき世界へと戻っていく。ネルも俺に向かって何か礼を言っていたみたいだけど、失意の俺の耳には全くその言葉は入ってこなかった。

 呆然としている間に、2人の姿はゆっくりと消えていく。


 完全に消えてしまう直前、ネルが俺に最後の忠告をした。


「そのカード、今日中に効力が切れるから帰るのなら急ぐんだね」

「えええっ?」


 高松から東京に戻るのに、現金でなんて冗談じゃない! 顔を青くした俺が速攻で高松駅にダッシュしたのは言うまでもなかった。


 探索時に余計な寄り道をした代償が一気に襲ってきたと言う感じで、帰りの便は一回でも乗り過ごしたら駄目と言うタイトなものになってしまう。その緊張感が逆に俺をずっと起こし続け、いい刺激となっていた。

 何とか最後の新幹線に乗り込んだ時、その安心感が波乱万丈だったこの日のご褒美のようにすら思えたのだった。


 今回は女神違いだったけれど、いつかあの時の女神様にもう一度会いたい。あきらめなければやがてはこの願いも叶うはず。今日みたいなニアミスイベントが発生したんだ。きっと届かない夢じゃない。

 無事に地元に戻れた俺は上空に広がる満天の星空を見上げながら、その日が来る事を強く願ったのだった。

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